11.本当の気持ち
ララはクロードの前を歩き出しながら、震え始める唇を噛んだ。
(……これでよかったのかな)
クロードにどんどん惹かれている自分がいる。
けれど、この土地が大好きだから離れたくない。
二つの思いを天秤にかけたら、やはり土地の方に気持ちが傾いてしまった。
クロードを選べば、伯爵家の親戚付き合いに巻き込まれる。彼の職業上、王都からは離れられないだろう。
(うん、やっぱり初めての恋は諦めよう)
ララは賢い少女だった。賢過ぎるほど。
(クロードさんの言う通り、これはいい思い出にしよう)
夢に飛びつけるのは、夢を見ている間だけなのだ。
ララは初恋の騎士様との婚約を夢見た。
しかし現実的に考えると、彼との婚約を安易には選べなかった。
沈黙の中、湿地が近づいて来る。
湖面の色を反射する、艶のあるリンゴ。
それをもぎ取ると、ララはクロードに差し出した。
「どうぞ」
クロードは静かにそれを受け取ると、丸かじりした。
「……美味しい」
「そうでしょう?うちのジャムは、このリンゴを使って作っているんです」
「じゃあ、私にもジャムを作って下さい。そしたら私はそれを理由に、この村にもう少しの時間とどまれる」
ララはリンゴと同じくらい赤くなって騎士を見上げた。
彼は微かに笑っていた。
「正直、私は王都に帰りたくない」
クロードは青い空と緑の大地を眺め、そう言った。
「だけど騎士という職業は、憧れてどうにか掴んだ道なので続けたいんです。すると、やはり王都に住むしかなくなるという結論に至ってしまう」
ララも同じ風景を眺めた。
「私も同じです。この土地から離れたくない」
ふと、二人は顔を見合わせた。
諦めたくないことがあるのは、お互い様だったのだ。
「もし、どちらにもこだわりがなければ、私たちどうなっていたんでしょうね」
ララの言葉に、クロードは瞳の奥を輝かせる。
「ララさん……?」
ララはリンゴを見つめながら微笑んだ。
「……一度、抱き締めて貰えますか?」
クロードの口がぽかんと開いた。
「そうすれば、あなたのことを諦められそうなの」
どこかで聞いたことのある台詞だったが──内包する意味は全く違った。
ララは本当に、諦めようとしている。
クロードの足元に、齧りかけのリンゴが転がり落ちた。
気づけば、クロードは目の前の少女を力いっぱい抱き締めていた。
ララはその背中に、そろそろと腕を回す。
そして、ボロボロと涙を流した。
クロードはララの心の動きを図りかねていたが、じわじわと胸が熱くなるのを感じていた。
彼女の〝諦めたい〟は本気だ。
本気だったからこそ、泣きながら諦めなければならないのだ。
クロードは、ララが勇気を出して諦めた気持ちを静かに受け止めた。
「ララさん、本当の気持ちを──」
「言わせないでください。言ったら諦め切れなくなるから」
「ララさん……」
「騎士様は王都で、私はこの土地で幸せになりましょう……ね、そうしましょう」
短い時間で惹かれ合った二人は、短い夢を見た。
どこの地域にもこのリンゴのように落っこちている、よくある男女のありきたりな夢を──
日が傾いて来ている。
クロードの荷物に、リンゴのジャムが加わった。
「ではこれで失礼します」
沈み込むララの表情を、リエッタはしげしげと観察している。
ヤンはどことなく娘の変化に気づきながらも、騎士と対峙した。
「短い間だったが、あんたも元気でな」
「はい。急に来て……すみませんでした」
「何、気にするな。お互い条件が合わなかっただけだ」
「……ララさん」
ララはびくりとして顔を上げる。
「お元気で」
ララは、笑って頷いた。
「はい」
なるべく、クロードの記憶に可愛らしく残るように。
騎士の乗った馬は、遠ざかって景色に溶けて行く。
それを眺めながら、ララは目をこすった。