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閑話 猫と外出の話


「ところで、何を食べたい?」


 道すがら、紅葉さんに質問する。

 目的地は駅前の商業ビルで、都会では無いけれど、そこそこ大きなところだ。


 とんかつ屋とか寿司屋とか和食の料理店とか……後はビルの足元に居酒屋なんてのもいくつか並んでいる。まあ、こちらは紅葉さんを連れては入れないけど。


「そうですね……魚でしょうか」


 ……魚かあ。

 紅葉さんの返事はとても簡単で、だからこそ逆に難しい。


「魚にも色々あるけど……」

「では、あなたがよく行くところがいいです」


 食べてみて、作れそうなら今度作りますね、と紅葉さんが笑う。

 ……その気持ちはとても嬉しい。


「じゃあ、僕が行きつけてた定食屋でいい?」

「はい、ではそこで」


 ニコニコと笑っている紅葉さんを見ていると、とても照れくさい。

 誤魔化すように前を向いて頭を掻いた。


 ……少し、無言の時間が流れる。


「……そういえば、紅葉さん肉は食べられないんだよね」


 なんとなく話題を探し、ふと思いつく。

 思い返してみれば、これについては聞いていなかった。


 実際、この二週間では一度も肉は出てないし、今日も紅葉さんは魚をご所望なわけで。


「いえ、食べられないわけではないのですが……」

「そうなの?」

「ええ、ただ食べたら吐きそうになるだけです」


 ……それを、食べられないと言うのではないだろうか。


「食べたくないだけで、食べたら毒という訳ではありませんので」

「……あー、なるほど」

「はい、飢え死にするくらいなら食べますよ」


 そういう基準なのか。

 

 しかし、よく考えてみるとそんなものなのかもしれない。捨てるほど食べ物がある現代と、食べる物のない昔とでは当然のように価値観も違うのだろう。


「……」


 というか、少し疑問に思う。

 化け猫が肉嫌いって、ちょっと違和感があるというか。


 例えば普通の猫がネズミを捕まえたりするのは一般的にあることだし。

 化け猫と言えば長く生きた猫が変わるものだろうし、猫時代にはそういうものを食べたりはしなかったのかな、と。


「……いま、おかしなことを考えませんでしたか?」

「え」

「どうせ昔はネズミやらセミやらを食べてたんだろう、みたいなことを」

「……いや、その」


 紅葉さんに見つめられて目を逸らす。

 ……いや、セミまでは考えてなかったというか。


「一つ言っておきますが、私はそんなもの食べたことはありません。私は最初から化け猫として生まれましたので」


 そもそも、化け猫には二種類があるのだと紅葉さんは言う。

 一般的に知られているような、普通の猫が長い年月の果てに変わるものと、生まれた時から化け猫だった場合との二つに。


「初めは猫だった者はそれはもう色々食べて育ちますが、私のような化け猫は違います。最初から妖怪として――知恵あるものとして生まれるのです」

「なるほど」

「なので、食べるものは選んで生きて来たわけですね。……分かりましたか?」

「はい」


 ちょっと怖い目で念押しされるので素直に頷く。

 紅葉さんはネズミやセミは食べたことがない。そう胸に刻む。


「……そもそも、少し前までは人も獣肉を食べることはあまり無かったではないですか」

「……あー言われてみれば」


 ……そういえば、聞いたことがあるかもしれない。

 日本での肉食文化は明治期に西洋から入って来たものだ、と。それまでは一般の庶民が口にするのは米や野菜が主で後は魚や貝を食べるくらいだったとか……。


 ……明治が少し前かどうかは議論の余地があるとして。


「江戸時代はあまり肉を食べなかったんだっけ」

「ええ……とは言っても、山間の農村などではシカやイノシシを食べることはありましたが……しかしこれがまた美味しくなくて……」


 とにかく獣臭いのです、と紅葉さんが顔を歪める。

 特に時間の経ったものは酷すぎて近づくのも嫌らしい。


「でも今の肉はそんなことないと思うよ?」

「……里でも人から買ってきて食べている者がいましたから、それは知っているのですが……私はどうにも」


 そういうものなのか。

 ……もしかしたらトラウマになっているのかもしれない。


「以前、里長が食べず嫌いだ、と有難迷惑にもこっそり宴会の料理に混ぜ込んだことがありまして……その時は吐いてしまいました」

「うわあ……」

「まあ、里長は後で吊るしたのでもういいのですが」


 妖怪にも色々あるらしい。

 というか、思ったよりも妖怪の里が和気藹々としているようで少し驚く。


 なにせ宴会だ。もしかしたら昔の漫画で見たようなモノが見られるのかもしれない。

 多種多様な姿の妖怪が車座に座って騒いでいる――そんな光景が。

 

「ああ、もちろん、あなたが食べることを咎めたりはしませんので」

「うん、ありがとう」


 その配慮は素直に嬉しい。


 今はいいけど、僕もそのうち食べたくなる日がきっと来る。

 その時は昼に一人で食べることにしよう。そう思った。

 


 ◆



「おや、紅葉ちゃん」

「あ、女将さん」


 しばらく歩き、駅前の商店街に着いた頃。

 横から声をかけられて、紅葉さんが返事をする。……見ると、そこは八百屋があって、中のおばさんがこちらを笑顔で見ていた。


「今日はお出かけかい?」

「はい、兄さんと一緒に」


 ……兄さん?

 一瞬混乱し――思い出す。そういえば言っていた。

 確か、近所では妹で通ってるとかなんとか。


「あら、良いわねぇ。そちらのお兄ちゃんが紅葉ちゃんの?」

「……あ、はい。えっと、もみ……妹がいつもお世話になっています」


 突然こっちに矛先が向いて、慌てながら返答する。

 ……不自然が無いように、返せただろうか?


「出来た妹さんよねぇ……羨ましいわぁ」

「はは……自慢の妹です」


 紅葉さんを妹と呼ぶことに違和感を感じつつも、会話を重ねていく。

 

「……紅葉ちゃんったら――」

「……はは」


 ……しかし、話が長くなると少し不安になってくる。どこかでボロを出したりしないだろうか、と。僕はコミュニケーション能力に全く自信が無い。

 ――ちらりと紅葉さんを見ると、ニコニコとしながらこちらを見ていた。

 

「――女将さん。ごめんなさい、これからご飯なので」

「あら、そう? 長々とごめんなさいねぇ? 年取ると話が長くなっちゃって」

「いえいえ、そんなことは」


 紅葉さんが割って入ってくれて、その場を離れる。

 ……ちょっと、いやかなり疲れた。


「付き合ってくれてありがとうございます」


 兄妹のフリをしてくれて助かりました、と紅葉さんが言う。

 ……しかし、本当に妹という設定になってるのか。


 聞いてはいたけど、紅葉さんも卒がないと言うか……。

 常識はあまり知らないのに、問題なく近所に溶け込めている辺り凄いと思う。


「慣れていますから」


 そう、感想を言うと紅葉さんは事も無げにそう言った。

 

「慣れてる?」

「ええ、ある程度経験を積んだ妖怪なら皆そうです。……溶け込めなければ、排斥される。人間は昔から異物に厳しい生き物ですからね」


 ……それは。

 確かに、そうなのかもしれない。人が異物に厳しいのは、人間である僕もよく知っていた。何故って、僕も排斥される側だからだ。

 

「そうしなければ、今のこの世の中では妖怪は生きていけませんから」

「……」


 紅葉さんが寂しそうな顔をする。

 その表情が、どこか印象的だった。

 

 

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