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白昼夢

作者: ユリウス卿

2015年時に作られたとされる、自身のなろうアカウントが発掘され、

そこに書きなぐったものが放置されていたので拾い上げてみた。


未完ですが、本当は長編を書きたかったんだと思います。

たぶん。

その当時の記憶がないので定かではありません。

 あれはいつからだったのだろう―


 気付いた時にはそうなっていた、としか言いようがない。コーヒーの入ったまだ熱いカップを手に取り、口をつけた。熱く、少し苦みの残る後味が喉から落ちると、男はふうと息をつき思考に落ち着きを取り戻していく。煙草をポケットから取り出そうとするも、その手には空のセブンスターの箱が握られているだけだった。


「そろそろ店から出よう」


 言葉を口にすると、億劫そうに腰を上げる。手早く会計を済ませると口元が寂しい気もした。店から出て煙草を買いに行こうか迷っていると、先ほど会計を対応した店員が声をかけた。


「あの、お客様の忘れ物ではないですか」


 可愛らしい若い女の店員は黒い傘を手に持ちパタパタと近寄ってきた。うっすらと甘い香りが鼻をくすぐった。


「違いましたか」


 彼女は見ると新人のようだった。胸に研修の札がついている。


「ああ、すまない。雨がやんだものだから、すっかり忘れていたよ」


 男は落ち着き払って、傘を受け取った。それ受け取るとき、彼女の手が触れ、小さく声を漏らした。


「仕事、大変そうだね」


 男は若い女の店員に声をかける。彼女は少し驚きながらも、小さく頷いた。


「ごめんごめん。仕事の邪魔だったかな。傘、ありがとう」


 自分でも少し強引だと思った。彼女の手がとても小さく、やわらかかったので、その場を去るには名残惜しい気もした。もう少し話していたい気もしたが、自分自身約束もあったので先を急がなければならなかった。


「えっと、ありがとうございます。仕事、向いてないのかなって思います。不慣れでごめんなさい」


 彼女は軽く会釈をすると、店に戻ろうとした。店のドアを引く店員の後姿は何やら寂しげであった。


「次来る時もまだ続けてればいいな」


 男はそう独り言を口に出すと、約束の場所へと急がねばならない時間になっていることに気付いた。


 五分ほど歩くと、既に約束の相手はそこに待っていた。駅の近くにある喫煙所だった。


「お前が遅れるなんて珍しい。何かあったのか」


 やや老け顔の男は煙草の灰を落としながら、そう声をかけてきた。背丈は二人とも同じくらいで、お互いスーツを着ている。


「あ」


 男は煙草が切れていることに気が付いた。それを察したのか、煙草を一本口に近づけてきた。少し苦笑いしながら感謝の意を表すと、すかさずにライターを近づけてくれる。


「お前はいつもセブンスターだったか。ピースしかなくて悪いな」

「すまない助かる」


 二人して一服を済ませると、近くのベンチに腰を掛けた。簡素な公園が近くにはあり、芝で整えられた広場のような公園に、いくつかベンチが用意されている。もちろんここでは煙草を吸うことは出来ない。


