表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ちょっと珍しいレースエッセイ集

世界一過酷なラリーレースで完走しクラス優勝を十一連覇し続けたチートな日本の四輪メーカーを、君達は知ってるか?



 おはようございます、もしくはこんばんは。前回はマン島の変態レースをご紹介致しました。来年はコロナ禍も鎮まり、無事に開催されるようで何よりです。


 ……さて、それはそれとして。


 今回は高い技術力で作り上げた出場車両を同業他社から「リトルモンスター」と渾名され、長きに渡り過酷なレースで完走を果たし、更に幾度も参加クラスでの優勝も成し遂げている自動車メーカーが有るのをご存知でしょうか?




 ……スバル? うん、確かにあそこは変態メーカーだ。水平対向エンジンみたいな「真冬でも乾布摩擦しとけばインフルエンザウイルスも倒せるぜ!」的な唯一無二のポリシーを激推しし、結果的に様々なレースで世界制覇すら成し遂げたが、今回は違う。



 ……トヨタ!? むー、単刀直入に言うと違う。確かにレース界隈でも技術力を誇示し、余多のレースで優勝を重ねてきたけれど、今回は違う。但し、メーカー的な繋がりで見ると遠い存在じゃないんだが。



 ……ダイハツ!! まぁ、確かに小型車生産がメインだし、過去にスズキのアルトワークスと真っ向勝負する為、ストーリアX4みたいな太平洋戦争の零戦的ラリーカーを市販しちゃう点は立派な変態メーカーなんだけど、今回は違います。しかしダイハツには、一刻も早く次世代のラリーカーを出して欲しい。



 まぁ、勿体振ってもつまらないし話が進まないので、サッサと発表しときますか!!




 ……その会社は!!



    「 日 野 自 動 車 」でっす!!





 ……えっ? 知らない!?


 うーんと、テレビとかで「トントントントン、日野の2トン♪」とかCMしてるトラックメーカーですよ? あなたの家にテレビが有るならば、必ず一度は見てますから。


 で、そんな国内のトラック製造会社なんですが、詳しい会社の歴史的な話はパス。ググれば判るので興味の有る方は少しでも見といてください。しかし今回もそーゆー所は初心者向けと言う訳でサラッと流します。




 ……さて、そんな感じで話を進めていきますが、先ずここまでお読みの皆様で【ダカール・ラリー】をご存知で無い方はいらっしゃいますか?


 むう、知らないとな? ……まぁ、自動車レースと言ってもラリーなんて、見に行ける程度の近い場所で開催されなければ馴染みも薄いでしょうし、テレビ中継も……一応していますが、スポーツ中継専門チャンネル(しかも有料系ね)に限られてます。なかなか身近に感じられるレースではないですね。


 で、ダカール・ラリーの発祥は、と言うと……


 とあるフランス人の【さあ、私と一緒に冒険に出掛けよう。隣を走れさえすれば、タイヤが付いていればどんな乗り物でも構わない(やや脚色してます)】という呼び掛けに答え、冒険魂を持った男達が始めたパリからセネガルのダカールを目指すラリーレイド競技だそうです。仔細はさておき、初期の頃はスクーターや二輪駆動の自動車で参加する猛者がゴロゴロ居たそうだ。冒険だなぁ、実に。



 ……そんな始まりで牧歌的なラリーレース(開催地は様々に変化し名称も同様に変化)は続けられていったが、やがてスポンサードが行われて更に知名度が上がり、遂に自動車メーカーが専用の車を開発して参戦するようになった時、冒険色の濃かったダカール・ラリーはレースとして世界に認知されるようになっていく。



 こうして、砂漠の旅をラクダの手綱から車のハンドル(バイクも走りますが)へと持ち換えて渇いた大地を横断する冒険紀行は、いつしか企業が技術力をアピールする本格的なレースへと姿を変える。そして、様々な車両のクラスがレギュレーションで枠分けされ、ライバルと共に時間との戦いになった頃、砂漠を走り抜くレースカー達の後ろを、常に追い続けしかも確実に脱落せずに走り続ける車が、有った。




