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猫と迷惑の話


 元々、紅葉さんはなんでも自分で、と行動する人だったと思う。


 スマホの時も電車の時も。紅葉さんは最初一人でやろうとしていた。

 私一人で大丈夫です、と。問題ありません、と。居候の身でそんなことは、と。そう言って。


 だから僕は、紅葉さんが人に頼るのが好きじゃないのかな……なんて考えていた。

  

 ……でも今、少し思う。

 ここ数日の様子と、これまでのこと思い返すと――。

 

 ――あれはもしかして、迷惑だからと思っていたんじゃないかと。

  

 結果的に上手くいかなくて困ったりもしていたけれど、元々はそう思って一人で解決しようとしていたんじゃないかと。


 もちろん、僕は紅葉さんのことを迷惑だなんて思わないけど。

 でも紅葉さんは……迷惑をかけないようにしていたんじゃないかと。



 ◆



「……私は、嫌な猫です」

「そんなことはないよ。紅葉さんは良い猫だ」


 迷惑だと、嫌な猫だと自嘲する紅葉さんに、それは違うのだと言う。

 助けられているし、救われている。僕は紅葉さんがいてくれて嬉しい。


「……迷惑ばかりかけてきました」

「僕はそんなこと思ったことはないよ」


 多少のトラブルはあったけど、それを迷惑だなんて思っていない。

 だって、僕はそれ以上のものを受け取っているんだから。 


「……本当ですか?」

「もちろん」

「……でも、言われたことがあります」


 ……?

 

「……私は、押しつけがましいのだと」


 ……押しつけがましい?

 

 紅葉さんが悲しい顔をしている。


「……」


 違うと思う。そんなことはない。

 ……でも、その表情に一つ思い出したことがあった。


 風邪を引いた後のことだ。

 あの時、今と似た顔をしていた気がする。


 ――私は、やりすぎなのでしょうか。


 風邪を引いた数日後、紅葉さんは僕にそう言った。

 八百屋の女将さんに、そこまでする必要は無い、と、そう言われたのだと、あの時に。


 ……軽い風邪で布団に一日寝かせるのはやりすぎだと。


 あの時の紅葉さんは、今と同じ悲しそうな顔をしていた。


「……」

「……でも、ごめんなさい。押しつけがましいと言われても、変えられないのです。私はもうずっと、こうして生きて来たから」


 迷惑かもしれないと思っても、変えられないんです、と。

 だからせめて、それ以外では迷惑をかけないようにしたかった、と。

 

 ……紅葉さんはそう言った。

 

「……あなたは良い子だから。優しい子だから。迷惑をかけたくない」

「それは」

「……だって、あなたは妖怪の私にこんなに良くしてくれるから」


 ……最近、迷惑をかけないようにと言っていたのは、そういうことだったのだろうか。

 

 紅葉さんは誰かに押しつけがましいと言われたことがあって、それで僕に迷惑をかけていると思っている?

 それで、それ以外の迷惑はかけないようにと?

 

 だから、自分のことをこんなに卑下しているのだろうか。

 普段、僕の手を煩わせないようにと一人で解決しようとしていたのだろうか。


「……」


 ……よく分からない。

 言っていることは分かるけど、理解が出来ないというか。

 

 ……というよりも、そもそも紅葉さんは押しつけがましいのか?


「……」

 

 考える。

 今の紅葉さんは寝ぼけているのか、思っていることをそのまま口にしているように見える。


 ……いや、それももしかしたら僕の妄想かもしれない。

 本当はただ、おかしな夢を見てなんとなく口を動かしているだけかもしれない。

 

 でも、これがもし、紅葉さんがずっと抱えてきた思いだとすれば。


 ……僕は、その意味を真剣に考えなければならないのではないだろうか。


「……」


 紅葉さんは面倒見のいい人だ。

 いつも僕の世話をしてくれて、風邪を引いたときは傍で見守ってくれた。僕はそれが嬉しかったし、紅葉さんに感謝もしている。


「……」


 ……でも、ふと思う。

 面倒見がいいのと、押しつけがましいのは表裏一体なのかもしれないと。


 面倒見が良いというのは、率先して世話を焼くということだ。

 では、その世話とは何かというと……それは人によって違うと思う。世話を焼く側の胸先三寸で決まると言ってもいいのではないだろうか。


 世話を焼くというのは、世話を焼く側が正しいと思うことをするのだと思う。

 たとえそれが、世話を焼かれる側にとっては有難迷惑だったとしても。


 例えばの話をしよう。


 ある男の親戚のおばさんが、見合いの話を持ってきたとする。親戚のおばさんは面倒見がいい人だ。いい年して独身の男を心配して話を持ってきてくれた。

 

 これでその男が結婚したいと思っていたとすれば、そして相手の候補が全くいなかったとすれば、それはお互いにとって素晴らしいことなのかもしれない。


 ……でも、もし男がそんなことを望んでいなかったとすれば? 実は彼女がいたとすれば? 結婚願望が無かったとすれば?