「それで松田、話っていうのはなんなんだ」


 相手の男は沈黙を嫌うように切り出した。辺りはもうすっかり暗くなっていた。ここのところ5時にはすっかり暗くなってしまう。


「いや、君を信頼しているからこそこんな話をしようと思うのだが、なんというか、やっぱりここは冷えるよな。暗くもなってきたし、なぁ、場所を変えてもいいか」


 不思議そうな顔で松田と呼んだ男を見たが、すぐに顔をあげ立ち上がった。


「他でもないお前の頼みだ。確かにここじゃ寒いしな。だけど、おごれよ」


 笑顔のままそう提案すると、そのままもう一度発言をする。


「どこに行くんだ?話は長くなりそうなのか。まあ幸いにも用事は特に無いから今日はお前に付き合うよ」

「酒を飲みながら話すような内容でもないよ、君がそうしたいなら今日くらいはおごるけど」

「今日はやけに深刻そうだな。大丈夫か、疲れて見えるぞ」

「気を遣わせてしまったのならすまない。近くに好きな喫茶店があるんだ」


 松田は先ほど居た喫茶店に再び足を運んだ。三十分前に店を出たときとなんら変わる様子はなかった。先ほどと違うことと言えば、空はすっかり暗くなっていたことだった。


「スタバか、ここは来たことなかったが、案外中は綺麗だな」

「宮村はコーヒー嫌いだったか。もしあれだったら居酒屋にするか」

「嫌いじゃあないぞ。普段あまり来ないだけで、会社ではよくコーヒー飲んでるしな。それに、静かな方がいいんだろう」

「そう言ってくれるなら助かるよ。そう、少し静かな場所がよかった。その点ここはお気に入りなんだ」

「ここにはよく来るのか」

「最近来るようになった。考え事するときとか、一人になりたいときによく来るよ」


 何度か会話を交わしながら注文したアメリカンコーヒーを待つ。喫煙席は少なく、案内された席は先ほどの傘を置き忘れた場所だった。


「実は、さっきもここに来ていたんだ。少しの間待ち合わせまでここで時間を潰していた」

「そうだったのか。言ってくれればここに来たのに」

「いや、初めのうちはそんな長い用事にもなると思っていなかったんだ。思いのほか暗くなるのも早かったしな」


 そのうちに二人分のアメリカンコーヒーが運ばれてきた。宮村はミルクと砂糖を取りに席を立った。


「あ」


 コーヒーを運んできた店員が控えめに声を漏らした。松田は顔をあげると、そこには先ほどの若い女店員が立っていた。


「やあ、また来たよ。ははは、今度は連れも一緒なんだ。外が思ったよりも寒くてね」

「そうだったんですか。うちにはよく来られるんですか」

「最近はね。君は見たことなかったけれど」

「私も最近入ったばかりですからね。あ、仕事そろそろあがる時間です。十八時終わりなんです。」

ミルクと砂糖を取りに行っていた宮村が戻ってきた。

「なんだなんだ、ここに来た理由はナンパしたかったからなのか」


 宮村はそういう話が好きなようで、途端に明るくなった。


「そういう訳じゃないんだけど、さっき来たときにこの店員さんに傘を忘れそうになっていたのを届けてもらったんだ」

「なるほどね。そういうのもわざとだったりしてな」

「からかうなよ、店員さんが困ってるじゃないか」

「いえ、私は大丈夫です。そ、それでは私はあがりの時間なのでこれで失礼させていただきますね」

「そうだったね、時間取らせてしまったすまない」

「あ、よかったらさ、君も一杯くらい飲んでいかないか。こいつがおごってくれるみたいだよ」


 宮村が店員を引きとめたことに、内心そう願っていたりもした松田は複雑な表情になった。


「冗談だよ冗談。仕事お疲れ様、ごめんね」


 店員が店の奥に行くのを眺めながら、宮村も少し言い過ぎたと自分を戒め、今度は真剣な表情で覗き込んできた。


「ごめん、それで本題はなんだ。お前も話すためにここに来たんだもんな」

「ああ。実はな、俺は未来が分かるかもしれない」

「へぇー。そりゃすごい」

「まあそんな反応だろうとは思っていたよ」


 軽くあしらわれたと思って、松田も軽く笑いながら流そうと思った。


「で、本題は。もしかしてその話をするためだけに呼んだのか」

「ああ、そうなんだ。自分でも、おかしいとは感じている」


 宮村は初めこそ適当に笑って返したが、しかし次第に真剣な表情に変わっていった。


「それは、本当なのか」


 お互いの顔からは笑みも消え、重い沈黙が残った。


「けど、確かに普通じゃない。お前は冗談を真顔で言うようなやつじゃないのは俺が一番分かっている」

「信じられないのも無理はない。けれど、これはとても深刻な話なんだ。俺はとても困惑している」

「未来っていうのは、どういうことなんだ。俺がこれから何をするのか、明確に分かるのか」

「詳しく一秒ごとの行動が分かるというつもりはない。自分に対しても自信がなくなってくる。しかし、俺にはお前くらいしか相談できる相手もいなくてな。つまらない話をしてすまない」