 それこそが、ラリーを続ける為に欠かせない随伴車両……トラックである。


 過酷極まりない砂漠を走り続けるラリーレース。出場するラリーカーは車体やエンジンに専用のチューンアップを施された、市販車とは全く違う短期決戦用と言ってよい。しかし過剰な出力を絞り出せば消耗パーツは磨り減り、幾ら補強を施してもフレームに亀裂すら発生する。況してや一発勝負のレースを何日も何日も繰り返し続ければ、当たり前のように頑丈な筈の車体やエンジンは壊れていく。


 では、壊れてしまったらどうするか? 道半ばでレースを棄権するのか?


 ……棄権なんて、する筈なかろう。夜を徹して直せばまた、走り出せるなら……直せば良い。


 こうして坂道を転げ落ちて横転しようが、曲がりきれず岩に衝突しようが、ドライバーに怪我が無ければホイールが外れたままでもゴールまで辿り着き、スタッフ総出(ドライバー自らが手を貸す事すらある!!)で修理し、規定時間まで修理出来れば、再び次のゴール目指して走り出すのだ。


 では、そうした際に必要な工具や機材は誰が運ぶのか?


 そう、トラックに載せてスタッフが後を追い、ゴール地点でスペースを設けて整備し続けるのである。つまり、整備班と言う名のもう一つのラリーチームが共に走り、参加車両を維持管理して最終ゴールを目指すのがダカールラリーなのだ。


 そして、未舗装の工事現場やぬかるんだ泥沼状の水際でも動ける巨大なタイヤと、低回転から安定した駆動力を引き出せるディーゼルエンジン、そして重い積載物を載せても軋みもしない頑強な車体を備えたトラックは、早くからダカールラリーに参加し競争車両として走り続けてきたのである。


 (因みに現行のカミオン部門は排気量10000ccで区切られ、上は12000cc(12リッター!!)の化け物エンジンを搭載したクラスで、それ未満の車両として日野レンジャーは参加している)



 そんなガチガチなモータースポーツのダカールラリーですが、そのレースに1991年から長年参加し、本来ならばサポートカーとして活躍する筈のトラック(カミオン部門と呼ばれているクラスですが)で何度もクラス優勝を果たしているのが……日野自動車のレンジャーというトラックなのです! 砂漠を縦断する道無き道を走破するエンジンと車体の耐久性は、四季の有る日本で日常的に使われ、長く積み重ね続けてきた技術力の証!!


 ……と、やや興奮気味に説明していますが、頭を冷やす為にググった資料を置いておきます。




 【日野自動車は、1991年に日本のトラックメーカーとして初めてダカールラリーに参戦。最低完走率が20.5%を記録したこともあり、「世界一過酷なラリー」と言われている。初参戦以来、連続完走を果たしている。


1997年には、トラック部門総合では史上初となる1・2・3位を独占するという快挙を成し遂げ、世界中を驚かせた。その後も総合2位を3回獲得するなど、トラック部門のトップクラスのチームとして活躍を続けている。1996年~2002年に創設された同部門の「排気量10リットル未満クラス」でも7連覇を果たし、その後2年間は同クラスが廃止されたが、2005年大会で再び創設され優勝を果たした。2007年にもクラス優勝し、2010年以降はクラス連覇を続けている。】


 (日野自動車・ダカールラリー関連より抜粋)




 ざっくり説明しますと、ダカールラリーは全車両対象の【総合タイム】と車両カテゴリーごとの【部門タイム】、そしてカテゴリー内の枠で決められた【クラスタイム】で競われています。バカっ速い四輪駆動車両が砂漠の真ん中で土煙を立てながら爆走している映像等は、総合タイムでの優勝を狙って乗用車メーカーが凌ぎを削りながら開発しているレース専門カー。まあ、格好いいですが……稲村某が見せたいのはコレじゃない。


