24.保存食が国を救う
調理室には、たくさんの人が忙しく立ち働いていた。
そろそろお茶の時間なのだ。客人が来たので、より騒がしい。
ララがそうっと入って来たのを見るや、コックのアランが大きな声で言った。
「リエッタ!ララ様がいらっしゃったぞ!」
リエッタは銀のスプーンをくわえたまま、男たちの影からひょっこり姿を現した。
「あれー!?ララ、こんなところまでどうしたの?」
「リエッタこそ、侍女として連れて来たのに調理場にいるって言うからびっくりしたわよ」
「えへへ。ここにいると、ずっとお腹いっぱいで幸せ」
「もう、リエッタったら」
リエッタは調理場にララを引き込んだ。
「貴族は、朝晩にがっつり食べて、昼はお茶菓子で済ますんだって?」
「三食軽くしか食べられない農民と、食べる総量は変わらないみたいね」
「今日も、持って来た保存食からお茶菓子を作ろうって、みんなで奮闘してたところなんだよ」
ララは、じーんと目頭を熱くした。
「ありがとう。みなさんのおかげで、私、食事時に話題を提供することが出来たの」
「マジ?やったじゃん。私のおかげ?」
「だから、みんなのおかげだって言ってるでしょ」
「今日も自信作だよ。これは、固パンの上にオイル漬けの砂肝とチーズを乗せた、なんちゃってカナッペ。これは干し芋を更にバターで焼いたなんちゃってスイートポテト」
保存食は大抵色あせたものなので、見栄えがよくない。皿に並べられたそれはアレンジが加えられ、思いのほか美味しそうに出来ていた。
「これを今から食べるのね?」
「うん。今お客様が来ているから、その人にお出しするんだってさ」
ララはふと、先程慌ただしく出て行ったクロードを思い出した。
「今、クロードの上官がいらっしゃっているそうなの」
「え、上司?そういうのって、挨拶しといた方がいいんじゃない?」
「リエッタもそう思う?でも私、まだ正式に婚約者になっているわけじゃないから、二の足を踏んでいるの」
アランがララに声をかけた。
「行ったらどうですか?クロード様の惚れっぷりから察するに、ほぼ内定でしょう」
ララは顔を赤くする。
「ほ、惚れ……?」
「屋敷の中じゃ、みんな驚いてたんですよ。クロード様が女性を連れてあんなにニコニコしているのなんて、こちとら初めて見たんですから」
「そうなんですか?私は最初から、そういう印象はなかったです」
「本当に?周りからはあんまり表情が変わらないもんで、〝氷の騎士様〟って呼ばれてたんですよ」
リエッタはそれを聞いて噴き出した。
「何そのあだ名!ウケる!」
他方、ララは少し顔を曇らせる。
「それなんだけど……確かにクロードは私の前では笑ってくれるけど、それ以外では怖い顔をしているの。なぜなのかしら」
アランは簡単に答えた。
「家庭環境がちょいと複雑なのと、呪いの恋文がわんさか来るのと、女王に目を付けられているっていうのが、やはり原因かなーと思いますけどね」
ララは目をぱちくりさせる。
「原因が……そんなに?」
「クロード様って、ちょっと運が悪いところがあるんです。変なのを引き寄せてしまうというか。まあ、あんな男前じゃあ何したって目立つから、致し方ない。有名税みたいなもんですよ」
ララは胸をぎゅっと押さえた。
そんなことを、彼はまだ話してくれていなかった。話しにくいことだったのだろうか、それとも──
(まさか私に心配をかけまいとして、今まで黙って……)
ララは、彼の中にある棘を全部抜いてあげたいと思う。誰に対しても心から笑えるようになれば、その不遇な状況が変わるのではないだろうか。
「さあリエッタ、これを応接間へ運びに行くんだ」
コックの声に、再びララは顔を上げた。
「あの……私も行きます。応接間には、どちら様がいらっしゃっているの?」
「エルネスト・ド・グランジュ曹長ですよ。クロード様の直属の上司となります」
リエッタはワゴンに軽食とティーポットを乗せる。アランが慌てて言った。
「婚約者としてお出になるなら、そのポットはララ様が注ぐんですよ。カロン在住の貴族の奥方にとって、テーブルセッティングをしてお茶を注ぐのも大事な仕事ですから」
「そうなのね。分かったわ」
ララはリエッタと並んで応接間に歩き出した。
その頃、クロードはエルネストの言葉に驚愕していた。
「……再び、開戦ですか?」
「ああ。陛下は秘密裏にことを進めている。王妃の外出中がチャンスだと」
「それは一体、どういう意味で……」
「王妃の妹の嫁入り先であるパンプロナ公国との交戦が考えられるからだ」
「……!」
「策を練り、準備をするなら今なんだ。この二か月間が勝負となる」
クロードは息を呑んだ。
「……公国を巻き込むことになりそうなのですか?」
「以前から戦争を繰り返し現在は休戦中のブロムダール国に、どうやらパンプロナ公国は秘密裏に物資の支援を行っているようなんだ、つい最近、そんな報告が諜報部にもたらされた」
「……はい」
「我が軍は人的戦力は厚いが、物資の面で負ける。全体的にやせた土地が多い国土なのでな」
クロードは考える。現在の休戦も、互いの物資が尽きたからストップしたのだ。
ということは、休戦が破られると、物資の少ない方が負けることは明らかだ。
「準備が勝敗を分ける」
エルネストは言った。
「前回の休戦は、互いに同時期に兵糧が尽きたことによる。もしどちらかの軍に余剰の兵糧があれば、そちらが勝つだろう」
クロードは前のめりで言った。
「でも、兵糧に余剰など……シャノワール王国の農民は、皆貧しいんですよ」
その時だった。
「……失礼致します」
扉の向こうから、ララの声がした。クロードはそれに気がついて顔を上げたが、エルネストは使用人の声だと思って取り合わない。
「エルネスト殿……少し、お待ちを」
「ん?どうした、クロード」
「ララ、入っておいで」
扉が開き、ララとリエッタが入って来る。
ワゴンにはティーポットと軽食が並ぶ。エルネストの視線が、ふとその軽食に吸い寄せられた。
それから、見慣れぬ少女を見上げる。
「クロード……彼女は?」
「紹介します、エルネスト殿」
クロードはララの傍らに立った。
「彼女の名は、ララ・ド・マドレーン。私の婚約者です」
ララは真っ赤になった。