 宮村はますます困惑した表情になった。松田自身も、無理はないといった表情で徐々に目線が下がっていく。


「なんというか、こう、話しづらいんだが、未来が分かると言っていいのか、ただの俺の誇大妄想に過ぎないのかもしれない」

「なんなんだよその曖昧さは。でも松田が真剣に頼ってくれている気持ちは伝わるから、邪険にしたくない気持ちもあるんだ。具体的に話してみてくれないか」

「なんというか、そう。夢を見たんだよ」

「夢?」


 松田は少し照れくさくなって、目を逸らした。


「そう、なんだ。なんだか話せば話すほど自分がどうかしていると思えてくるよ」

「話してみてくれ。少し興味が湧いてきたんだ」

「分かった」


 松田は一呼吸を置いて、それから話し始めた。


「あれは、多分昼寝をしたんだ。自宅のソファで。何時ごろだったかは覚えてない。次に目覚めたのは確か夜になっていた。次の日も普通に仕事があったから、翌日の支度をしていつも通り飯を食おうとしたんだ」

「なるほどな。それで?」

「ああ、それから普通に過ごしていった。仕事もいつも通り行って、いつしか課長にまで上り詰めた」

「おいおい、少し待ってくれよ。それはいつの話なんだ」

「それに気づいたのは昨日の夜なんだ。あの日と同じように過ごしていた」


 宮村は話のかみ合わなさに笑みすら浮かんできた。


「話についていけないよ。ええと、お前は今年で29だったよな。俺と同じはずだ」

「ああそうだ」

「仕事だって、会社は違うが似たようなサラリーマンだ。違うか」

「ああそうだとも。大学からの付き合いだ。お互い夢を語り合ったこともあったと記憶している」

「それなら今の話はよく意味が分からない。昨日それを知ったっていうのはどういうことなんだ」


 宮村は少し苛ついている自分をなだめようと試みた。コーヒーのカップを手に取り口をつける。コーヒーの熱さが落ち着きを取り戻してくれる。


「自分の中で認知できる範囲での状況を説明するとするなら、そうだな……」


 少しもったいぶった言動に、お互い目を逸らし息をつく。宮村はまだ一本も煙草が置かれていない灰皿を垣間見た。途端に口が寂しい気もしたので、言葉を発しようとする前に煙草で思考を落ちつけようと思った。


「例えば、さっきの店員の女の子、実は俺は会ったことがある」


 宮村は煙草に火をつけようとしながら間髪入れずに言葉を挟んだ。


「それは、さっき会ったということじゃないのか」

「そう、さっき会ったばかりのはずだが、夢の中では会ったことがある。そう親しい訳ではなかったけど」

「どういう繋がりだったんだ。その、夢の中での話でいい」

「曖昧なんだが、彼女に関しては顔を覚えているという断片的な記憶のかけらに過ぎない。これが何を意味しているのか分からないが、ただ単に、今みたいに喫茶店の店員として顔を合わせたことがある程度の認識なのかもしれない」


 宮村はなんとも気まずい思いをしていた。質問をすればするほど、相手が何を言っているのか分からない。これ以上質問をしないほうがいいような気もしたが、事実気になることも確かだった。


「ああ、なんというか、お前はからかっている訳でないんだろう。でも、そんなこと後付で何とでも言えるだろう。俺は夢の話っていうのはあまり真剣に聞くもんじゃないと思っているんだ。何故なら人間の記憶なんていうものの時系列というのは曖昧で、それでいて、ふわふわとしすぎている。雲のようになんとも掴みどころがない話じゃないか」


