《一》この道の先には
様々な表情の入り交じる声と、鉄の軋む音が、秋晴れの街に響きわたる。
煉瓦作りの家々の間を冷たく軽やかな風が吹き抜け、物干しロープに通されたシャツが笑うようにはためく。
人の波が互いにぶつかっては離れ、逆らい、寄り添っては流れていく。
大通りの雑踏の中、人と人の間を割るようにして急ぐ男が、一人。深緑色のジャケット、紺色のパンツに、茶色い革靴という外向きの出で立ちであるが、膝裏や背中には深い皺が刻まれている。細い顎には剃り後が目立ち、無造作に伸びた黒髪には白い毛が散見される。切れ長な目元には張りが無く、焦点を合わせないままただ正面を向いている。
「フランコー!ちょっと待ってくれ!」
背後の雑踏から声があがる。
男は顔色一つ変えず歩き続ける。
「フランコ!!」
声が一向に止まず、また、声の主が一向に追いついてこないかとが分かると、男はやむなく足を止めた。彼のすぐ後ろを歩いていた婦人二人組が不快感を露わにして両脇を通り抜ける。
しばしの間の後、人の流れから赤い髪の少年が吐き出された。
「全く、少しくらい待ってくれたって良いじゃないか」
少年は膝に手を押き、息を整えながら男の背中に苦情をぶつけた。緑色のズボンに汗が滴り、黒い染みを作る。前を開けたベージュ色のシャツも白い肌着も、人混みに揉まれて雑巾のようによれていた。
フランコは少年の方へ振り返ると、ひどく呆れかえった調子で応えた。
「ジャック、仕事中に寄り道するなってもう何度も言ってるよな?確か昨日の夕方にも同じ話をしたはずだ。それを、まさか、もう忘れたっていうのか?」
「ごめんごめん、面白そうな露天があったものだからつい…」
自分の言葉で思い出したのか、ジャックは弁解もそこそこに麻の肩掛け鞄から青い片刃のナイフを取り出した。
「そうだそうだ、これを見てくれ。アガートで出来た短剣だよ。店主の話によると大戦前に作られたものだってさ。凄い年代物だろ?」
木目が目立つ木製ハンドルから、アガート鉱石特有の地層のような文様が浮かんだ刃が伸びた小型のナイフだった。
「ほぅ、良い品だな。で、それは何の役に立つんだ?」
「そうだなぁ、部屋の印象がぐっと華やぐかな。ほら、俺の部屋何にも無いじゃない。」
フランコは天を仰ぎ、長く細く息を吐いた。ゆっくりと視線を前に戻すと、細かく言葉を区切りながら言った。
「お前の金をどう使おうが勝手だ。骨董品に一週間分の食費をつぎ込むのも大変結構。無駄遣いは世のため人のため、だ。だが、時間を考えろ。依頼先へ向かう道中はもう勤務時間内だ。やるべきことをやれ、なすべきことをなせ」
「以後気をつけます、隊長。して、そのお仕事の内容は何でありますか?」
敬礼したジャックが声高に尋ねる。
フランコはもう吐くため息もないといった様子で仕事の概要を告げた。
「場所はアルガンティア皇国第三都市アーガンベルグ第19区画のC21、レナード・ビークイン男爵邸だ。依頼内容はパーティ中の警備。男爵夫人の誕生日ということで、国内の要人が多数参加するそうだ」
「わざわざ隣のベルウッド共和国にまで募集依頼をかけるとは、北の方の戦争が長引いている影響でしょうか?如何でしょう、隊長閣下」
「さあな。これは俺の個人的なツテで回してもらったものだから、国内の事情との関係は分からん。時間が無い、もう行くぞ」
フランコは痺れを切らし、背を向けると再び大股で歩き出した。ジャックはナイフを鞄外側のポケットにしまうと、その後を小走りで追う。
「前もそうだったけど、そのツテとやらは何なんだい?代金は前金でくれるし、額は労働調整局の臨時募集案件の軽く三倍は保証してくれる。内容も楽なものばかり…少なくとも逃げ出した猫を捕まえてくれとか、ヘドロまみれの川底に沈んだ鍵を探してくれなんて依頼はない。おまけに市民タグの提出も必要ないなんて…」
