表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/33

猫と告白の話


「あ、え、その……え?」

「……紅葉さん?」


 途切れ途切れの声に気付く。

 知らないうちに下がっていた目を上げ、そちらを見ると、紅葉さんが顔を真っ赤にしていた。


「……その、え? 好き? 私を? あなたが?」


 視線があっちこっちに向かって、手は口元に当てられている。

 言葉は途切れ途切れで、その姿は酷く混乱しているように見える。


「あわわわ……」

「……」


 紅葉さんがあわあわ言いながらオロオロとしている。

 その姿を見ていると、何か自分がとんでもないことをしたような気がして……。


 ……いや、したのか。とんでもないことを。

 今、僕は紅葉さんに告白したのだから。

 

「……」


 ……勢いで、つい。

 だって、紅葉さんが自分を卑下するからだ。

 

 自分は嫌な猫だと。迷惑をかけていると。だからそれを否定したかった。

 あなたは素晴らしい猫なのだと、僕はそんなあなたが好きになったのだと。


 ……しかし、少し冷静になると嫌な猫とか素晴らしい猫ってすごい言葉だよね。


「……その、それはつまり、そういうことなのでしょうか」

「……? そういうこと?」


 紅葉さんが顔を両手で隠している。

 ……なんとなく、可愛いな、と思った。


 今まではあまり思わなかった……いや、思わないようにしていたのかもしれない。

 だって、僕なんかが紅葉さんにそんなことを考えるのは間違っている気がして……。


 ……でも、もう告白してしまったから。

 そんなことを躊躇うのも間違っている気がする。


「その、そういうことですよ?」

「……ごめん、分からないかも」


 紅葉さんが何かを伝えようとしているけど、正直よく分からない。

 ……一体何なのだろう?


「だから、その」

「うん」

「わ、私を嫁に貰いたいと、その、そういうこと、なのかと……」

「――」


 ――嫁?


 突然飛び出してきた言葉に、一瞬混乱する。

 ……え、嫁? 嫁ってあの……結婚するやつ?


「――」

「ど、どうなのですか?」


 いやそれは、と、咄嗟に言いかけて――慌てて止める。

 紅葉さんがこちらをちらちら見ているけれど、安易に返答していい言葉じゃない。


「……ちょ、ちょっと待って」

「……え、はい」


 ……嫁……嫁か。

 勢いでした告白がプロポーズに繋がってしまって混乱が収まらないけど、ちゃんと考える必要がある。


 ……というか、なんで告白が結婚に繋がった?


「……」


 ……そもそもの話として、紅葉さんは昔の人だ。

 別にタイムスリップしてきたわけじゃないから、言葉も通じるし、ある程度は紅葉さんも現代というのを理解しているけれど、根っこの価値観は昔の人で。


 それはこれまでの生活でも垣間見えていた。

 食事は家主がいないと、とか、一番風呂は家主が、とか。そういうことを言っていたから。


「……」


 ……それで……昔の恋愛観と言えば?

 僕は良く知らないけれど……もしかしたら、紅葉さんの中では告白=結婚なのでは?

 

「……もしかして、違うのですか?」

「……い、いや、その、もうちょっと待って……」


 紅葉さんの表情がだんだんと曇って来た。

 まずいと思いながら、必死に頭を回転させる。


「……」


 ……理由は分かった。

 いや、確証はないけど、分かったことにする。


 では次にどう答えるかということなんだけど……。


 ……僕はどうしたいのだろうか。

 紅葉さんと結婚したいのだろうか。それともそうじゃない?


「……」


 紅葉さんに目を向ける。

 こちらをそわそわしながら見ていた。


 ……僕は……僕は?

 紅葉さんと結婚したいか?


「……」


 ……そんなもの、決まっていた。


「その、そうだね」

「……え?」

「僕は……紅葉さんと結婚したい」

「――!!」


 ……言ってしまった。

 半分くらい、やけくそだった気もする。


「……そ、そうなのですか……?」

「あ、ああ、うん、そうだよ」


 告白といい、これといい、勢いで行動しすぎかもしれない。

 

 ……でも、そうだ。

 僕は紅葉さんと一緒にいたい。一カ月経った後も、できればずっと。


「そうなのですね……」

「そ、そうだね」


 紅葉さんの顔が赤く染まっている。

 僕の顔もきっとそうなのだろう。


 ……頭がよく動かない。

 恥ずかしくて、混乱していて、なんかもう色々訳が分からなくなっていた。


 ……でも、もしかしたら、紅葉さんも同じだったのかもしれない。

 それからしばらく、二人して『そうなのですね』『そうだね』と同じ言葉を繰り返していた。



 ◆



 しばしの時間が経って。

 僕と紅葉さんは食卓に向かい合って座っていた。


 あれから結構な時間が経っているので、流石に僕も紅葉さんも落ち着いている。


「その、申し訳ないのですが、お返事は少し待って欲しいのです」


 紅葉さんが目を伏せて言う。


「嫁入りとなると、私だけのことではありませんし……里のこともありますし……色々と考えることもありまして」

「あ、ああ、うん、大丈夫だよ」


 突然言ったのは僕だし、少し待たされるくらいは仕方ない。


「その、困らせるつもりはないから」

「助かります。私も里での立場がありますので……」


 紅葉さんが里でどんな立場なのかは分からないけど、そう簡単に辞められるものではないのかもしれない。仕事だって退職の三カ月前には言ってくれと頼まれるし、そういう感じなのかも。

 

「薬のために一度戻りますので……返事は里から帰ってきたときに」

「あ、うん」


 ……でも、なんというか。

 普通に受け入れてもらえそうな雰囲気だ。


「……」


 正直意外に思う。

 僕は自分が結婚することなんて生涯無いと思っていた。僕みたいな人間を好きになる人なんているわけないと、そう思っていたから。


 ……結婚か。

 たった数時間で人生が大きく変わってしまった感覚がある。もちろん嫌ではないんだけど。


「……では、食事の準備をしますね」

「あ、ありがとう」


 紅葉さんが立ち上がり、台所へと歩いていく。


 そういえば、まだ夕飯を食べてなかった。

 色んな事がありすぎて、帰宅したのが遥か以前のことのように感じる。


「……」


 ……しかし今更ながら、紅葉さんは紅葉さんは僕のどこが良かったんだろう。

 いや、まだ正式に受け入れてもらったわけではないか。

 

「あ、その、一つ言い忘れたことが」

「……?」


 気が抜けてぼうっとしていたら、エプロン姿の紅葉さんが帰ってきていた。

 そして少し俯いたかと思うと――顔を上げて、言った。


「先程あなたが、言ってくれたことなんですが」

「……?」

「押しつけがましくてもいい、とそんな私が好きだと言ってくれたこと……とても、とても嬉しかったです」

「……」


 それだけです、と言って、紅葉さんが台所へと走っていく。

 ……その横顔は驚くほど赤く染まっていた。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