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27.王様と農民

 ララがベラージュ村の農地と兵糧番との間に契約を結ぶと言い出したのは、オレール三世にとっても渡りに船だった。


 農地を広げるのは、どんなに優秀な領主でも難しい。


 農業は運の要素が強い。天候や自然災害に左右されるからだ。食料の安定供給はどの施政者も夢見るが、叶わぬ夢だ。保存食もそれと同様、戦闘に合わせて揃えるのは大変難儀なのだった。そこを安定供給出来たなら、戦闘において他国より何倍ものアドバンテージを保てる。オレール三世はララの申し出に、実のところ舞い上がっていた。




 次の日、エルネストは王からの伝達を持って帰って来た。


 そこにはヤン、ララ、クロードを王宮に招聘する旨が書き記されていた。


 王妃の命令より、王の命令の方が優先される。


 三人は指定日時当日、ブノワ家の馬車に乗せられ王宮へと走って行った。




 ララは緊張の面持ちで二度目の王宮入りをする。


 しかし、以前と違うのは──


「ララ、ここに腕を回して」


 隣にクロードがいることだ。


 ララは頬を赤らめ、クロードの突き出した肘に腕を通す。


「……もう少し、引っつける?」

「!」


 ララは慣れない様子で彼に寄り添った。ヤンは苦々しい顔をしているが、王都の男女は全員こうして歩くことを知っていたので黙っている。


 婚約者のララが彼に寄り添いながら歩いていると、すれ違う女性たちから刺々しい視線をばちばちと浴びた。ララは初めてこのような被害を受け、どっと汗をかいた。


 クロードは、常にこのような視線を向けられていたのだ。


 ララはそれを知り、あえて背筋を伸ばした。髪はジゼル付きの侍女たちから流行の形に整えて貰ったし、借りた装飾品はどれもブノワ家代々に伝わる一流の骨董品アンティークだ。


 彼に恥ずかしい思いは、決してさせない。


(私は女男爵バロネスよ。私は農地の主──)


 ララは心の中でそう唱え、自身を鼓舞する。と、クロードから声が降って来た。


「必ず君を守るよ。安心して」


 ララはふと顔を上げ、クロードと微笑み合う。


 どうやら、自分の緊張は痛いほど彼に伝わっていたようだ。ララはやはり、無理に虚勢を張るのはやめようと思った。


 謁見と交渉を前に、怯えているのはお互い様だ。


 ララは、甘えたい時は甘え、彼を頼ろう、と思った。


「……不安だわ。上手く行くかしら」

「上手く行かなかったら、逃避行でも何でもするさ」

「クロード……」

「もう、色々と覚悟は出来てる。私はどうしても君といたいんだ」


 ララを屋敷に迎え入れてから、クロードの心は柔軟性を増したようだ。彼は以前より明らかに楽観的に、そして我儘になっている。


 ララにはそれが嬉しい。


 城内の近衛兵が、皆すれ違いざまにクロードの肩を叩いて行く。


 仲間たちは彼の境遇に同情しているらしい。また、ララの登場に好奇心を隠し切れないようだった。


 近衛兵から好意的な目配せを受けながら、玉座の間の扉が開かれる。


 扉の向こうで退屈そうに座っていたのは、オレール三世その人だった。


「ララ・ド・マドレーン」


 名を呼ばれ、ララはクロードから体を離し、前へと歩いた。


 農民の少女は、オレール三世と対峙する。


「農地を広げるアイデアでもあるのか?」


 いきなり本題を突き付けられ、ララは固まった。名を呼ばれていないはずのヤンが前に出て行く。


「それが難しいんだよ。でもまぁ……ララのためならそうしてやってもいいんだがよ」


 ヤンは王に対しても下手に出ることはしない。オレール三世は、そのことについて特に気分を損ねることはしなかった。


「ほー。ララのため、だと?」

「ああ。ララはこの──クロードと結婚したいんだ。でも王妃の我儘に振り回されて、この男は今、謹慎させられててなぁ。こいつを兵糧番にすればうちの村に連れて行けそうだ。でもそうするのに、王の助けが必要なんだ」

「クロード……?近衛兵……?ああ、なるほど」


 オレール三世は何の感情もなくこう言った。


「彼は、デジレお気に入りのお人形だからな」


 クロードは途端に怒りの表情になる。無言は貫くが、オレール三世を睨んだ。王は不敵に笑う。


「まあそう睨むな。彼は王妃の命令に逆らえないんだ。それで婚約者を前に立たせ、王に恩を売って配置換えをしてもらおう、というわけか」


 それを聞き咎め、ララが前に出た。


「それは違います。陛下がデジレ様を止めなかったから、こうして私が出なければならなかったというだけのことです」


 農民の正論に、王座の間が凍てつく。慌ててクロードが出て行こうとしたが、彼女はそれを押しのけてでも語り続けた。


「臣下は駒ではありません、ひとりの人間です。それをないがしろにするならば、今後兵は減り続けます。無論、彼の不幸な状況を陛下が放置するならば、こちらとしても今回の援助の申し出は取り下げさせていただきます」


 オレール三世は頷いた。


「ふむ……流石は金で爵位を買った女だ。交渉の仕方というものを分かっている。王に脅しとは」

「私の婚約者は、王妃陛下に脅されているものですから」

「ふふ。王ともあろう私が、田舎貴族にずいぶん足元を見られたものだな……まあいい、そこまで言うとは余程腹に据えかねているのだな、私としても解決策を考えよう。実のところ、私もデジレには参っていた。こういった騒動は一度だけではないのでな。それに、兵糧に不安があるのも確かなのだ……」


 オレール三世はそう言うと、クロードに目を向けた。


「兵糧を増やすのに、君の美貌が役に立ったと言うわけだな。礼を言うぞ」


 冷たかった王の視線が先程より柔らかくなったのを、クロードは感じた。


 ララはその言葉に舞い上がる。


「陛下、では……!」

「まあ、待て。物事には順序が必要だ。ここはアリバイ作りも兼ねて、一度この件を会議にかけよう。問題は農地開拓の人員だが、君の領地ではどれだけ増やせる計画なんだ?」


 ララは即座に言葉に詰まった。


 勢いでここまで来たものの、具体的な数字は何も考えていなかったのだ。


「増やせねぇよ」


 ヤンが簡単にそう告げ、ララは青ざめた。


「何だ……具体的な計画があるわけではなかったんだな」


 王は言葉こそ責めていたものの、顔は笑っていた。しかし。


「都会に溢れる人間をくれれば、増やせそうなんだがな」


 ヤンのその言葉に、王の目の色がさっと変わった。


「……土地はあるのか?」

「ああ、いくらでもある。だがやはり人員が足りない」

「ふむ……土地はいくらでもある……なるほど。ところでそれを耕すのは、農民でなくてもいいのか?」


 ララとヤンは、何もかもが進展する予感に顔を見合わせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王様が王妃様に対する手に何があるかとっても気になります。 国と兵が豊かになったとしても、王妃様の火遊びが止まるかは別でしょうし。 [一言] 都会育ちというか、土とともに生きたことがない人…
[一言] 池井戸潤の小説みたいになってきた( ˘ω˘ )(これいつも言ってる)
[良い点] 大好物の強い女! バロネス、ぐいぐいいっちゃってますね。 国王が話しのわかるおっさんでよかった。 クロードが今の段階では情けない状態ですが、そのうちかっこいいとこ見せてもらいたい! わく…
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