16.花嫁修業のお誘い
〝愛するララ様
お手紙ありがとうございます。勇気を出してくれてありがとう。私は一生、このことを君に感謝して生きることになるでしょう。
それから……不利な立場のあなたに、こんな風に勇気を出させてしまった自分が情けない。本当に申し訳ありませんでした。
結論から言います。この手紙についてブノワ家で話し合い、貴女を是非迎え入れたいという点で意見が一致しました。
ただ、通い婚に関してのみ、父から反対されてしまいました。万が一の際、妻の身の安全を担保出来ないような結婚ならやめた方がいい、一緒に住むべきだと。
なのでその件については王都にお越し頂き、話し合いの場を設けたく存じます。
幸いこの二か月間、私は自宅に詰めておりますので、ララさんにずっと付いていられます。私は必ずあなたの味方になると約束します。
ところで王都の貴族の娘は婚約が決まると婚家に入り、その家の習慣を覚える花嫁修業を経てから婚姻を結びます。
ララさんも、もし嫌でなければ、一度そのようにしてみませんか。
その間に貴族の決まりごとなど、二人でじっくり覚えて行きましょう。
お父様ともよく話し合って、よいお返事をいただければ幸いです。
6月2日 クロードより。〟
手紙の日付から7日後。
ララはクロードからの手紙を読み、唇を震わせていた。
隣でヤンも文面を真剣な顔で覗き込んでいる。
「よかった……婚約破棄の破棄なんて、伯爵家相手には絶対許されないと思ったから」
ヤンは複雑な表情だ。
「……土地はどうする」
「一度、話し合いに出向きましょう」
「嫌な予感しかしないがね」
「パパ……」
ララは悲し気にうつむいた。
彼女自身も分かっている。
一人娘を都会にやったら、ヤンは田舎で一人暮らしだ。
騎士を田舎に住まわせることが果たして可能なのか、不透明でもある。
静まり返った家の中にララはきりきりと胃を痛めたが、ふとヤンはこんなことを言った。
「でもまぁ……あいつがこっちに住む分には、結婚を許してやらんこともない」
ララは父の顔を覗き込む。
ヤンは意外にも、納得したような、諦めたような笑みを浮かべていた。
「……パパ!」
「正直玉の輿だし、クロードも優柔不断なところがあるが、そこまで悪い奴には見えなかったからな。まずはこの誘いに乗って、話し合いとやらをしてみよう」
「ありがとう、パパ。私、頑張って提案してみる!」
「……そういうわけでだな」
「?」
ヤンは眉を吊り上げた。
「俺も王都に乗り込むぞ!」
ララはあんぐりと口を開けた。
「は……はい?」
「お前だけ王都に行かせるのは不安だ!」
「えっ……じゃあパパもブノワ邸で花嫁修業?」
「ああ。〝花嫁の父〟修行だな!」
確かに、ヤンも今後貴族と付き合うならば、それなりの作法を知っておいた方がいい。
だが。
「そんなの、前代未聞だわ……」
「手紙を出すなら、俺のことも書いておいてくれよ!」
「うちの仕事はどうする?」
「小作農に頼むよ。収穫したものは自由に食べてくれって言っておくから大丈夫だ」
ヤンは開き直ったのか、意外とノリノリである。
「そうだ、貴族の娘にはお付きの使用人が必要だそうだな。リエッタにも声をかけてみよう」
「リエッタを連れて行くの……?それが一番心配だわ」
「味方はひとりでも多い方がいい。一番心配なのは集団に流されて、ララの意見が婚家で軽んじられることだ」
「確かにそうね。王都の人々は口が達者なイメージがあるわ」
「リエッタにもいい仕事着を仕立ててやろう」
いいことは、決まれば全てが早い。
「手土産も持って行くか。王都のやつらは乾麵が好きだから」
「保存の効くものがいいわね。小麦粉とドライフルーツも持って行くわ。チーズに……あとナッツも」
「第一印象が大事だからな。持参品で弾みをつけるか」
「ふふふ。段々、楽しみになって来た」
二人は婚家に出向くため、せっせと保存食をこしらえる。
それから、ブノワ邸に行く旨の手紙を出した。
ララはクロードとの再会を夢見て、荷造りに精を出すのだった。
一週間後。
ヤンの荷馬車は食料でいっぱいになっていた。
「ようし、王都に乗り込むぞ!」
久しぶりの一張羅に袖を通したララと、メイド服にはしゃぐリエッタが着の身着のままで荷馬車に乗り込んだ。
「ヤンさん、ちょっと荷物多過ぎじゃない?」
「狭いけど我慢して乗ってくれ。ところでリエッタ、お前の父さんは王都に行くことをよく許してくれたな」
「貴族の家に行くって言ったら、両手を上げて送り出してくれたわよ。ヤンさんこそ、意外とノリノリじゃん?」
「ノッてなんかいねぇよ。話し合いに行くだけだ!」
「ふーん。良かったね、ララ」
「うん!」
ヤンの操縦する荷馬車は村唯一の街道に乗り、重たげにガラガラと王都へ向かって走り始めた。