 ……見せたいのは、そんな小さなクルマの、話じゃないんだ。







 ……枯れ果てた大地を渇いた熱風が、吹き抜ける。焼けた地表をギラギラと照らす太陽は、全ての生き物から水分を奪い尽くし、無慈悲に命を刈り取ろうとしているかと思う程、容赦なく熱波を送り続ける。


 夜間の冷えきった空気はどこに消えたのか、カラカラに干からびた土を踏み締める地面からは、早くも靴底を通してじわじわと熱が伝わってくる。


 周囲を見回しても熱風に晒され枯れ果てた灌木と、乾燥に強い種類のサボテンや、水気を一切含んでいそうに無い硬い葉を付けた背の低い草しか生えていない。正に死の大地と呼んでも構わない程、荒涼とした風景だった。



 だが、遠い彼方から徐々に近付く土煙は、移動する車両が順調に走って来る証だ。ならば、どんな車両なのだろう。


 と、やや離れた場所に砂漠の遊牧民らしい服装の数人の姿を見つけ、彼等の方へと近付いてみる。自分の言葉が通じれば良いのだが。


 ……不安な気持ちを隠しながら会話を試みた結果、意外と流暢な英語で返答された。聞けば彼等は現地の軍関係の人々らしく、背中に提げた自動小銃を見せてから、


 『この辺りは武装した強盗や反政府勢力が出没するんだ。ここまで無事に来れたのは、運が良かっただけだと思った方が良い』


 と釘を刺された。彼の言葉にやや消沈していると、もう一人のヒゲを生やした方が少しおどけたような声で、


 『まあ、気にしなさんな! 折角珍しいレースに鉢合わせしたんだから、楽しんで見物すりゃいい!』


 と、陽気に語りかけてくれて、少し気が紛れる。


 しかし単独でのバイク旅行が余程珍しかったのか、積載量の多い愛車について二人から何度か質問されている内、遂に近付いて来る車両が姿を現したのだ。




 砂漠の地平線を分断する竜巻のような土煙を立てる()()は、赤と白に塗り分けられた目立つ色の車体。そして街中では決して出会わぬ程に巨大なタイヤで車高を(かさ)増しされたトラックだった。


 『……レンジャーだな。しかも最新型のボンネットタイプだ!!』

 「レンジャー? それってどこの車だい?」

 『おいおい、レンジャーっていったらヒノのトラックだろう!? まさか日本人のお前が知らん訳なかろう!!』


 隣の強面な方の兵士にそう詰め寄られたものの、何故か彼は嬉しそうにトラックに向かって手を振った。


 しかし、自分には彼のような余裕は全くなかった。そりゃそうだ、いくら道から外れた場所だとはいえど、一切の遮蔽物すら無い砂漠の真ん中で、真っ直ぐ自分目掛けて巨象のような物体が勢い良く近付て来るし、しかもそれは明らかに市販のトラックが出せないような爆音と速度で、グングンと迫ってくるのだ。


 更に、ドンッ、ドンッ、と連続して足裏に伝わって来る振動は、そのトラックが小刻みに起伏を跳ね飛ぶ際、巨大なタイヤが着地する度に発生するからだが……いや、それだけじゃない。


 自分達は、小高い丘から見下ろすようにトラックが近付くのを眺めていたのだが、長々と刻まれた(わだち)の跡は丘を切り裂くように一直線で続いているのだ!! いくら何でも、あんなトラックが真っ直ぐ登れる訳無い!!


 そう思い、慌てて後退りしようとしたが、


 『何処に行くんだ!? 特等席で眺められるなんて、そうそうある事じゃないぞ!!』


 と、チョビヒゲを生やした陽気な方の兵士に腕を掴まれ、逃げ出す機会を失ってしまった!! ここに来て我が人生は万事休すか!?



