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猫と確認の話



「書かれているのはここだね」

「ここが……」


 地図の場所に到着すると、そこにあったのはよく見るような商業ビルだった。

 階ごとに様々な会社や店が入っていて、入り口の横には様々な形式の表札が掲げられているような、よく見るタイプのやつ。


「ようやく、辿り着けました……」


 感極まったように呟く紅葉さんを連れて階段へと向かう。

 渡された紙によると、そこは地下一階にあるようだった。


「……雰囲気が悪いな」

「そうですか?」


 階段はとても薄暗かった。

 所々にゴミが落ちていて、設置されている電灯も途切れ途切れ。壁には落書きがあり、おまけに変な香のような匂いもしている。


 ……なんというか、映画でよく見る不良のたまり場みたいだ。

 

 正直、僕一人なら何があっても入らないような場所。

 紅葉さんは特に気にしてないようだけど、それはきっと知識がないからだろう。こういう場所が危ないんだという、経験からくる知識が。


 ……ここは普通の人間なら絶対に近づこうとしない場所だ。


「行かないのですか?」

「……もう一度確認させて」


 スマホの画面に表示されている場所と地図を見比べる。

 ついでにこのビルに入っている他の店との照らし合わせも。


「……やっぱりここか」


 しかし、残念なことに間違ってはいなかったらしい。

 自然と肩が落ちる。


「よく分かりませんが、入りたくないのなら私だけでも構いませんが」


 もうここまで来たら迷わないでしょうし、と紅葉さんが言う。

 なるほど、それも手なのかもしれない。元よりここに来るように指定されたのは紅葉さんだけだ。僕はいなくても問題はないだろう。


 ――しかし。


「……いや、僕も行くよ」


 それは流石に情けない気もする。

 僕のようなダメ人間にだって、少しくらいは矜持と言うものが残っているものだ。


 ……紅葉さんを、大切な人を置いて逃げ出すようなことが出来るはずがない。

 しかも、そこが危険だと決まっているわけでもないのだから。


「では、行きましょう……ふふ、さっきまでとは逆ですね」


 今度は紅葉さんに先導されて階段を下りる。

 言われてみればその通りだ。今度は僕がオドオドと周囲を確認している。


「大丈夫です。私、こう見えて強いので。何かあっても私が守ります」

「……それは頼もしいな」


 見た目は幼くとも、化け猫の紅葉さんはきっと僕より強いのだろう。

 

 ……結局、こんなものは人によって得意なものが違うだけなのかもしれない。

 人は、それぞれに得意なことが違うからこそ、助け合って生きている。


「……」


 間もなく、階段は途切れ扉の前に立った。

 そして、ドアノブに手を伸ばし、開けると――。


「――おや、いらっしゃいませ」


 薄暗がりの中、妙齢と思しき女性が一人カウンターの中に座っていた。



 ◆

 

 

「こんにちは、こちらで換金ができると聞いてやってきたのですが」


 紅葉さんが話しかけるのを聞きながら軽く室内を見渡す。

 意外なことに、外とは違ってこの中は綺麗に保たれているようだった。


 部屋の中は薄暗く、しかし清潔な雰囲気がある。

 ただ、階段の上で感じたあの香の匂いだけは強くなっているようだった。

 

「……あら、これはこれは。お待ちしておりましたよ。半月前に人里に降りて来たと聞いてましたのに、なかなか来られないので不思議に思っておりました」

「ごめんなさい、色々ありまして」


 ……?


 二人の会話に少し疑問を覚える。

 この二人はもしかして知り合いなのだろうか?


「あなたのために待っておりましたのに。半月も待ちぼうけです」

「そうなのですか? ……それならこんなところに呼び出さず、最初から換金してくれればよかったではないですか」

「……そういう訳にもいかないのが、宮仕えの辛いところですね」


 聞いている限り、やはりそのようだ。

 知り合いどころか、それよりももっと仲がよさそうに聞こえる。

 

「……ところで、そちらのお兄さんは?」

「今、私がお世話になっている方です」

「……ほう、それはそれは」


 女性の目がこちらに向けられた。

 ……じっと、こちらを見つめられているのを感じる。少し居心地が悪い。


「……分かりました。では、紅葉さんはこちらへ。お兄さんはそちらのソファでお待ちください」

「あら、一緒ではダメなのですか?」

「一般の方が聞くべきではない話もありますので」


 あなたも分かっているでしょう? と女性が紅葉さんに言う。

 紅葉さんは一瞬ためらい――しかし頷いた。


「その、ここならまず身の危険はありません。申し訳ないのですけれど、あなたはここで待っていてもらえますか?」

「……それはいいけど」

 

