表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/65

12.王都に帰ってから

 クロードは再び四日間かけて王都に帰った。


 悲しさと嬉しさが心の中に同居している。


 ララに一時でも慕われ、思いが通じたこと。


 こんなに気分が高揚したのは、人生で初めてだった。


(好きになった人と思いが通じるのが、こんなに嬉しいなんて)


 しかし同時に、


(好きになった人との別れが、こんなに辛いものだとは……)


 今までで経験したことのない絶望も味わっていた。




 ブノワ邸に着くと早速、父モルガンが出迎えた。


「どうだった?」


 クロードは苛立ちながら、こう答えた。


「ええ。マドレーン男爵家との婚約を破棄して参りました」

「次の相手だが……」


 クロードは、父を無視してずんずんと歩き、自室に戻る。


 休暇は明日まで取ってある。明後日には、騎士宿舎に戻らなければならない。


 クロードはサイドテーブルにリンゴのジャムを置くと、初めての恋を回想する。


 小さな体の少女だったが、大きな意志を持っていた。その薄い体を抱き締めると、太陽の匂いがした。


 悲しくなるほど、暖かい思い出。


「〝好きだ〟って、言えなかったな」


 唯一の心残りがあるとすれば、それだった。


「いつか、言えるんだろうか……」


 行こうと思えば行ける距離なのが、また彼を苦しめる。国境でも超えた愛ならば、まだ諦めがつくものを。


「あー……」


 ベッドに腰かけ、頭を掻きむしる。


「諦めろ……あの子だって、頑張って諦めたんだから」




 あれから、ララは体調を崩していた。


 ベッドの中に入り、しばらく動けない体を横たえている。


 そんな娘を見て不安げな顔をしているヤンを見兼ね、リエッタが見舞いがてらやって来た。


「ヤンさん。多分、ララは騎士様を好きになったんだと思うよ?」

「……ふん。そんなことだろうとは思ったよ。思ったけどよ……」

「婚約したら何がだめなんだろう?伯爵家の奥方なんて、玉の輿じゃん」

「いいかリエッタ。お前の考える幸せはそうなんだろうよ。でも、ララはそうは思わなかったんだ」

「うーん。大農家の方が案外お金持ちなのかな?」

「そういうことじゃねーんだよ……金の問題じゃないんだ、人生ってのは。リエッタは単純だな」


 ヤンも娘の意外な落ち込みようを見て、ちょっとばかり良心の呵責に苦しんでいるところだった。


 騎士の意志薄弱をつついたところまではよかったが。


(そんなにすぐララがあの騎士を好きになるなんて思わねーだろ、普通)


 しかも、騎士側もそこまで粘らずにあっさり帰ってしまった。


(わけわかんねーけど……やっぱり貴族と農民じゃあ、住む世界が違い過ぎる)


 覚悟もなく一緒になったとて、遅かれ早かれ破局するのだ。


 今回の件は、しょうがない。




 一方、リエッタはララの部屋に入って来ると、興味本位でこちらに話しかけて来た。


「何だ、やっぱりララったら騎士様を好きになっちゃったんだ」

「……」

「誘われたんなら、さっさと玉の輿に乗ればよかったのに」

「……リエッタの馬鹿」

「何よ、喧嘩売ってんの?」

「私、ここを離れたくないの」

「あー、そういうことなの?でも貴族の奥方になったら、働かなくてもいいんだって。私だったら、騎士様に飛びついちゃうけどな」

「私……働くのが好きなの」


 リエッタは信じられないと言いたげに口を開ける。


「はあ?そんな理由で婚約を断っちゃったの?」

「私、都会で何もしないなんて辛過ぎる」

「!?」

「麦や牛を育てて、犬と戯れて、パパやみんなと農作業していたいの」

「えー?あ、そう?」

「騎士様は王都を離れられないし、私はここを離れる気がないし」

「はー」


 リエッタはやれやれと首を横に振った。


「やだなあ、どっちかしか選べないって法律でもあんの?」


 ララは、布団からようやく顔を出す。


「騎士様は王都に住んで、ララは田舎に住んで、結婚してたまにどっちかで会えばいいじゃない」


 リエッタの能天気な提案に、ララは腹を立てた。


「そんなこと、出来るわけないでしょ!リエッタは世間知らずなのね」

「だってそんなに落ち込むくらいなら、二人が一番幸せになれる方法を探すべきなんじゃないの?何でどちらかしか選べない~絶望~みたいになってんのさ」

「……えっ!」


 前例は見当たらないが、確かにララの中でその考えは浮かばなかった。


「農地と、王都……どちらも……?」

「うん、行き来すればぁ?」

「そんなこと、今更言っても遅……」

「何事も遅すぎるなんてことは、ないよ。今が一番若いんだから早く動きなよ。恋愛は早い者勝ちだよ」

「……リエッタ」


 リエッタは無学で、この社会の複雑なところを何も知らない。


 余りにも現実離れした意見だ。だが……


 人生は一度きり。


 この奇跡的な両想いを、簡単に諦めていいのだろうか。


「まだ……やり直せるかな?」


 ララの言葉に、リエッタはにんまりと笑った。


「まだ素直になれないの?〝やり直したい〟って言い直しなよ、ホラ」

「……」

「やれるところまでやってみたらいい。駄目で元々で」

「そうね……駄目で元々……」


 ひょんなことから手に入れた、女男爵の地位。


 それが偶然にも、このような縁をもたらしたのだ。


「一度、クロードさんに手紙を出してみようかしら」

「いいんじゃない?でも、何て書く?」

「そうねぇ……」


 ララの体に、久しぶりに力がみなぎって来た。


 便箋を取り出すと、ララは机に向かい始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農業令嬢は氷の騎士様を溶かしたい。好評発売中!
i684843
― 新着の感想 ―
[一言] そうか…通い婚か…(笑)
[良い点] 素敵なお話ありがとうございます。 一気読みしました。 働く自立した少女(?)はカッコいいですよね。 しかし、リエッタ。恐ろしい子・・・ 無邪気や無知を装って、実は全てが計算済みだったりし…
[一言] リエッタがいて本当によかった( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