「昔の縁でちょっとな…お前は知らんで良い」
「またそれかい、いい加減教えてくれよ」
フランコの斜め後ろについて歩きながら、ジャックが不満を口にする。
二人は週に一度の露店市でごった返す大通りを避けるため、小規模の工場が建ち並ぶ小路へと入っていった。
成人男性の胴回り程の径のパイプと、それに沿うように取り回された一回り細いパイプが道の両脇の石塀を縦横無尽に這い回る。結合部から漏れ出る蒸気と、路面の油溜まりから発する臭気が人を遠ざけ、暗闇を好む小型の生物ばかりがそこかしこに蠢いている。
二人は押し黙り、俯きがちに入り組んだ路地を足早に歩く。それは、薄汚れた小道を歩くときに最低限心得るべき所作だった。頭上から得体の知れない液体が眼球に滴り落ちることも、開けた口の中に大型の羽虫が飛び込んでくることも、この辺りではままあることであったからだ。
小一時間程建物の間を歩き続けると、再び日の当たる通りへと出た。目の前に長大な鉄製の柵が広がる。ベルウッド共和国とアンダルシア皇国の境界である。柵の向こう側には、国内のそれよりも小綺麗に見える背の高い官舎が並んでいる。
「しかし、節約のためとは言え徒歩で国境越えるかねぇ…」
柵沿いに西へと歩みを変えながら、ジャックが疲労を露わにする。
「縦断鉄道も巡回車も乗車には市民タグが必要なのは知ってるだろ。現地集合でも構わないなら俺は今からでも巡回車を捕まえてくるが?」
「悪かったよ…だけど市民タグが無くて国境を越えられるのかい?いくら友好協定が結ばれてるとは言え、越境時には国境監視官に提示が求められるだろう?」
「先方がスチームカーでこちら側の国境管理所前まで迎えにきてくれる手筈になっている。車に乗っちまえば監視官にとやかく言われる心配もないさ。」
「きみ、ちょっと良いかな」
フランコの肩に手が置かれた。全身を一筋の緊張が駆け抜ける。顔の向きを変えずに隣を見やると、ジャックはうんざりしたような笑顔を浮かべ正面を見据えていた。
小汚い男二人組に声をかけてくる手合いは大方決まっていた。形振り構わぬ露天市の店主か、前後不覚の酔っ払いか、あるいは巡視官か。声色から前二者では無いことは明白だった。
フランコは小さく息を吐き出すと、薄っぺらな微笑を貼り付け声の方へ振り返った。そこにはジャックと同じくらいの身長ー横幅は二倍程ありそうではあるがーの男がにこやかに立っていた。
「はいはい、なんのご用でしょうか」
口角を維持したまま男の全身に視線を走らせる。
肉体に内側から押され、酷く張りつめている黒いジャケットとズボン。くすんだ赤色の襟元と袖口。茶色の癖毛で覆われた頭に、ちょこんと置かれた赤いラインの入った黒のヘルメット。左の上腕には白地に黄色の字で「警邏中」の文字が書かれた腕章。
人の良さそうな髭面と弛んだ身体を除けば、極々一般的な巡視官の佇まいであった。
「いやね、あなたたちがー正確にはそちらの少年が、所内で通達のあった「尋ね人」の人相に似ていたものだから、念のため話だけ聞かせてもらおうと思ってね、申し訳ないけど」
「あぁ、そうだったんですか。お仕事ご苦労様です」
「いやいや。それにしても最近は物騒だよねぇ。デモは過激化するわ、不法入国者は増えるわで大忙しだよ。ま、いくら忙しくてもお給料は増えないんだけどね」
髭で囲まれた口を開け乾いた声で笑う。フランコも合わせるように口角を上げる。
「それはそうとあなたたちはどういったご関係で?そちらの彼は珍しい髪色をしているけど」
フランコの髪色は深い黒、瞳の色はモカブラウンであるのに対して、ジャックの髪色は燃えるような赤、瞳の色は青。フランコのような暗色の髪と瞳の色が多いこの国では、ジャックの見た目はかなり異質であった。
