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自作小説倶楽部 第22冊/2021年上半期(第127-132集)  作者: 自作小説倶楽部
第127集(2021年01月)/「季節もの」気象(地吹雪 霜柱 雪)&「フリー」アイテム(珈琲 種 発砲 かつら)
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04 らてぃあ 著  雪(気象) 『失くした傘』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「かさ」


傘を捜して欲しいんです。


ブランド物ではなく古い、昔の職人が作った重い傘ですよ。布地は黒、裾に紺色の糸でJ.Mとイニシャルが入っています。ええ、同じような傘がどこにでもありますね。母によれば雨の日に父が母にその傘を貸したのが二人のなれそめの始まりで、傘には恋の魔法が掛かっているということです。


もちろん信じていませんよ。そんなおとぎ話。でも、父の形見で母が大切にしていた物です。


それなのに、どうしたことか、先週実家から帰る際に玄関の傘立てにあって、ただの傘だと思って持ち帰ってしまったんです。今朝になって母から電話があって傘のことを聞かれてやっと、気が付きました。自分の論文の執筆と学生の答案の採点の仕事が重なって、寝不足で忙しかったせいかもしれません。


失礼、傘は紛失したというより「返さなくていい」と言って女の子に渡してしまったんです。いいえ、飛んでもない。大体、傘を貸した女の子は12、3歳の子供です。3日前の寒い日に公園の四阿で泣いていたから心配になって声を掛けました。大人として当然の行動です。女の子は家族と喧嘩して家を飛び出して来たと話しました。もともと素直な娘なんでしょう。いきさつを話し終わって、私のアドバイスを聞くと家に帰ると言いました。気が付くと、ちらついていた雪が激しくなっていて空を白く染めていました。濡れて帰れば間違いなく風邪をひくと思って自分の持っていた傘を渡してしまいました。


僕の恋愛? それが今回の件に何の関係があるというんです? 下心なんてありませんよ。ほかに好きな女性がいます。片思いですけどね。告白の予定はありません。自分がそういう駆け引きに不向きで奥手なことは分かっています。でも、僕は大学の講師で彼女は教え子、しかも苦学生です。アルバイトをいくつも掛け持ちしながら単位を落とさないように必死で勉強しているんです。僕が言い寄れば彼女は断りづらい立場にあります。断ったとして、関係は気まずくなるでしょう。


え? 傘を渡した女の子の瞳と髪の色ですか? 綺麗な色だったと思います。そう、彼女と同じ…。


◆◆◆


長年、探偵業をやっていると、いろいろな失せもの探しを頼まれる。犬猫なんてよくある例だ。鬘を探してほしいと依頼されたこともある。しかし今回はさらに変わっていた。


ただの悪戯でないことは分かっていた。俺もよく行くコーヒーショップで見かける青年で難しそうな本を読んでいるか、ノートに何か書いている。彼ならしがない探偵をからかう暇があれば数式のひとつも解いているだろう。


俺自身『もの』を見ていないから念のためと言って、確かめさせたら、果たして苦学生の美人は妹が持ち帰った傘を手に困っていた。M氏から丁寧なお礼の手紙が来て、そのことを知った。その後、M氏は彼女と教師と教え子という間柄から、家族ぐるみで付き合う友人に昇格したらしい。


件の傘は速やかにM氏の実家に送り返されてしまったから、それに本物の魔法がかかっているのか見極める機会を失ったままだ。


                    了

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