26.クロード救済計画
ララはクロードから、王妃の話を黙って聞く。
彼は今、王妃の命に逆らったため、二か月間の自宅謹慎を言い渡されていること。
王妃の横暴に耐えかね、エルネストが近くクロードの任を近衛兵から離すかもしれない、ということ。
「私も、クロードの味方だ」
とエルネストは言った。
「だから、ララさんも過剰に心配しないで欲しい」
ララはその危機感のない物言いに少し腹を立てる。王妃が恋敵というのは、こちらとしては大変な負担だし、心配するなと言うのは無理筋だ。彼女は男二人を眺め、はっきりとこう言った。
「王妃に勝てる人物は、ここにはいませんね」
男二人は気まずそうに黙る。その沈黙を計算済みであったかのように、ララはすぐさま勝ち気に笑って見せた。
「ただ──唯一、王妃より立場が上回る方がいらっしゃいます」
エルネストは頷いた。
「王だな。オレール三世……」
「陛下に、王妃の懸想の話はなさいましたか?」
「その話はもちろんしたが──陛下も愛人がいるし、別に妃が同じようにしていても構わないといった調子だったんだ」
「陛下が妃からクロードを救わなければならないよう仕向けましょう」
「……どのように」
「野戦食が足りないというお話がありましたね?」
クロードはぎくりとして顔を上げる。
「待ってくれ、ララ。私は──私個人の都合のために、農民の冬の食料を取り上げろと言うつもりはない」
婚約者の遠慮を受け、ララは微笑んだ。
「違います。これからそれを作る準備をしようと言うのです」
「ということは、今ある材料を使って野戦食を作ろうと言うことか?」
「それも違います。ところでエルネスト様。野戦食専門のファームというものはありますか?」
エルネストはおっかなびっくり首を横に振った。
「いや、そんなものはない」
「ならば王宮で作っているのですか?」
「作っているものもあるが、基本は買い上げだ。市民から、市場から、農民から──少しずつ買い上げ、それを野戦食としている」
「バラバラに買い集めているのですね。それを取り仕切る部署はありますか」
「兵糧番だ。主に兵糧の管理と運搬を担っている」
「……兵糧番と直接つながるファームはありますか?」
クロードはそのやりとりから、徐々にララの言わんとしていることに気づき始めた。
「ララ。君は、騎士団の兵糧番とベラージュ村を繋げようと言うつもりなのか?」
「ええ。安定供給出来る農地があれば、今後戦争に有利でしょ。それに……」
ララはにっこりと笑った。
「陛下に対する発言権を買えるでしょう?」
クロードは青くなる。
「ララ、君は……」
「そうよ。王妃に対抗してもしょうがない。王を味方に引き込むわ。そうして、クロードから手を引くように言ってもらうのよ」
「そこまでしなくていい。君を困らせたくない」
「私はもう、困っています。クロードを困らせている王妃に」
「ララ……」
エルネストはじっと考え込んでいたが、ララの前向きな提案に、少し晴れやかな顔で同意を被せる。
「いや、実は私も似たようなことをさっきまで考えていて──」
「エルネスト殿……」
「もしクロードが大農地を経営する女男爵と婚約すると決まったら──兵糧用ファームの経営を君に任せられやしないかと思ってね。陛下に働きかければ、そのような王命を出していただけるかもしれんぞ。そうすれば、王妃は今後君に異動命令を出せなくなるんじゃないか?」
クロードは泣き出しそうな顔でため息をつく。
「すみません。私が不甲斐ないばかりに……」
ララは、彼の背中を鼓舞するように撫でさすった。
「罪悪感を感じなくていいのよ。みんながそうしたいだけなんだから」
「……みんなの負担になる」
「あなたが不幸でいる方が、こちらの負担よ。私たちが勝手にあなたを救いたがってるだけなんだから謝らないで。エルネスト様の提案、私はとてもいいと思うわ。あとは陛下とモルガン様とパパをどう説得するかを考えましょう」
クロードは静かに何か考えてから、自らを納得させるように数回頷いた。
「……ありがとう。二人とも」
エルネストは空のティーカップを置くと、立ち上がる。
「善は急げだ。さっそくこのことを陛下に話してみよう」
「頼みました、エルネスト殿」
「私も、ちょっとパパに聞いてみるね」
「ララ……」
リエッタは食器を下げながら静かに呟いた。
「王妃もヤベーな、この国」
エルネストが帰るとララはクロードを伴い、早速ヤンに先程の案を持ち掛けた。
途端にヤンは複雑な表情になる。
「確かにクロードをこっちに連れて来るためにはいい案だと思うけどよ、畑に余剰がねーぞ」
「そ、そっか……」
「小作農を食わすので余剰は使っちまうからなぁ。農地を開拓するにも、もっと人員が必要になる」
「人員……」
「もうあの村周辺に小作農はいない。人は土から湧いて出るわけじゃねーからな。ある意味、人員の確保は畑を広げるより難しいんだ」
ララにとって、それは盲点だった。恋に盲目過ぎ、現実的ではない案をぶち上げてしまったらしい。
「じゃあ……この計画は無理なのかしら」
「うーん。でも、クロードの上官がオレール三世に話を持って行ったんだろう?」
「うん」
「それの返事を待ってもいいと思うがね。陛下がどう出るのか、待つか……」
ララの隣で、クロードは頭を下げた。
「……面目ない」
「しょうがねえよ。王妃の懸想なんて、災害に近いんだ。クロードは何も悪くないから、気にすんなよ」
ララも眉を下げる。
この恋は障壁が多すぎる。
でも……
(私がここで引き下がったら、クロードは一生幸せになれない気がする)
隣にいる薄幸の美青年を眺め、ララはどきどきと胸を鳴らした。
(この美しいクロードを救えるのは、私だけ……なのね)
障壁への不安を遥かに超える陶酔が、そこにあった。
一方、エルネストはその夕刻にはオレール三世との謁見を果たしていた。
「何?大農家から物資援助の申し出があったと?」
「はい、陛下。ベラージュ村の女男爵、ララ・ド・マドレーン様からご伝達です」
オレール三世は、斜め上を見上げた。確か──先日謁見した彼女は、まだ小さな少女だったはずだ。
「……金で爵位を買ったかと思えば、いきなり王に恩を売ろうと言うのか、あの小娘が」
エルネストはどきりとして顔を上げたが、
「……面白い。早速明日にでもここへ連れて来い」
王のその言葉に、彼はほっとして顔をほころばせた。