「こいつは私の甥なんですよ。叔母ーこいつの母が北方の血を引いていたもんでね、こんな変わった髪色と目の色をしているんですよ。ただ、叔父がこの前の戦争で亡くなってしまってね、叔母はそのせいもあってかちょっと精神的に不安定になって施設に入ることになって…行く当ての無かったこいつを、それならということで引き取ったんですよ」
「なんと…それは大変だったでしょうなぁ」
巡視官は同情するような表情をジャックに向けた。少なくとも、フランコには心からの憐れみをジャックに示しているように見えた。
「そんな話を聞いた手前、本当に心苦しいのだけれど、こちらも仕事なんで、念のため市民タグを見せてもらえないかと思ってね」
「えぇ、えぇ、勿論ですとも」
微笑を貼り付けたまま、ジャケットの内ポケットから赤茶色の薄い金属板を取り出す。
巡視官はそれを恭しく受け取ると、目を細め板に細かく穿たれた文字を読み上げ始めた。
「えぇと、フランコ・P・リーガンさん、年齢は36、パインショアタウン、サウスヒル通りの30番地、モーリス・カルダバイトさん方…ちょっと失礼」
腰に着けたポーチから、小型の金属機器が取り出される。二本の角柱を並べて接着したような本体に、緑と赤の蛍光ランプが取り付けられている。巡視官が市民タグの右上にある切り欠き部分を角柱の隙間に滑らせると、ガチンと鈍い音が鳴り緑のランプが点灯した。
「はい、ありがとう。では、次はそちらの少年のタグも見せてもらってもいいかな」
「あぁ、コイツのタグは私が預かってましてね、なんせこいつ二回もそこらに落としましてね、幸い良い人が拾ってくれたんで戻ってきたんですが、こりゃいかんと思いまして」
「分かりますよ、中途半端な大きさでツルツル滑るもんですからね、うちの所にも毎日5枚は行方不明のタグが届けられますよ」
巡視官は世間話を楽しむように親しみ深い笑顔を浮かべた。
この表情が本心からのものか、あるいは職業柄身についた仮面であるのかフランコには判断しかねた。ただ、一人きりで声をかけてきたという点をもって、この巡視官に対し強い警戒を抱いていた。
通常、巡視官は3人程のチームで動き、チーム同士は定時連絡により場所を把握しあっている。多対一になるよう用心することは、最重視されるべき彼らの倫理であった。それが、この巡視官は人通りも多くない路上で、たった一人で声をかけてきた。不自然極まりない行動である。
巡視官は馬鹿ではない。既に近隣を巡回している別のグループに応援を要請しているに違いないとフランコは践んでいた。
「コイツのタグですが、ちょっと探しますね、えぇと、どこやったっけかなぁ」
内ポケットや尻のポケットに手をいれタグを探るふりをする。巡視官は変わらず暢気な表情でこちらを見ている。
やるしかないか。
意を決して両手をジャケットの外ポケットに突っ込み、内側の生地を握る。
「あぁっと、これかな…よっ、と」
ジャケットのポケットから手を思い切り引き抜く。その反動で、古い切符やチョコレートの包み紙やコインがポケットから飛び出し、路上に散乱する。コインの何枚かは巡視官の足下に転がっていき、小さい円を描いて倒れた。
「おっと、これは大変だ」
巡視官がコインを拾うためにその場に屈む。
フランコはその隙を逃さなかった。自身も路上に散乱したものを拾うことを装い、前屈みになりながら開襟シャツのボタンを一つ開ける。胸の中心部に埋め込まれた円盤状の金属が襟元から覗く。円盤の外周部を金庫のダイヤルの様に回転させると、カチリと何かが噛み合う音がなり、中心部に小さな孔が口を開く。
「いやぁ、やってしまったぁ、申し訳ない」
