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猫と退魔師の話

 夜が明け、朝がまたやって来た。

 紅葉さんが来てそろそろ一週間くらいになる。彼女がいるのにも随分慣れて、顔は朝起きてすぐに洗うし、お風呂も毎日沸かすようになった。


 非日常だった紅葉さんはだんだんと日常になっていく。

 ……まあ、偶に自分が正気なのか分からなくなるけれど


 ふと、冷静になるときがある。

 これは全部僕の妄想じゃないかと。本当は紅葉さんはいなくて、頭がおかしくなった僕が暗い部屋で笑っているだけなんじゃないかと。


 妖怪はいないし、化け猫もいない。

 そんな当たり前の現実がやってくるんじゃないかと。


 ……だって、妖怪だなんて普通じゃない。

 僕の常識から外れていて、だから僕は自分の頭を疑っている。


 実は紅葉さんの料理を食べて、毎日安心している自分がいる。

 ああ、僕の知らなかった味だ、だからこれはきっと現実なんだと胸を撫で下ろしてもいて。


 でも、本当はそれすらも妄想かもしれない。

 コンビニの弁当を食べて、違うんだと呟いている僕がいるのかもしれない。


 ……僕は、本当は人の夢を見ているだけの蝶なんだろうか。


 胡蝶の夢。

 自分が人だと勘違いしていた蝶の話。


 同じように、紅葉さんと一緒にいる夢を見ているだけの、変わらない僕がいるのかもしれない。


 そうだと思いたくないけれど、否定できない自分がいた。

 結局、自分の頭を疑いだしたらきりがないんだろう。



  ◆



「お豆腐がもうないですね……」


 それは朝食の後、お茶を飲みながらなんとなく紅葉さんの背中を眺めているときだった。冷蔵庫を覗きながら紅葉さんが呟く。


「今日にでも買いに行きましょう」

「……あれ?」


 なんとなく思う。紅葉さん、食材をどこで買ってるんだろう。

 一応、お金は僕が出している。二日目に朝食を食べた後、ちゃんと費用は出した。


 ……しかし、一体どこで?

 というか、ちゃんと買い物出来てるんだろうか?


 お金を出した時は特に気にしてなかったが、テレビやアイロンで困惑していた姿を思い出すと、少し不安になってくる。


「……紅葉さん、その、どこで買い物してるの?」

「買い物ですか? 少し離れたところに商店が並ぶ通りがあるので、そこで買っています」


 聞いてみると、そんな返事が返ってきた。


「……もしかして、駅前の商店街?」

「それは分かりませんが、魚屋と八百屋が並んでいるところです」


 いつも通勤で使っている通りだ。

 ……確か、魚屋と八百屋が並んでいたと思う。


「……ああ」


 確かにあそこなら大丈夫かもしれない。

 野菜も魚も昔ながらの方法で並べられているし、機械類もレジくらいしかない。


「心配してくれたのですか?」

「え、いや」


 紅葉さんがこちらを見て微笑んでいる。

 僕の不安なんてお見通しだったらしい。 


「大丈夫ですよ。確かに最初は困る部分もありましたが、店主さんが教えてくれましたので」

「へえ」

「ええ、子供のふりをしたら丁寧に教えてくれました」


 ……子供?


「この外見も、結構役に立つのですよ」


 ふふふ、と紅葉さんが笑う。

 

 ……なるほど。

 

 長く生きているようだし、当然と言えば当然かもしれないけれど。

 やっぱり紅葉さんは見た目よりずっと逞しい人のようだった。


 

 ◆



「しかし、気を使って貰えるのはとてもありがたいことです。そういう人がいなくて問題を起こしてしまう妖怪も多いそうなので」


 紅葉さんがお茶を啜りながら言う。

 問題……確か前にも言っていた気がする。


「追い出される妖怪が多いんだったっけ?」

「はい。それどころか、殺されてしまう妖怪もいます」


 ……えっ。


「しばらく見ないと思っていたら、骨壺だけが送られてくるとか、昔から偶にありましたから」


 ……いやいやいや。

 それはそんなに軽く言うことじゃない気がする。


「殺されるって……本当に?」

「ええ、問題を起こすとすぐに退魔師がやってきて、度が過ぎると殺されてしまうのです」


 ……たいまし?

 たいましって……あの退魔師だろうか。


「退魔師って……ホントにいるの?」

「知らないのですか? お国に仕えているそうですけれど。昔は妖怪も町で好き勝手にやってたのですが、彼らが現れてから僻地に押し込められたんです」


 大体、百年位前ですかね……なんて懐かしそうに紅葉さんが言う。

 そんな和風ファンタジーみたいな人がいるのか……。


「……」


 ……しかし、少し納得する面もあるのは事実だ。

 前々から、ちょっと疑問に思っていたことはあった。


「紅葉さんって化け猫なんだよね?」

「はい」

「昔話とかで、化け猫が人を騙したりする話、結構あると思うんだけど……ああ、もちろん紅葉さんがしたとかそういうことじゃないよ」


 奥さんを殺して化けたりとか、人を呪ったりとか。

 その手の逸話は調べればいくらでも出てくる。


「それなら……薬なんて簡単に手に入るんじゃない?」


 わざわざうちに住み着いて調査なんてする必要はない。


 実際に見せてもらった紅葉さんの変身も、上手く使えばいくらでも悪いことが出来るだろう。それこそ、調査なんてしなくても猫の姿でドラッグストアの倉庫に忍び込めばいくらでも盗み出せると思う。 

 それに、そこまでやらなかったとしても、人を操って買い物に行かせたりとか……。

 

 そりゃあ、悪いことなのは確かだけど、ことは病だ。なりふり構っていられないと言われれば理解もできるわけで。


「ええ、お察しの通りです。里に住む妖怪にはそういうことが得意なものもいます。しかし、それをしないのは、退魔師がいるからですね」


 どうやっているのかは知りませんが、下手なことをするとすぐに見つかってしまうそうです。と紅葉さんは言う。


「初めて会った時の事を覚えていますか?」

「……一週間前のこと?」

「ええ、そうです。……ふふふ、まだそれだけしか経ってないんですね。もっと長い気がしていたんですが」

 

 ……それは僕も一緒だ。

 まだたった一週間だとはとても思えない。


「あのとき、私は最初猫の姿でした」

「うん」

「そして、覚えていますか? 私が今の姿になったのは、あなたが人に化けてみろと言ってからだと」


 ……確かに、言った気がする。


「あれは、相手の許可を得ないと化けてはならないと決まっているからです。破ればすぐに退魔師がやってきます」

「……なるほど」

「まあ、ちょっと買い物するぐらいなら許可は要らないのですが、あの時はしばらく住む家を探していましたから。正体を明かす必要があったんです」


 そんなことが。

 思っていたよりもルールが多いのかもしれない。


「今回一カ月滞在するというのも彼らに許しをもらっているのです……許可されるのにも色々書類などが必要で大変でした……」


 しみじみと紅葉さんが言う。

 どうやら退魔師と妖怪では完全に力関係が決まっているらしい。


 こうして紅葉さんと知り合った身としては、少し可哀想にも感じるけれど……しかし、紅葉さんの『昔は妖怪が好き勝手してた』なんていう言葉を聞く限り、必要なことでもあるんだろう。


「……」


 ……でも、想像していたよりもこの世界にはファンタジーが隠れていたようだ。

 若いころならきっとワクワクしていたと思う。

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