 松田は宮村に対して同調するように頷いた。


「それはごもっともだ。事実俺自身があまり信じていないからな。俺は何か変なんだ。病気にでもなったのかもしれない」

「そんなことはない。俺はお前と話が出来ているし、嘘を言っているようにも思えない。ましてやお前は生真面目すぎる。少し疲れているんだろう。こんな日もあるさ」

「そう言ってくれると助かる。もう少し建設的な話をするべきなのかもしれない」

「というと、建設的な話とは具体的にどういうことだ」

「このところこれらの出来事は俺を酷く悩ませている。俺は生きている感覚がなくなってしまったのだ。大げさかもしれないが、このところ酷く頭痛がする。これについて考えるべきではないと結論付けたくはないのだ。何か、何か、大いなる意志みたいなものが俺に何かを伝えたいのかもしれない」


 宮村は少し笑ってしまった。


「コーヒーでは酔わないよな、本気で心配になってくるぞ」


  松田に対して煙草を一本差し出して火をつける。


「落ち着いてみることは重要なことだ。今のお前を見るに、焦りが見える。何かあったのか。この話以外に」


 松田は煙草をふかしながら、やはり自分はおかしくなったのかと悩んだ。


「確かに落ち着かない。こう、焦燥感というか、最近は鼓動が常に早い感じがする。この話以外にはとくに困ることもないはずだ。俺を困らせることと言えば、これ以外に見当たらない」

「そうか、それならまだ安心できる。俺はお前の話をとことん聞いてやることにしよう。気のすむまで夢の話をしてみてくれよ」

「気を悪くしたならすまない。ただ、俺にとってこれは重要なファクターに思えてならないんだ。それに」


 吸いかけの煙草を灰皿に置いて、持ち替えたコーヒーカップに口をつけると、カップが空になっていることに気付いた。唇に触れるカップの熱はいつのまにか失われていた。


「それに、俺には相談できそうな相手が君しかいない。そして、君なら真剣に捉えてくれるということも理解している。事実こんな話は君以外には出来そうにもない。まず相手にされないだろう」

「俺だって、呼び出して冗談を聞かされるとも思ってないよ。それだけにお前にとって重要な問題なんだろうということも理解できる。ただ、俺はフロイトでもないから夢から精神分析が出来るわけでもない」

「そういうのを求めている訳ではないんだ。ただ、もしこの夢が現実になるのだとすれば、それは悲しいことだと思う」

「何故悲しいんだ。断片的にしろ未来が分かるっていうことだろ、これ以上強い武器はないじゃないか。人生とは、情報戦だと思うし、未来が分かる人間が居たらそれこそそいつは勝ち組だ」

「自分の人生の結末が分かるということは、必ずしも良いこととは思えない」

「それは何故だ」

「未来を知るということは出来るはずがないからこそ皆が欲しがってきた能力だろう。太古の歴史から占い師が存在するのは、人類の願望だと言えるし、不老不死同様に人類が絶えず求めてきたことだ。ただ、今思うのは、人間は、未来が知りたい理由の中に、知ったうえで未来を自分の思い通りに作り替えることまで願っているはずだ。未来を知った先に変えることが出来ると思い込んでいるから、未来を知りたいと思うのだろう」

「つまり、人類は未来を良い方向に変えたいと願っているというわけだな。まぁ言われてみればそれは当然の願いだな」

「でも、未来を知ったかもしれないこの状況では、一概には喜べないのだ。もしも未来が分かったところで、もうそういう運命だと決定づけられているとしたら、どうあがいても変わることは出来ないんだろう。自分にこの先何が起こるのか理解していながら、変えられないのだとしたら、人は何のために生きる」