元が何だったのか分からない汚れた布切れを左手で拾いながら、右手でベルトの内側を探る。錆びて全体が赤茶けた真鍮製の鍵を取り出し、そのままの動きで胸の金属ーコアーの孔に差し込む。
一度、周囲を確認する。
ジャックはとっくに準備は完了したといった具合で、組み合わせた両手を天へと伸ばしている。巡視官はまだ散らばったコインを拾うのに没頭しており、視線は路面を向いたままだ。
軽く息を吐き出し、胸に差し込んだ鍵を1/4回転ほど回す。
瞬間、体の芯を叩くような衝撃が走り、わずかの間を置いて凄まじい肉体的変化がフランコを襲う。血圧の上昇、筋肉の肥大、皮膚の硬質化、神経伝達速度の増大。彼の生物的な部分の変化に同調し、機械的な部分ー鋼製筋骨と呼ばれるーも活動を始める。肩甲骨の間に埋め込まれた燃焼機で生じた動力が、身体中に張り巡らされた歯車やチェーン、ピストンを稼働させる。軽快な打刻音と耳に刺さる金属音が響く。灰色の排気ガスがゆっくりと辺りに揺蕩う。
目の前の男が異音を発し始めたことに気づき、巡視官が顔を上げる。
「どうしたんだね?コアが動いているようだが…」
フランコはこの巡視官を哀れんだ。巡視官という職業は、人を疑い、欺き、虐げることが美徳たりえる職業だ。この男のように善良であり続けることは、たゆまぬ努力か、あるいは天性の素質が必要であった。良識ある人間を裏切るのは、やはり、心苦しい。
「どうやらタグの携帯を忘れてしまったようなので、家まで取りに帰りたいと思います」
フランコは気をつけの姿勢をとり少し演技めいた口調で告げた。
「いやいや、そこまでしなくても良いのだよ。ただ、すまないが、所まで同行してもらえるとありがたい。所の登録機に照会すればすぐだからね」
「いえ、そういうわけには。巡視官殿にご迷惑をおかけするわけにはいきません。」
「いやいや、迷惑なんてことは」
「タグを見つけ次第出頭いたします。では後ほど」
フランコは中空を見つめ敬礼をした。
巡視官は困ったようにフランコを見つめる。
視線を落とし、目が合う。どちらともなく口元に笑みがこぼれる。
刹那、フランコは重心を後方に傾け、倒れ込むように右足に力を込め、地を蹴った。石畳の路面を体が跳ねる。
勢いそのままに、国境管理所方面へと走り始める。後方を確認してはいないが、巡視官は呆然としたままこちらを眺めているだろう。
脇に視線をずらす。ジャックがやや遅れて斜め後ろを追ってきているのが視界の隅に入る。
鳥の悲鳴のような甲高い音が響きわたる。
警笛だ。やっこさんめ、思ったより切り替えが早いじゃないか。
感心しながら視線を前に戻す。前方の路地から黒い制服の男が3人現れ、行く手を遮る。後方から聞こえてくる怒声から察するに、先ほど話していた場所のすぐ脇の路地にも何人か巡視官が待機していたようだ。
フランコは正面の巡視官達の方向へ倒れ込むように姿勢を落とし、膝下に力を込めた。下腿部の鋼製筋骨が歪み、ギチギチと不愉快な音をたてる。
今一度強く地面を蹴り抜き、巡視官達の間を稲妻の如くすり抜ける。
余韻で少し距離をとり、体勢を整え後方を振り返る。
自身の右脇を抜けられた骨ばった顔の巡視官が唖然とした目でフランコの方を振り向き、左脇を抜けられた若い巡視官はジャケットの裾を呆けたように眺めている。
二人が声をかけられた場所は既に遥か後方になっていたが、その少し前方でジャックに巡視官が殺到しているのが見えた。
「何やってんだあいつは」
舌打ちをしつつ、反応が遅れた巡視官たちの脇を再びすり抜ける。走りながらジャックを取り押さえようとしている巡視官二人の動きを具に観察する。重心を見極め、タイミングを図り、勢いそのままに足を払う。巡視官達は一瞬完全に体が浮く形となり、片方は胸から、片方から腰から路面に落下した。
