表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/65

19.贅沢な生活

 話は平行線に終わった。


 クロードを手放したくないブノワ家と、ララを手放したくないヤンと。


 正式な婚約の前に、乗り越えなければならない問題が多々あった。


 ヤンは別の部屋へ案内され、リエッタは執事に促されてララの部屋の前に歩いて行く。


 彼女がノックしようとすると、扉の向こうから親友ララの声が聞こえて来た。


「……幸せ」


 リエッタはどきりとして立ち止まる。


 扉の向こうは、再び静かになった。


 リエッタはどきどきと鼓動を速くして、すうっと息を吸うと、ノックをやめて踵を返した。


 使用人の準備室に戻る。


 そこには、先程ヤンと運んで来た農民の保存食が集められていた。


「こりゃすげえな、あんた」


 コックのひとりがリエッタを見つけてやって来る。赤毛の若い男だ。リエッタは急に話し掛けられたので緊張し、あからさまに気の進まなさそうな顔をした。


「……ああ、申し遅れた。俺は料理番のアランだ、よろしくな。ところで農民ってのは、こんなに食料を備蓄するものなのかい?」

「はい。冬に備えて……あと、村のみんなでそれを集めて分けるんです」

「へー。個人で所有しないのか」

「はい。奪い合えば足りなくなりますが、分け合うと余るものですから、毎年そのようにしています」

「いい話だな」


 アランはひとつひとつ手に持ちながら、それらが何の乾物や保存食であるかを彼女に尋ねて行く。


「これは何だ?」

「鶏の砂肝のオイル漬けです」

「そんなものも食うのか。これは?」

「プラムの塩漬けです」

「果物の塩漬けとは斬新だな。でも絶対不味いだろう?」

「あなたもコックなら、食わず嫌いせず食べてみなさいよ」


 彼は言われるがまま、ビンを開けてプラムを取り出し、塩を洗い流した。


 かじってみると──酸っぱさの後に、ねっとりとした甘さがやって来る。


「ふーん、甘じょっぱくて案外いけるな。パスタと合わせてもいい」

「刻んでディップにしても、いいものなんです。オイルに混ぜて、ソースにしても」

「村の人は、面白いものを食べてるんだなぁ」


 アランがさも新鮮な驚きを披露するので、リエッタは首をひねった。


「王都の人は、こういうのを食べたりしないの?」

「王都には小麦と家畜が潤沢にあるからな。こういったもの用意しなくても、何とかなってしまうんだ。先に言っておくと、王都の主食はパンと肉とワインだ」


 やはり、都会は物資の量が田舎とは違う。家畜を冬越しさせるとなると、更に多くの飼料を必要とするから、村ではそのようにはしない。肉は秋口に干し、冬に備えるのが常だった。


 リエッタは静かに、親友の婚約を思う。


〝幸せ〟


 冬でも肉とパンで腹を満たせる生活が、ララには待っているのだ。こんな保存食など、作らなくてもいい生活が。


(ララには、絶対に幸せになってもらわなきゃ)


 そう考えていると、目の前の保存食が急に色あせて見えて来た。貴族にはこんなもの、つまらないだろう。


 すると。


「今夜はこの保存食を使って、食事を出そうか。両家の会話も弾むだろう」


 アランはそう言って、リエッタを手招いて調理室へと呼び寄せる。


「どういう味でどんな感じに使うのか、教えてくれよ」


 リエッタは笑顔で頷く。


 無学な自分でも、どうやらここで役に立てることがあるらしい。




 その頃、ララはクロードと、束の間の幸せな時間を過ごしていた。


 食べたことのない色とりどりの菓子が目の前に並び、飲んだことのない苦い飲み物に砂糖を入れることを勧められる。


 飲み物と言えばハーブティーぐらいしか飲んだことのなかったララには、その苦い飲み物は衝撃の味だった。


「に、苦ッ……!」

「ははは、それは輸入品のコーヒーだよ。眠気覚ましになるんだ」

「……貴族って、不思議なものを飲んでいるのね」


 しかしその苦味の残る舌に甘味を放り込むと、より菓子の甘さが引き立って美味しくなった。


 その合わせ技に感動しつつ、ララはちょっと不安になる。


 ララたちが持って来た農民の保存食など、きっとクロードは好まないだろう。こんなに贅沢な嗜好品が、カロンの都には絶えず溢れているのだから。


「私たちが持って来た保存食……みなさん、食べられるかしら」


 クロードは、ララの言葉に目を点にする。


「大丈夫ですよ。村の食事、とても美味しかったです」

「でもあれは新鮮な食材だったから……私ったら、貴族のみなさんも飢えてるとばかり」

「まあ確かに冬は、夏よりかは飢えますよ。でも都では家畜を一年中育てているので、冬でも肉を食べられるのが村とは違うところです」

「……えっ!カロンでは、冬でも家畜を精肉するの?」


 ララは衝撃を受けた。冬も家畜を肥えさせるとなると、何倍もの飼料が必要ではないか。


「王都は物資に溢れているのね……」

「そうですね。ララさんもきっと、王都に住めば少し太ると思いますよ」

「そ、そうかしら」

「ララさんは細いから、もっと食べてもいいと思います。そうしたら……」


 クロードはそう言うと、遠慮がちにララの肩を抱いた。


「あなたを、食べ……」


 ララは驚愕の表情になり、その手で彼の口を塞いだ。


「……ララさん?」

「きゅ、急にそんなことを言われたら……びっくりします。それに、その前に……」


 ララは顔を覆って続ける。


「まずは、婚約者になったんですから、その……呼び捨てにしてもらっても」


 クロードはララの両手をこじ開けると、その赤い顔を覗き込んで言った。


「……ララ」

「ク、クロード……」


 ララは自分から言い出したことなのに、いざそう呼ばれるとむず痒い。


「ねえ、関係は徐々に縮めて行きましょう。私、男の人にぐいぐい来られても、全く経験がないからどうしたらいいか分からないの」

「……ごめん、こちらも余裕がなかった。もっと時間をかけて関係を深めよう」


 クロードは、ララが貴族女性ではなく村娘であることをすっかり失念していた。


 男を誘ってかわして、という手練れた貴族女性たちとは、全く違う女性なのだ。


 本当に、得難い少女。


「あー、……かわいい」

「だからそういうことを言われても、何て返せばいいか分からないんだって……」

「いいよ、何も言わなくても。ララ、こっち向いて」


 その時だった。


 コンコン。


 ノックの音がして、扉が開かれる。


 憮然とした表情で扉の向こうに立っていたのは、クロードの姉、ジゼルだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農業令嬢は氷の騎士様を溶かしたい。好評発売中!
i684843
― 新着の感想 ―
[一言] おっとこれはもしかして、リエッタにも春が!?( ˘ω˘ )
[良い点] 地雷臭のするお姉さんきたーーー!(笑) 二人は盛り上がってますが、どーんと落とされるのかしらとハラハラしてます。 プラムの塩漬けは梅干しですかね〜。焼酎のお湯割りに最高だと教えてあげた…
[良い点] 都会育ちのクロードは肉食系(好きな子限定)だった。 ナンチテ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