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猫と写真の話


 次の日。紅葉さんが帰る日まで、あと二日。

 その日、僕と紅葉さんは朝からスマホと向き合っていた。


「スマホを使えば、写真を撮れるのですね……」


 何故かというと、朝の番組でスマホを使ってスイーツを撮る女子が紹介されていたからだ。紅葉さんはパシャパシャと写真を撮る姿に興味を覚えたらしい。


 ……僕は普段写真なんて撮らないから、すっかり存在を忘れていた。


「それも、こんなに簡単に撮れるのですか……」


 紅葉さんが見ている画面には僕の姿が映っている。

 少し気恥しい気もするが、まあ、拒否をするほどでもないし。


「カメラくらいは村にもありましたが……ここまで便利ではなかったですね」

「あるんだ」


 村にカメラがあると言うのに少し驚く。

 これも映画みたいに八十年前に見たきり……みたいなことを言うかと思った。


「カメラには電気は要らないでしょう? なのでいつだったか、嫁入りしていったものが里帰りの時に持ってきてくれたのですよ」

「なるほど」


 察するに、昔ながらのフィルムカメラか。

 それなら確かにどこであっても使えるだろう。


「これもカメラ屋に持っていったら現像してもらえるのですか?」

「いや、画質にこだわらないなら、うちのプリンターでも印刷できるよ」


 驚く紅葉さんをプリンターの前へと連れていき、印刷する。

 うちの物は旧型なので時間がかかるが、それでも数分後には無事に印刷が完了した。


「……便利に、なったのですね……」

 

 恐れおののくように僕の写真を見ている。

 ……というか、なんでこんなに驚いてるんだろう。


 正直、スマホとかの方が衝撃的だと思うんだけど。


「スマホは……なんというか理解の外でしたので。しかしカメラはあちらにもありましたから」


 聞くところによると、里で写真を現像しようと思ったら、まずフィルムを調達してきて、そして写真を撮り、次に誰かが町まで持っていって――と、半月くらいは掛かるそうだ。

 それが二、三分となれば……確かに驚くのかもしれない。


「……」

  

 進歩というのは、技術の高さではなく、身近な物の方が感じやすいのかもしれない。

 なんとなくそう思った。



 ◆



「せっかくなので、二人で並んで撮りたいのですが」


 紅葉さんがスマホを片手にそんなことを言う。

 とても楽しそうにしているその姿を見ると……写真が結構好きなのかもしれない。


 ……もっと早く教えてあげればよかったと、少し後悔する。


「どこで撮りましょうか」

「どうしようか……まだ時間はあるし、景色のいい所にでも行く?」


 まだ朝の九時位だ。近場なら車で大抵の所に行けるだろう。


「……そう、ですね。……いえ、そうではなくこの家の中で撮りたいです」

「それでいいの?」

「それが、いいのです」


 にっこりと笑う紅葉さんに促されてリビングへと向かう。

 そしてソファに座って……押入れから引っ張り出した三脚の上にスマホを置いた。


 ――カシャリ

 

 紅葉さんと並んで座ると、すぐにシャッターの音が鳴る。


「撮れました」


 紅葉さんがいそいそと持ってくるので見せてもらえば、その中では僕と紅葉さんが並んで座っている。

 僕はどこかぎこちない笑みを浮かべていて……紅葉さんは目を瞑っていた。


「あら……? 開けていたと思うのですが」

「タイミングが合わなかったのかもね」


 誰かが撮ってくれる場合は掛け声もあるだろうけど、タイマー式はタイミングを計るのが難しい。

 ……しかし紅葉さんはともかく、僕はカメラ慣れしていないのが丸わかりの写真だ。


「消して撮り直そうか」

「いえ、これはこれで良いと思います」


 紅葉さんが僕から守るようにスマホを胸に抱きしめる。


「……そう?」

「そうです。こういうものが、良いのです」


 紅葉さんが笑う。

 僕もそれにつられて笑った。

 

 ……それから紅葉さんに頼まれるままに、僕は数十回写真を撮ることになる。



 ◆


 

 数時間後、家中で写真を撮って疲れ切った僕とは違って紅葉さんは元気に溢れていた。一枚一枚ゆっくりと写真を吐き出すプリンターをニコニコと笑いながら見守っている。


「良いですね、これ。若いのが村から出たがる気持ちが分かります」

「そんなに?」


 村から出たくなるほど気に入るとは。

 

「その、年を取るとですね、昔のことがだんだん曖昧になっていくんです」

 

 呆けたわけではありませんが、と前置きしつつ、紅葉さんはゆっくりと語りだす。


「色々な妖怪や人と出会って、話して、思い出があって……彼女と、彼と何をしたかは覚えているし、どんなことを話したかも覚えています。……でも、段々、顔が思い出せなくなる」

「……」

「ふとした時に思うのです。ああ、あの時の彼女はどんな顔だったか……どんな姿をしていたか……どんな髪飾りをつけていたか……と。でも時が経つにつれて、段々靄がかかるように思い出せなくなってきて……」


 だから、時々寂しくなるのです、と、そう紅葉さんは言った。


「写真、いいですよね。私は人間の作った物の中で、これが一番好きです」

「……そうなんだ」


 それはきっと、紅葉さんのように長く生きている人にだけわかる事なのかもしれない。

 少なくとも僕のような三十年も生きていないような若造には、理解は出来ても、実感は出来なかった。

 ……僕はまだ、覚えているから。父のことも、母のことも。


「じゃあ、これからたくさん写真を撮ろうか」

「良いのですか?」

「もちろん」


 それこそ、スマホじゃなくてもっといいカメラを用意してもいいかもしれない。

 そして良いプリンターや用紙も用意して――。


 ――いつか、紅葉さんが見返せるように。

 だって、僕もきっと……。


「……」


 ……それを考えるにはまだ早すぎるのかもしれないけれど……未来で紅葉さんに見返してもらえれば、とそう思った。


 

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