21.凍てつく家族
夜になると、家族だけの晩餐会がブノワ邸で開かれた。
ララは先程習った作法をぐるぐると頭の中で確認し汗をかきながら、クロードに連れられ食堂にやって来る。
ジゼル、モルガン、アネット、それからヤンが先に待っていた。
ヤンは、何か言いたげにララを見上げる。ララはその隣に歩いて行き、執事が椅子を引くのを待って席に着いた。
ララは緊張しいしい食べていたが、パスタが自分の家から持って来たものであることに気づくと、少し緊張が解ける。慣れ親しんだ、いつもの味がそこにある。
ララはそれを誰かに話したくなって顔を上げたが、余りにも静かな食事風景に言葉が引っ込んでしまった。
彼女は隣のクロードを、じっと観察する。
ララは再びパスタと向かい合い、首を傾げた。
何かがおかしい。
(何だろう……思い描いていた食事風景じゃ、ない。この静けさ、まるで歓迎されてないみたい)
やはり農民だから、受け入れてもらえないのだろうか。それとも、貴族はこのように静寂の中食事をするものなのだろうか。
気になるのは、クロードの表情が非常に固いことだ。ララはベラージュ村で彼に会ってから、ここまで彼の顔が凍りついているのを初めて見た。クロードはララに接する時は常に柔和な表情で、いつでも笑いかけてくれた。王宮で助けてくれた、初対面の時でさえも。
流れるように食事が次々と目の前に運ばれ、その香りと見目麗しさが食卓を彩っても、食堂内はどこか凍てついていた。
使用人が彼らの周囲を右往左往するのが、更に沈鬱な空気を作り出している。立ち働いている者と食事を摂る者とが分断されているのが奇妙だ。
ララはデザートが運ばれて来た段階で、ついに口を切った。
「お食事、とても美味しかったですね」
何やら奇妙な空気が流れたところで、クロードが言った。
「そうだね」
しかし、その声には全く感情が入っていない。その顔もまるで鉄仮面でも被っているかのように、感情が内包されていなかった。
ララの胸が、ずきりと痛む。
クロードが怒っているように見えたのだ。
娘と同じく何か感じ取ったのか、ヤンが口を開いた。
「ララ、食事の後、ちょっと話がある」
ララはおっかなびっくり頷いて、再びブノワ一家の顔を眺める。
モルガンが少し目を泳がせている表情は読めたが、やはりクロードは無表情だった。
「クロード……また、明日」
ララが囁くと、ようやく彼は目を覚ましたかのように我に返った。
「ああ、また……」
「また、あなたのお話を聞かせてね」
ヤンは静かに、貴族一家を睨んでいる。
ララの部屋に来るなり、ヤンは開口一番、こう言った。
「やっぱりこの家、おかしいぜ」
ララは父が同じような違和感を抱いていたことに、不安もあったが別の部分ではほっとしていた。
「パパもそう思う?」
ヤンはどこか宣告するように娘に教えた。
「さっき、別室で聞いたことをお前に報告しておく。この家には実はクロードの兄貴がいたらしいんだが、女と駆け落ちしたらしく行方不明だ。名はジルベール」
「……えっ」
「ジルベールとジゼルとクロードの母親はあのアネットだが、あいつらの父親はモルガンではない。モルガンの兄だ。兄が死んだので、弟があてがわれたらしい。何でも、血の正統性のためだとか、家の存続のためだとか何とか……当たり前のように言うもんだから、俺はぞっとしたぜ」
「……」
「ここはおかしな理屈を守るために心が放置されていて、誰もかれもが住みにくい家なんだ。だからララ、お前も……」
ヤンがそう娘を説得にかかろうとした、その時だった。
「……じゃあ、余計にクロードには、私が必要ね」
ララの言葉に、ヤンは目を見開いた。
「……は?お前、何を……」
「さっき、私も思ったのよ。クロード、家の中にいるのにちっともくつろげていないみたいなの」
「んー、まぁそうだけどよ」
「ベラージュ村にいた時はあんなに表情豊かだったのに、この場所では顔も心も凍ってるみたいだった」
「ララ……」
「事情を知って、色々分かったわ。ありがとう、パパ」
「……」
「私、頑張って彼を毎日笑顔にしてみせる」
娘を止めようとしたはずが、燃え上がらせてしまった。
ヤンは渋い顔で悩んだ様子を見せたが、ふと力を抜く。
「……ま、それでこそララだな」
この娘は、何事においても決断が早いのが長所だ。
「親としては、こんな不可思議な考えの家の嫁になるのは勧めないが……お前がどうしてもそうしたいなら、納得が行くまでやればいい」
「パパ……」
「嫌になったら、村に帰ればいいだけの話だ」
「うん!」
ララは笑って、先程まで恋に浮ついていた瞳を遥か彼方に差し向ける。
「クロードを凍らせるものを、全部溶かして見せる……きっとそのために、私は彼と出会ったんだわ」