 一瞬、走馬燈が見えたような気がしたその時。


 ガンッ、という激しい音と共に巨大なトラックのゴツゴツとしたブロックタイヤが、急角度で跳ね上がりながら丘の縁から姿を現し、そのまま空転しながら砂を撒き散らしつつ宙に留まったのだ。


 グオオッ、ともゴオオオッ、ともつかない轟音は張り出したボンネットからか、それとも黒煙を吹き出す排気筒からなのかは判らない。


 だが、車体のフロントが丘を目掛けて突進し跳ね上がる直前。


 悪路を走り抜けてきた真っ赤なボンネットの真ん中に、確かに見えたマークは……街の中で時折すれ違ったトラックのフロントに輝いていた日野自動車のイニシャル、【H】を意匠化したエンブレムそのものだった。


 やがて、手綱を引き絞られた馬が振り上げた両前足を降ろすように前輪を着地させると、最後の仕上げとばかりに後輪で起伏の端を削り落としながら前進し、何事も無かったかのように我々の前を地煙りを撒き散らつつ、荒れ地の先へと消えて行った。






 ……荒野を走り抜けるラリーレース。


 刻一刻と変わり続ける過酷な気象状況。様々な環境下にも関わらず、常に未舗装で轍しか見当たらない荒れた道。そして、次々と迫り来る車両トラブル。


 制限時間との戦いは、結果的に車両を再起不能なまでに痛め付ける事に繋がり、レースを続ける能力に欠ければ、結果的に運転手の命をも奪いかねない。


 五十年近い間に、砂漠や荒野で命を失った参加者は数知れない。不慮のヘリ墜落事故で、最初の主催者が彼等の列に加わってしまった事は、決して偶然ではないかもしれない。しかしそれ程のラリーの中で完走し続けられる力を常に発揮している日野自動車のレンジャーは、ある意味で世界最高水準のレース車両の一つだと言えよう。





 ……余談だが、稲村某の父親は日野自動車に勤めていた。


 その父親がある日、職場からの帰宅時にお土産だと言って【砂漠の薔薇】と呼ばれる奇妙な石を持ち帰ったのだ。


 それは砂漠の砂が円盤のような形を成していて、更に幾つも繋がった複雑な形状の物体だった。


 「これは砂漠のラクダがオシッコをして、それが長い年月を掛けて固まって石になった物らしい」


 父が語る美しい名前とは正反対な逸話に、子供だった当時の自分はうへぇ、と思い気持ち悪がったものだ。


 しかし、砂漠の薔薇に、日野レンジャーの奮闘振り。そして成人してから知った十一連覇の偉業……今もレースに参加し続ける日野レンジャーへの憧憬は、この時に生まれたのかもしれない。



 明日、皆さんも街の道路ですれ違うトラックがもし、日野レンジャーだったら……その車体の何処かに【パリ・ダカールラリー】で得られた技術が生かされているかもしれない、と思って心に留めておいて欲しい。


 それが四十年以上も続く飽くなき挑戦への、更なる活力に繋がるかもしれないのだから。



追記・日野自動車工業株式会社


2022年新型ダカールラリー仕様レンジャー


排気量8900cc ディーゼルハイブリッドエンジン


ガソリン出力・750馬力 モーター駆動出力・250馬力 合算出力1000馬力



……こんなエンジンを、中型車のレンジャーに載せて走るそうです。最高速度は170キロ!! こんなのトラックじゃない!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] わあ、パリ・ダカールの話だ、と飛びついて読んでしまいました。 父親と古いパリ・ダカールの録画を見て、砂漠を抜けたあとに、どこまでも続く海岸線を走る車たち(わざと波に飛び込む車もいて)の姿に「…
[一言] 面白かったです。 トラックにもこんなドラマが!! 日野の2トンではないですが、3トンには乗りました。 昔は三菱のトラックは良いな、と思ったものですが、今はいすずと日野ですね。
[良い点] ワクワクするお話をありがとうございます! [気になる点] 大学時代はコンビニでラリーのVHSテープを買いまくっていたかつてのニワカふぁんだった私です(*´ω`*) [一言] ひだまりさんの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