 まあ、妖怪が――とかそんな話についていける気もしない。

 大丈夫だと言うのならここで待たせてもらおう。……ちょっと不安だけど。


「では、行ってきます」

「はい」


 紅葉さんが奥へと消えて行き、僕は一人で残される。

 さて、どうしようかと首をひねらせ――。


「――ではお兄さんはこちらへ。しばしの間、私がお相手させて頂きますわ」


 さっきの女性が戻って来た。


「……あれ、紅葉さんはいいんですか?」

「ええ、換金なんて誰にでも出来ますもの。奥の部下に任せます」


 ……さっきの聞かれたくない話というのは何だったんだろうか。


「それよりもあなたです。紅葉さんのお世話をしているとか?」

「いや、まあ、どちらかと言うと逆だと思うのですが」


 僕が紅葉さんの世話をしたのなんて昨日今日とスマホの時くらいだろう。

 それ以外は僕が一方的にお世話になっていると言って良い。


「なるほどなるほど、ではその辺りのお話を伺いたいのですが。ああ、そちらのソファにお掛け下さい。立ったままも辛いでしょうから」

「は、はあ、ではお言葉に甘えて」


 言われたように座ると、すぐ隣に女性が腰を下ろす。

 ……というか、考えてみたら、これからこの女性と一対一で会話するのか。


 ……なんだか緊張してきた。コミュ障の性が騒ぎ出す。

 全身から汗が噴き出る感覚。手の平がじっとりとしてきた。


「そう緊張なさらずに。別に取って食いは致しません。ただ、そう、いくつかお聞きしたいことがあるだけなのです」

「は、はあ……」


 何なのだろうと、混乱しているうちに質問が始まる。

 内容は特に当り障りのないことばかりだった。


 どこで紅葉さんと会ったのか。一緒に暮らしているのか。特に困った点は無いか。……などなど。言われるがままに答えていいのか疑問はあったので、ある程度濁しながら返事をする。 

  

「では、今は問題なく同居していると?」

「え、ええ、まあ」


 しばらく答えると、これまでの話をまとめるように女性がそう言った。

 

「しかも、家の家事などはあの方が率先して行っている?」

「……そうですね」

「なるほど……」


 女性が指を顎に当てて遠くを見る。

 そして何度か頷いた。


「率直に言って、驚きました」

「……はあ」

「まさか人間とあの方が普通に暮らしているとは」


 村の中でも話は分かる方ですけれど……と小さく呟く。


「まあ、私どもにとっては良いことです」

「……そうなんですか?」

「ええ、あなたは術で洗脳されている訳でもなさそうですし」


 ……洗脳って。

 随分怖いことを言う。

 

「こうしてお話しさせてもらったのも、あなたが操られていないか確認するためでもあったのですよ」

「……」


 ……なるほど。なんとなく理解する。

 

 もしかしたら、この人は以前紅葉さんが言っていた退魔師の人なのかもしれない。妖術を使って悪さをすると退魔師が来る……みたいなことを以前紅葉さんが言っていた。


 あと、さっきは宮仕えと言っていたし。たしか紅葉さんも退魔師はお国に仕えている――とか言っていたと思う。

 国に仕える退魔師とか完全に漫画の世界なので印象に残っていた。


「それも、あの化け猫紅葉ですからね……」

「え?」

「……いえ、失言でした」


 気になることを呟いて、女性は話を打ち切った。

 『あの』って……紅葉さん実は有名なんだろうか。



 ◆



 しばらくして、紅葉さんが帰ってくる。

 その表情は明るく、問題なく取引が出来たのだろうと思われた。


「では、帰りましょうか」

「うん」


 紅葉さんに促されて立ち上がる。

 そして、その後を追おうとし――。


「――ああ、そうです。一つ注意点がございます」


 退魔師の女性が口を開いた。

 ……注意点?

 

「……何です?」


 紅葉さんが不思議そうに問い返す。

 女性はそんな紅葉さんを見て、にこやかに笑った。


「薬を買うとのことですが、あまり一カ所で買い占められては困ります」

「……それは、何故です?」


 ……まあ、薬が無くなると困る人が出るから、とかだろうか。


「いえ、最近は買占めや転売に対する世間の目も厳しくなっていますので。ネットに晒されたりしたら大変でしょう?」

「……??」


 ……そっちか。

 まあ、確かにそうだ。紅葉さんは必要だから買っているのであって、転売ではないけれど。 


「……??」

「紅葉さん、あとで教えるから」


 首を傾げる紅葉さんを促す。

 初めて会った退魔師はその名と違って、結構現実的だった。

 

  

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