28.農地倍増計画
「農地を欲している人間はたくさんいる」
そう語るオレール三世の目は、遥か未来を見据えていた。
「王都には人が溢れ過ぎている。物資が豊かにあるからだが──実のところ、これは王都以外の農民たちから家畜飼料を前借りしているからに過ぎない。王都の金の力で農民から飼料を取り上げ、都会の家畜を肥えさせているだけなのだ。つまり、これを制限して田舎の家畜を肥えさせれば、田舎は潤う。それでだな──要は、田舎に足りないのは金と人。都会に足りないのは農地なのだ」
ララは頭の中で田舎と都会の力関係を想像した。
「つまり、都会に集中している人とお金を田舎に回せば……」
「農地に人員が確保出来るということだ」
「でもよぉ」
ヤンが再び話に入って来た。
「都会のやつらに農地を与えたからって、農作業を最後まで出来るとは限らんぜ」
「そこなんだが」
とオレール三世は言った。
「まずは兵力を充てたいと思うのだが、どうかね」
クロードは、何かを察して顔を上げる。
「陛下……それは」
「クロード。君はベラージュ村へ行く気はあるか?」
オレール三世はそう言って彼に微笑み、クロードは驚きに固まる。ヤンは納得の表情で頷いて見せた。
「兵士みたいに訓練された奴が王の命で畑を耕す──こりゃ前代未聞だ。だが、畑を増やすにはいい考えだな」
「王家は金の力で何もかも手に入れて来た。だが、兵糧だけは増やせなかったんだ。買い上げようにも、農民も町人も、自前の食料を確保しておきたいわけだからな。出せと言っても出て来ないものなのだ。しかし王宮が例の畑を一括管理するなら、その分は全部備蓄食料として使える」
「で、農地は誰が買うんだ?」
「王家が買い上げてしまってもいいのか?そっちの持っている土地が減ってしまうが」
「ああ、そうか……なら賃貸でどうだ?そっちが耕したうわもの分は王家の兵糧にして構わないが、こっちは地代を定期的に貰う。戦乱が治まって兵糧分の土地がいらなくなる時が来たら、その畑はうちの小作農にあてがうよ」
「ふむ、それがいい。とはいえこれもやはり会議にかけるべき案件だがな。だから、クロード」
クロードは急に王から水を向けられ、慌てて返事をする。
「は、はい……」
「もしこれが正式に決まったら、女男爵の婚約者である君にこの農地計画を任せ、新たに創設する後方支援隊の隊長に任命しよう。そうなれば女男爵との婚約に合わせ、階級を上げることが出来るぞ。……そう悪い話ではあるまい?」
クロードは王からの思わぬ祝儀に頬を輝かせ、頭を垂れた。
「……ありがたき幸せに存じます」
ララは自分の思いつきがこのように最高の形になり、ほっと胸をなで下ろす。
クロードの凍っていた顔が、隣でようやく溶けた。
「……クロード」
ララは小さく呟いて、彼の表情を覗き込む。
「……ありがとう、ララ」
一度は出世ルートから外れることに怯え、兵糧番への異動を不服としていたクロードだったが、新たな隊の長への抜擢となれば話は別だ。
栄転の名目を携え、何の後ろ暗さもなくベラージュ村へ行ける。
しかも、王妃のいない間に。
これ以上ないタイミングでの、これ以上ない提案だった。
ブノワ邸に帰ると、クロードは玄関に入るなり人目もはばからず、ぎゅっとララを抱き締めた。
「ララ、ありがとう……君のおかげで、何もかも上手く行きそうだ」
「クロード……!やめて、みんなが見てる……!」
お出迎えに出て来た使用人たちは、その光景に目配せし合って微笑んでいる。
リエッタも、何かが動き始めたことを察して笑顔になった。
ひと仕事終えた顔で、ヤンが遅れて入って来る。
「おいリエッタ。案外早く村に帰れそうだぞ」
「何か進展があったのね?」
「詳しくはそこの女男爵に聞いてくれ。あいつはクロードと結婚したさに、王様とやり合ったんだ。我が娘ながら、とんでもない女だよ」
「へー、やるじゃん。ララ」
リエッタは、じっと戦い終えた親友の顔を眺める。
それから一抹の寂しさも味わった。
「クロードも一緒なの?」
「多分な。クロードは、野戦食を作るプロジェクトを任されるようだぞ」
「じゃあ、これからみんなで村へ?」
「ああ。うちの農地を、王に貸し出すことになったんだ。兵士が兵糧を増やすのに使うそうだ」
「……なるほどね」
クロードと腕を組んで二階へと去って行く親友の背を眺め、リエッタは再び使用人の詰め所へと戻る。
すると、先に休息していたアランに声をかけられた。
「村に帰るんだって?」
リエッタはなるべく顔色を変えないように心を砕きながら、簡単に言った。
「……多分」
「もう少し、ここにいて欲しかったな」
リエッタは赤くなって顔を上げる。
アランはその顔を嬉しそうに覗き込んだ。
「この屋敷では君が一番歳が近い使用人だったからさ」
「……」
「あの後調理場に回して貰ったのも、俺が執事に頼み込んだからなんだ。リエッタはハキハキしてて根性あるし、いい子だったから……」
「ああ、そう」
リエッタはぶっきらぼうにそう言って、何かの核心に迫ろうとするアランを振り切り、すぐにその場を立ち去った。
それから少し離れた中庭の壁際で、へなへなと腰を下ろす。
「む、無理……!」
リエッタは急に弾みをつける心臓の辺りを、かばうように押さえた。
「ララってば、よくあんな勇気が次々と出るもんだわ。私には無理──恋愛なんか、向いてない」