15.ブノワ邸家族会議
一時出戻りの姉ジゼルと、母アネットは応接間で婚約の話を聞き、同時に声を上げた。
「ええっ、クロードが農民と婚約……!?」
クロードは二人を無言で睨む。その台詞から侮蔑の色を感じ取ったからだ。
ジゼルが続ける。
「何でその子じゃないと駄目なの?クロードの爵位と顔面レベルなら、もっといい条件のお嬢様が入れ食いでしょ?」
レベル……とクロードは苦々しい顔で呟く。
母が言う。
「郊外に通って来いだなんて、伯爵家を何だと思ってるのかしら。嫁にしてもらえるだけありがたいという姿勢が欲しいわね」
そういうのを何とも思ってないからいいんじゃないか、とクロードは思う。
モルガンは深いため息を吐いた。
「お前たちの言いたいことは分かる。しかし、そこを重視してしまったせいで……この現状があるんだろう」
父の言葉に、ジゼルは出戻りを責められた気がしたのかむっとする。
「ふん。私の義妹になるのよ?農民の義妹だなんて、私の格が下がるからやめて欲しいわね」
格……とクロードは困惑しつつも、姉を説得にかかった。
「好きになったんだ」
いつも表情の読めない無愛想な彼がそんなことを言い出したので、母と姉は呆気に取られた。
「え?何で?」
「何でって……きっと、会って貰えば分かると思う」
するとジゼルは当然のようにこう言ったのである。
「へー!あんたにそこまで言わせるなんて、その子はよっぽどの美人なのね!」
クロードは頭を抱えた。
「……本気でそう言ってるのか?」
「他に何か農民に魅力があるの?思いつかないわ」
「働き者なんだ」
「……は?」
「日がな働いて、でもにこにこして、自分の家族や周囲の仲間のことを大事に思ってる。ララさんの、そういうところを好きになった」
「農民なんだから、家族総出で働きづめなのは当たり前でしょ?」
「……」
同じ屋根の下で長く暮らして来たのに、なぜこうも考え方に相違があるのだろうか。クロードは口を開くのも億劫になって来た。
顔、爵位、金。それがジゼルや母の価値観なのであろう。
「とにかく、私はララさんと添い遂げたいと思ってる」
「あー、先が思いやられるわぁ。確かにあんたは変わり者だとは踏んでたけどさぁ……農民なんて、私どう接すればいいのよ」
答えを出すかのようにモルガンが会話に入って来る。
「そういうわけで、彼女が貴族社会でやって行くために、うちで教育をしようと思っているのだが……」
「ええー!」
ジゼルが声を上げる。
「うちに来るの?ってか、住むの?」
「一時的にな。お前も結婚前、婚家にお邪魔して花嫁修業をしたことがあるだろう」
「やだぁ」
クロードが姉に向かってぽつりと呟く。
「嫌ならイベール家に帰ったらいい」
「んまぁ!クロードったらしばらく見ない内に、随分憎たらしい男になったのね!」
アネットが困り顔で言った。
「でも、本当にそれでいいの?クロード、あなたには後ろ盾が必要なの。ほら、今も王妃様に睨まれて二か月間の軟禁生活を言い渡されたそうじゃない。単身者だから軽んじられるんだわ。もっと力のある貴族のお嬢さんと結婚して、地位を盤石にすべきだと思うの」
それには一理あった。けれど、それよりもクロードには大切にしたいことがある。
「自分を押し殺して生きるのに疲れたんだ」
誰も好き好んで〝氷の騎士様〟とやらになっているわけではない。
「一緒に生きるなら、気が合って、ほっと出来る人がいい。地位だの格だの、そんなものがあったって、今までちっとも幸福だと思えたことなんかなかった」
母と姉は何か心当たりでもあるのか、気まずそうに顔を見合わせている。モルガンは頷いた。
「話はまとまったか?では、ララさんに手紙を出そう。幸いクロードは軟禁の身だ。色々教えてやりなさい」
「はい」
「ジゼル、お前もだぞ!どうせしばらく帰らないんだろう」
「何よぉ。気が進まないけど、ま、お父様がそこまで言うなら……」
クロードは嬉しくなって微笑んだ。
それをジゼルは愕然と眺め、アネットは口を押さえて咳込む。
「見た?今のクロードの顔!」
「あの子のあんな顔を見るのはいつぶりかしら……」
家の中でもすっかり笑わなくなっていたクロードは、ほくほく顔で自室に戻りペンを取る。
ペン先のインクがかすれるほどの速さで、彼はララへの返信を綴るのだった。