 世話を焼かれる側がそんなことを望んでいなかったとき、親戚のおばさんは、面倒見のいい人から押しつけがましい人に変わるのだろう。

 

 面倒見がいいと押しつけがましいの違いは世話を焼く側と世話を焼かれる側、この二人の考え方の違いでしかないのかもしれない。そう思う。


「紅葉さんは、自分が押しつけがましいと思っているの?」

「……はい」


 紅葉さんが悲しそうな顔をする。

 先程から何度か浮かべている表情、自分のことを嫌な猫と言った時の顔だ。


「……そっか」


 ……悩む。

 なんとなく理解はできたけれど、僕は紅葉さんに何と言えばいいのだろう。


 悲しんでいる紅葉さんを慰めたいと思う。

 いつものように笑っていて欲しいと思う。


 ……でも、僕の頭じゃ良い考えが浮かばない。

 紅葉さんの悩みを解決してあげられるような、そんな素晴らしい言葉なんて、全く思いつかなかった。


「……私は、嫌な猫です」


 紅葉さんが繰り返す。

 悲しい顔、悲しい声。


 でもそれに何と言ったらいいのかわからなくて――


「――紅葉さんは良い猫だよ。

 だって、そんな紅葉さんに僕は助けられているんだから」

「……え?」


 だから、良い言葉なんて浮かばないから、みっともなくても、僕は僕が思っていることを全て伝えることにした。


「紅葉さん、いつもありがとう。いつもご飯を作ってくれてありがとう。いつも話しかけてくれてありがとう。いつも笑顔を見せてくれてありがとう」

「……え、え?」


 いつも感謝している。だからそれを伝えたい。

 僕にとって、紅葉さんがどれくらい大切な存在なのかを。


 ……さっき、一度迷惑じゃないと伝えた。

 でもそれじゃ紅葉さんは納得してくれなかったから。


 だから、今度は何度でも伝える。


「いつもおはようって言ってくれてありがとう。いつも掃除してくれてありがとう。いつもいってらっしゃいって見送ってくれてありがとう」

「……その」


 お礼なんて、いくら言っても足りないほどだ。

 紅葉さんがいてくれるから、僕は毎日が楽しい。紅葉さんが居なかった頃なんて、もう何を楽しみに生きていたのか分からない位に。


 ――気付くと、紅葉さんの目が大きく開かれている。

 目が覚めたのだろうか。でも構わない。これはきっと伝えなければならないことだ。

 

「紅葉さん、いつも僕におかえりって言ってくれてありがとう」

「……え、えっと」


 ああ、そうだ。僕は誰かにそう言ってもらいたかった。

 一人ぼっちは嫌だった。誰もいない家に帰りたくなかった。でも僕には何もできなくて……でもそんな僕に紅葉さんは話しかけてくれた。


「初めてそう言ってもらった時、嬉しくて、少し泣きそうになったんだ」

「……ぅ」

 

 ……ふと思い出す。

 あの日、初めて紅葉さんがこの家に来たときのことを。


 僕はあのとき、紅葉さんに何故僕なのかと聞いた。

 何故僕に話しかけたのかと。何故僕を選んだのかと。


 そうしたら紅葉さんはこう言った。

 ――あなたが、寂しそうな顔をしていたから、と。

 

「紅葉さんは自分を嫌な猫だっていうけど、僕はそんな紅葉さんに感謝してる」

「……その」


 寂しそうな顔をしているから家に押しかけてくるなんて、考えてみれば世話焼きにもほどがある。確かに、一歩間違えれば完全に大きなお世話だ。押しつけがましいと言われてもおかしくない。


 ――でも。


「押しつけがましくてありがとう。あの日僕に話しかけてくれてありがとう」


 でも僕は嬉しかった。

 僕はあの日、紅葉さんに会えてよかった。きっとこれ以上の幸運なんてこれから先の人生には無いだろう。


「他の人がなんて言っても、僕は――」


 紅葉さんは面倒見がいいし、もしかしたら押しつけがましいのかもしれない。

 でも、僕はそんな紅葉さんに救われたのだから。


 紅葉さんがそういう人じゃなければ、僕はきっと今日も一人で生きていた。


「――僕は、そんな紅葉さんのことが好きだよ」

「――」


 ああ、そうだ。

 僕は紅葉さんのことが好きだ。

 

 優しくて、化け猫で、世話焼きで、長生きしてて、スマホが上手く使えなくて、お風呂が好きで、病気が嫌いで、電車が苦手で、時には意地を張ることもあって、押しつけがましいかもしれなくて――優しい顔でおかえりと言ってくれる。


 ――僕は、そんな紅葉さんだから、好きになったのだと。



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