「いやぁフランコ、助かっー」
フランコはジャックが間の抜けた礼を言い終わらぬうちに、シャツの襟元を思い切り掴み上げて言った。
「この落とし前は後できっちりつけてもらうからな」
言い終わるが先か、フランコは管理所方面へ力の限りジャックを放り投げた。腕の鋼製筋骨が負荷に負けて破断する音が響く。
ジャックは三人の巡視官の頭上をすんでのところで飛び越し、猫のように着地するとそのまま走り出した。
それを追うようにフランコも駆け出す。
流石に状況を飲み込んだ巡視官達は、フランコに拳銃を向け警告を発する。フランコは彼らの目前で地を蹴ると、塀を飛び越えるかのようにその直上を通過した。
着地するやいなや後方確認もせずに再び走り出す。背後から怒鳴り声と、少し遅れて乾いた破裂音が聞こえた。
おいおい、本当に撃つ奴があるか。
驚き半分呆れ半分の心持ちで、国境沿いの道を逃げる。
一区画程走ったところでフランコは自身の異変に気が付いた。
おかしい、体の動きが鈍い。鋼製筋骨がまるで機能していないようだ。
スーツの袖を捲り、左手首に取り付けられた計器を確認する。一般的には、血圧や酸素濃度など身体状況を確認できる複数の計器の装着が推奨されていたが、フランコは一種類の計器のみ身につけていた。コアの稼働速度計、通称コアメーターと呼ばれる計器だ。コアメーターの針は、前後に揺れながら全体の丁度半分程の数値を指している。メーターが壊れていなければ正常な値である。
恐らく燃焼器関係の不具合だろう。鋼製筋骨が折れるのはーそれまでの酷使も踏まえてー織り込み済みであったが、動力源である燃焼器の問題がこのタイミングで湧いて出るとは予想していなかった。
息が上がる。腕を振るが、脚が上がってこない。
正常に駆動していない鋼性筋骨は、文字通りただの重石に過ぎない。肉体と鋼製筋骨のバランスの崩壊に伴い、コアから供給される身体的エネルギーも急速に消費されつつあった。
肉体の疲労に比例し、精神もすり減り始める。
そもそも国境管理所まで行ったところでどうするのだ。依頼主のスチームカーに体よく乗り込めれば何とかなるかもしれない。しかし、もしまだ到着していなかったら?
そもそも公権力から追われている自分を先方はどう見る?乗車を拒否される可能性が非常に高いのではないか?
無意識に湧いてくる負の想定をかみ殺し、残った僅かな力を振り絞り走る。
後方から声が近づいてくる。恐らく奴らもコアを稼働したのだろう。そうなれば追いつかれるのは時間の問題だ。
国境管理所はもう目の前まで迫っており、建物に面した大通りに何台かの巡回車が止まっているのが見えた。しかし、依頼主の示したスチームカーは見あたらなかった。
押し寄せる疲労感に足が止まりかける。
身元が割れている現状では、これ以上の抵抗は不利益になると思われた。
官給品のブーツの靴音と男達のがなり声が間近に迫る。
フランコの頭は既に捕縛された後のことを考えはじめていた。
巡視官に対する虚偽の説明、暴行となると軽く3年は打たれるだろうか。参考人逃亡幇助が重なれば5年くらいになるかもしれない。収容所行きは免れないとして、外への連絡が許されるのが最短でも1年後か。それまでアイツは生きていけるだろうか。そもそも当局の追跡から逃げ続けることができるだろうか…。
「フランコ!!」
空気を裂くような声が意識を奪う。
臙脂色のスチームカーが躍り出、開かれた後部ドアからジャックが身を乗り出し叫ぶ。
即座に了解したフランコは、大通りまでの僅かな距離を転がるように走り、ベルベット張りの座席に飛び込んだ。
スチームカーは吸い込まれるように国境の門をくぐり抜け、門前には制服姿の男ばかりが残された。