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《五》Rust Monster

 遠くで声が聞こえる。


 静かで、しかし胸の深部まで入り込むような声。



「止まれ」

 もう動けねぇよ。見りゃ分かるだろうが。


「止まれと言っている」

 だからもう動けないって言ってるだろ。全身殴られ過ぎて、身体が俺のものじゃないみたいだよ。


「自分が何をしたか分かっているな」

 

 油断して一撃もらった挙げ句、身体がビビっちまってやられ放題だ。笑えよ。


「申し開きの必要はない。ケジメをつけろ」


 ケジメ?これ以上何をしろってんだ。


 そこまで考え、フランコは自身への攻撃が止んでいることに気が付いた。身体を纏うように鋭い痛みと鈍い痛みが全身を巡る。

 前を見ようとするが視界が悪い。

 腫れた瞼で遮られた視界に、額の傷を源泉とする血の小川が絶え間なく流れ込む。

 

 はっ、この顔なら捕まる心配は無さそうだ。

 そう自嘲しながら右手の袖で血を拭う。


 磨り硝子状の景色の中で、徐々にピントが合ってくる。


 先程、自分を袋叩きにした男が少し先でうずくまっている。その脇には、彼のものと思われる腕らしき物体が転がっている。


 男の前には大男が立っていた。

 地に臥せる男との対比で、フランコにはまるで巨人のように見えた。

 黒いロングのレザーコートに黒のズボン、黒の革靴。革手袋まで黒ときている。

 黒い短髪に、黒のサングラス。顔のパーツは額から鼻、顎に至るまで高く角張っている。右のこめかみから顔全体を斜めに切り裂くような裂傷の痕が目を引く。


 そこまでボンヤリと観察して、頭を殴られたような衝撃がフランコを襲った。


 俺は奴を知っている。


 反射的に立ち上がる。

 と、思った瞬間、膝が折れる。

 上半身へのダメージで忘れかけていた太股の激痛が蘇る。


 ダメだ、倒れる。


 ふと、身体の落下が止まる。左の腕の下に何かが引っかかったようだ。顔を動かす気力は無く、眼球だけ動かし見下ろす。


 赤い髪の毛が見える。

 

 

「馬鹿野郎、観客が降りてきたら台無しじゃねぇか」


 息を吐くのに合わせて声を絞り出す。

 背中に細い腕が回り、踏ん張る足の負担が軽くなる。


「すまない、フランコ。本当にすまない」


 声が震えている。顔は見えないが、腕に伝わる緊張から見て歯を食いしばっているらしい。


「お前が謝ることじゃない。俺がトチっただけさ」


 本心だった。全て自分の未熟が招いたことだ。闘技場ルールでは背後からの不意打ちは許容されている。飛び道具は禁じられているが、飛んできたのが刃物でなかっただけマシだと思った。眼前の敵の状況を確認せずに背を向けるなど、言語道断。心臓を破壊されていたかもしれないことを思えば何ということはない。

 挙げ句、言葉の矢で感情を撃ち抜かれ骨抜きにされるなんざ愚かの極みである。身体の焼き付くような痛みに、仄かな幸福感を覚えるほどであった。

 

 ジャックはもはや何も言わなかった。ただ、自分の奥歯を砕かんばかりの勢いで噛み締めているのは分かった。


 視線を正面に戻す。

 大男は相変わらず足下の男に顔を向けていた。


 静かに息を吸う。なるべくゆっくりと動かしたつもりだったが、それでも胸郭がギシギシと痛む。


「お前」


 そこまで言って一度唾を飲み込む。口腔に鉄の味と臭いが広がる。大男は微動だにしない。


「『ラスト』か」


 サングラスをかけた鬼面がゆっくりとフランコを向く。視線は見えないにも関わらず凄まじい迫力がフランコに襲いかかる。

 

 変わっていない。


 顔の皮膚がひりつく感覚と抑え切れぬ懐かしさに口元が歪に歪む。



 急峻な断崖に出来た裂け目のような口の端が、僅かに上がる。


 「久しぶりだな、フランコ」


 大地の唸りのような低い声で大男は応えた。


足下には相変わらず一本の腕が転がっていた。



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