 宮村は言葉に詰まった。確かにそうかもしれない、と松田の目を見据えた。

「なるほどな、それで焦った感じがしているのか。でも、それを確かめたわけでもないじゃないか。そもそも、それが本当に未来を表しているのかもまだ疑わしいだろう。その夢に気付いたのだって、2,3日前のことだろう」

「実際、そうなんだよな」


 松田は少し話すのに気を取られ、灰皿に置いていた吸いかけの煙草が半分以上燃えていることに気付いた。灰を落とし、小さくなった煙草を口にする。


「やっぱり気にしすぎかな」


 松田は小声でついた。途端にひどく現実感がなくなってきた。今までの話を全てリセットして考えることが出来たらどんなに楽だろうかと考えつつ、人生の無意味さを嘆きたくなってきた。


「宮村は人生ってさ、何のためにあるんだと思うのか考えたことはあるかい」


 感情をあえて抑えたようなぎこちのなさだった。


「人生か、何のために仕事をするだとか過ごすだとかはよく考えているつもりだけど、この人生全てについては考えることすら不毛だと思っていたな。だって考えても仕方がないじゃないか。人は死ぬときは死ぬんだ。絶対にな。だから嘆いても仕方がないんじゃないか。それまでの間精一杯なるようにやってみるだけだろう。あがくっていうと響きが悪いけど、違うか」

「その通りだ。だけどやっぱり、死ぬときは誰しも怖いと思うし、死にたくないと思うものだろう。そもそも苦しんで生きる意味さえよく分かっていないんだよ。それは死ぬときになったら分かるのかどうかも分からない。ただ」

「……ただ?」

「夢の中で70くらいまで生きたとき、確かに色々と後悔とかリアルな感情は湧いたんだ。でもどんな人生だったとしても、最後まで生き延びたっていう感じで死に対する不安とかはなかった。もちろん夢だろうから痛みとかもなかったんだが、死ぬときは今までの良いこと悪いこと全てひっくるめて受け入れようと思ったんだ」


 宮村は無言で話を聞いていたが、やがて口を開いた。


「死ぬとか人生に対する後悔とか、漠然としか考えたことはないけどさ、やっぱりそれこそ現実感がないんだよな。ある意味では俺はそれを考えてしまったら、引きづりこまれそうだから考えないようにしているのかもしれない。だけど、重要な問いではある。いつかは面と向かって立ち向かわなければいけない問題だ。ところで、その夢の中で俺は出てきたか、いくつで亡くなるのとか多少気になるな」


 宮村が残っていたコーヒーを飲み干すと、松田のカップが空になっていることに気付いた。次の注文をしようと呼び鈴を押しながら松田に聞いた。


「宮村は悲しいことに夢の中では早くに亡くなったんだ。君の会社の人間たちはとても悔しがっていたよ。本当、あっけないくらいすぐだったんだ」


 話していると男の店員がすぐに来たので、宮村は二人分の注文をした。注文を終えるとすぐに話を戻す。


「それは……本当なのか」

「夢に過ぎないけどね。でも、この現実で君に連絡がついたときは嬉しかったよ。君が亡くなってからは本格的に友達と呼べる相手も居なかったし、今思えば詰まらない人生だったように感じている」

「その夢では、結婚式とか挙げていたか」

「記憶の限りでは、なかったね。突然だったんだ。交通事故だった」


 淡々としているなかには、しみじみとした懐かしさも含まれているような回顧だった。宮村は、松田はもしかすると本当に70年間を経験して過去に帰ってきたのかもしれないとまで思った。


「結婚もせずに死ぬなんて、俺らしい気もするな。ただ、そう考えると今のうちにやりたいことをやっておくべきなのかもしれないな。建設的な話をしようと言っていたが、そういうことか?」

「それもあるけど、想定する未来をもし変えることが出来るのなら、ということが重要なんだ。もちろん君が亡くなることは耐えがたいし、事故だったから、これからは用心なく家から出るなと言いたいが、そんなことは果たして可能なのか」

