猫と電車の話
翌日、今度こそ小判を売りに行こうと家を出る。
今日はさすがに紅葉さんも一人で行こうとはせず、二人で並んで玄関をくぐった。
「今日はあなたからはぐれないようにしないと……」
駅への道を歩きながら、紅葉さんが呟く。
この道中、紅葉さんは僕の傍からあまり離れようとしない。先程からずっといつもより半歩近い場所を歩いていた。
……昨日のことがすっかりトラウマになったのかもしれない。
「もしはぐれても、電話してくれたらすぐに行くから」
「はい、その時はその場から動かず、あなたが来るまで待っているんでしたね?」
そうそう、と頷く。
子供の迷子対策みたいだけど、しかし効果があるから推奨されているわけで。それなら使わない手はないだろう。
紅葉さんも恥ずかしそうにしながら頷いてくれたし。
「しかし、この私がこんな……里の者には絶対見せられません……」
紅葉さんは里で一体どんな立場についているのか。
少し気になったものの、今は流石に聞かないことにした。
◆
駅に着き、改札を潜る。
紅葉さんのスマホにはあらかじめチャージしておいたのであっさりと通過できた。
「兄さん、兄さん、切符は、切符は良いのですか?」
「紅葉さ……紅葉、スマホが切符の代わりになるから大丈夫だよ」
今日は最初から兄妹モードだ。
僕も兄として、オロオロとしている紅葉さんに安心するように伝える。
どうやら昨日は駅員さんに教えてもらいながら切符を買ったらしい。切符が勝手に吸い込まれて酷く驚いたようだ。
「……そういうものなのですか……ついこの間は切符をぱちんとやっていたのに……人の世は移り変わりが激しくて大変です……」
「……まあ、八十年もたてば変わるよね」
雑談をしながら構内を歩く。最寄りの駅は人も多くなく、はぐれる心配もなかった。
◆
「こ、ここは、あの時の……」
「うん、上野だね」
東京都上野駅で降りると、紅葉さんが恐れ慄くように身を震わせる。
ここで乗り違えたから昨日は大変なことになったと分かっているのだろう。落ち着きなく周囲を警戒し始めた。
「いいですか、離れないで下さいね」
「はい」
服の裾を掴む手を感じながら、ゆっくりと駅の中を歩く。
休日の朝だけあって、流石に人の数も多かった。
「どうしてこんなに人がいるのですか……最初の駅は人も少なかったのに……」
「あっちは田舎だからかな……」
地元のことを悪く言うのは辛いけど、それが現実だった。
同じ関東圏とは言っても田舎の方と都心を一緒にすることは出来ない。
「兄さん、こっちで本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
紅葉さんをなだめながら目的のホームへと辿り着く。
そして少し待つとすぐに目的の電車が来た。東京の電車は本数も多い。この路線などは休日でも五分に一本は必ず来るくらいだ。
「ああ、そうです、あの時もそうでした……乗り場について、まだ時間はあるだろうと売店で買い物をして――その途中で電車が来たのです。そんなに早くに来るなんて思ってなくて、慌てて乗り込んで……」
間違えたのにも理由があったらしい。
確かに買い物中に電車が来ると焦るかもしれない。
「乗ろうか」
紅葉さんを促して、電車に乗り込む。
「ほ、本当にこちらでいいのですか? 昨日と同じことになっていませんか?」
「大丈夫、ほら、電車が緑でしょ? 昨日紅葉が乗ったのは青い電車だから」
きょろきょろとしている紅葉さんを宥める。
その様子を近くの老夫婦が微笑ましげに見ていた。
◆
問題なく東京都新宿駅に着き、目的の路線へと歩く。
電車の旅もあともう少し、後は一つ乗り換えれば目的の場所に着くはずだ。
「……あの」
「なに?」
「さっきから同じところを通ってませんか?」
紅葉さんの言葉に周囲を確認する。
通路上部に付いている案内表示を見る限りは……うん、大丈夫みたいだ。
「似てるけど違うところだよ」
新宿駅がダンジョン扱いされる一番の理由は通路が入り組んでいる上に、どこの通路も似たような作りに見えることだと思う。
いや、もしかしたら毎日使う人から見たら違うのかもしれないけど、僕みたいにあまり使わない人間からすれば同じにしか見えない。
……というか、そもそも人が多すぎて通路の壁が見えにくいのだから、なおさら分かり難いんじゃないだろうか。
「そうなのですか……」
「うん」
「私、ようやく分かりました」
「なにが?」
「理解しようとするのが間違いだと。大人しく兄さんについていくべきなのですね……」
紅葉さんはついに諦めたようだった。
◆
そしてついに目的の駅に着く。
その頃になると、紅葉さんは逆に元気を取り戻していた。
「よくよく見ると色んな店が並んでいるのですね」
興味深そうに周囲を見る。
ここまで通って来た駅の方が色々あったはずだけど、きっと余裕がなかったんだろう。
「帰りにちょっと見てみる?」
「それはいいですね」
ここまでが嘘のように紅葉さんの顔は朗らかだ。
……ただ、きつく握りしめられた僕の服の裾を除いては。
「この駅からは……どうやって行くんだったっけ」
「地図はこれです」
地図を受け取り、確認する。
目的地はもうすぐそこだった。




