03 紅之蘭 雪(気象) 『ガリア戦記 19』
【あらすじ】
共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端の属州総督となったカエサルは、実力者のポンペイオスやクラッススと組んで三頭政治を開始し、元老院派に対抗する一方で、不安定なガリアの鎮静化のため、行動を起こした。
挿図/ⓒ 奄美剣星 「ガリア騎兵」
第19話 雪(気象)
『ガリア戦記』3年目は紀元前56年になる。
ガリア人たちは、金細工に秀でてはいたが、石造物で墓やモニュメントをこしらえても、ローマ人のように、都市を築けるほどの技術はない。高地や中洲といった防御に適した場所に集落を築き、周囲を柵で囲む。王族たちの居館も、せいぜい大きめの掘立小屋というところだった。そんなガリア人たちの一部族アルウェルニ族の居館だ。一門出自で養育係のイミリケが、王子ウェルの部屋を訪れると、王子は地図を眺めていた。
「ウェル、どんなことを考えているの?」
「今のローマ冬営地は、北部ガリアにあり、カエサルが総督をしている南仏属州からの補給線は長く伸びきっている。だから、ローマに反旗を翻しそうな部族を捜している」
王子は赤毛でほっそりとしていた。背丈は少し前に金髪のイミリケを抜いたばかりだ。イミリケも腕組みをしてしばらく考え、しばらくして、ブルターニュ半島を指さした。
「焚きつけるんだったら、ヴェネディー族かな」
早速二人は、ブルターニュ半島に馬を走らせ、ヴェネディー族の長老たちと話をした。
「前線にいるローマ軍の糧食が滞り気味だ。近いうちにあなたがたヴェネディー族、周辺諸部族に、食糧を買い求めに来るだろう」
「ほう、若造、それでローマに勝つ算段は?」
「あなたがたヴェネディー族は、まず土地勘がある。そして、操船に優れている。――対してローマ軍はこの地の地形には疎く、湿地帯での戦い、海上での戦いを不得手としている。そして何よりも食糧が不足している。今、冬営地を奇襲すれば、勝算はかなり高くなる」
長老たちは若者の話しを聞いて、なるほどと考えた。そして、ウェルが言う通り、ローマの冬営地から、使者が食糧を買い付けに来た。
――よし、やるか!
ヴェネディー族の兵士達は、ローマの使者が、王城とする集落を囲んだ柵の門をくぐり食糧買い付けの交渉に来ると早速捕らえたうえで使者を送り、先年、ローマに恭順した際に差し出した人質を返せと迫った。
この動きに連動して、ガリア北部諸部族が、続々と同じ行動をとりだした。
ローマの冬営地を守っていたのは、三頭政治の一角を占める富裕なクラッススの息子で、青年クラッススと呼ばれる人である。彼は逐次状況を上司であるカエサルに報告した。
イタリア・ルッカの町で、三頭政治の盟友・クラススとポンペイウスとの会談を済ませたカエサルと護衛の騎馬小隊は、雪が積もっているガリア北部にあるローマ軍冬営地に急行した。このとき、カエサル軍団は8個軍団5万になっている。
カエサルが現地に到着すると、配下の将軍たちは、次々と兵を率い、任地に向かった。ラビエヌス、青年クッラスス、ザビヌス、デキムスといった四人の将領たち、そして、総大将のカエサルがそれぞれ軍団を率いて、反乱を起こした諸部族を討伐に出撃していった。このうち、クラッススやデキムスといった将領二人は、30歳に満たない若者だ。
ローマ人にしては背の大きい赤毛のデキムスが、現地に偵察に行くと、ヴェネディー族の拠点は海に三方を囲まれた、岬の先端にあることが多く、陸路からの攻撃だけでは損害が大きくなる。造船を行って海戦に勝ち、敵拠点を背後から襲わなければならない。
デキムスは、ローマ軍が得意とする陣城を即席でこしらえて拠点を確保すると、造船を始めた。
つづく
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。
青年クラスス……クラッススの子。カエサル付き将校になる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。
ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスに嫁ぐ。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
ブルータス……カエサルの腹心
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサルの有能な属将となる。
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。