「これからの30歳前後ずっと家に居るっていうのもそれはそれで辛いな。でも事故なら俺自身が気を付けることで回避することが出来るかもしれない」

「夢の話を信じるのか」

「あくまで建設的な生き方を示唆してみただけのことさ、でも想定しておくっていうことは重要なことだろう。未来が分かるということは、これ以上ない武器なのさ」

「もし変えられない運命だとしたら?」

「…。そのときはそのときだ。さっきも言ったが、ここでどうこう嘆いてもどうしようもないだろう。ただ、運命が変えられなくても生き方なんてのは変えられるんだよ。もっとも、その大いなる意志とやらからすれば、それすらも想定の範囲内で、俺がここから転職したり生きる指標を変えてみるのも運命に組み込まれているのかもしれないがな。まぁそこまでいったらもはや俺は何も言わん。自分に従って生きるほかない」

「君は強いね。俺の知っている誰よりも強い人間だ」


 注文を受けた男の店員が、お盆にコーヒーカップを二つ乗せて戻ってきた。


「ご注文は以上でよろしかったですね」


 さっきまでの女店員のことを、男の店員の後姿を見ながら宮村は思い出した。そういえば仕事が十八時で終わると言っていたが、腕時計を確認すると時計の針は三十分を指している。先ほどの松田が述べた『夢で会ったことがある』という発言が気になってきた。


「そういえばさっきあの店員のこと会ったことあるとか言ってたよな」

「ああ、曖昧にだけど」

「夢の中ではそもそも重要な役割ではなかったのか」

「夢の中で結婚相手とかだったら面白かったかもしれないな。結構好みのタイプではあるんだ。歳が離れているけど。でもデジャヴみたいなものかもしれない。顔を見たことあるくらいの認識だし、現実であったのは今日が初めてなわけだし」

「なるほどな。それじゃあ本当に未来は変えられるのかどうか、まぁその夢が本当の未来かどうかは置いといてさ、試してみないか」

「試すって、どうやって」

「今のままだと未来ではあの店員とは関わり合いがほぼないんだろう、それなら関わりをつくればいいんだよ」


 宮村の態度は堂々としていて、妙な説得力があった。しかし松田は考え込んだ。もともと行動力には乏しいと思っている自分自身がナンパのような行動を取るとは思ってもみなかったからだ。


「思い立ったが吉日っていうじゃないか。それに、何か重要なことが分かるかもしれないし、ダメならダメでそれでいいんだよ、別に無理やり襲おうって訳じゃない。聞いてみるっていうことをするだけだ」


 松田は素直に宮村のこういう部分を見習いたいと思った。強さの秘訣はこの割り切りの強さにあるのかもしれない。


「でももう帰ってるんじゃないか。次の仕事もいつ入ってるか分からないし」

「その気になればここは近いんだし行きつけにすればいいじゃないか。まぁそこまでしなくとも、もうすぐバックヤードから出てくるころじゃないのか」


 噂をすれば、というやつかもしれない。ちょうど着替えた彼女が店の奥側から出てくるところだった。


「よし、トイレに行くついでに少し声をかけてみようか」


 どこからそんな度胸が湧いてくるのだろうか、そう思っているとあちらから先にこの席に近づいてきた。


「あ、あれ?」

「まだこちらにいらしたんですね。よかった、もう帰っちゃったのかと思いました」

「なにか忘れ物とかした?」

「一杯おごってくれるっていうから、楽しみにしていたんですよ。そちらこそ、もうお忘れですか?」

「ああ…。なるほど、ちゃんと聞いていたんだね。君は仕事が出来るタイプだ。出世するよ」


 宮村は一本取られた気がしながらも、何やら不思議な感覚に陥ってきた。もしかすると、本当に松田の夢とやらは特別な意味を持っているのかもしれない。もちろん、偶然ということもあるが。



未完

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