02 柳橋美湖 著 カツラ(アイテム)/『北ノ町の物語 80』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿図/Ⓒ奄美剣星「花魁」
80 カツラ(アイテム)
ご機嫌いかがですか、クロエです。異世界を調整している浮遊ダンジョン全十三階層中第八階層、フロアの大詰めで、中ボスがいるはずの天守閣を攻略しているところです。
◇
2メートルくらいホバリングした炎龍のピーちゃんは、ここ浮遊ダンジョンで、本来の数十分の一の体形になりましたけれど、ファイアー・ブレスの威力といったら、お城の櫓門を吹き飛ばすくらい造作もありません。本丸への道ができたので、私達パーティーはいよいよ天守閣に突入です。
天守閣は五階建てで、天守台の石垣上にあり、石垣に囲まれた地下室から、白壁の一階にあがります。
「おかしい。……敵守備兵がまったくない」
恐る恐る私たちは、急傾斜の階段で地下室から一階へ上ります。
私を最後に、全員が一階へ上がり切ったところで、島田髷げに赤い着物姿の花魁さんが、板の間で正座してキセル煙草をふかし、待ち受けていました。
「私はアリスでありんす」
(――えっ、ダジャレ?)
「ワッチはいつも本気でありんす。ところでお城の屋根と床の数え方を知っている? 屋根を層、床を重で呼ぶの。ここの天守閣は五階建てで屋根が五つと床が五つ。だから五層五重ね」
(花魁さんはなんでそんな話をするのだろう)
そういいながらドーナッツのような煙を吐き出したとき、床が開いて、私と審判三人娘さんを残し、従兄の浩さんと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんは、それに魔法少女OBのマダムがドスンと音を立て、落ちてしまいました。さらに下へ降りる階段口も塞がっているではありませんか。
パーティーの皆さんは、浮遊ダンジョン第八階層から、振り出しの第一階層に落とされてしまったのかしら?
審判三人娘さんが、そんな私を見て、実況中継ごっこをしだしました。お気楽なものです。
「クロエ選手、不利!!」
ともかく、花魁さんを抜いて、五階まで駆け上らねばなりません。私は四精霊を呼び出し、土精霊ノームと水精霊ウンディーネで花魁さんを泥饅頭で固めて動けないようにした上で、火精霊サラマンダーで床に穴に穴を開けた上で、風精霊シルフィーで逆送風することにより、お仲間三人を一階へ戻そうとした、刹那――
「アンタさんの術式は想定内でありんす」
天井には網が張ってあり、バサッと私に被さって、捕獲されてしまったではありませんか。
審判三人娘さん達の実況は続きます。
「クロエ選手、絶体絶命だああ!」
花魁さんは、網の上から四つん這いとなって私を抑え込み、
「さて、どんなふうに遊んでやろうかしらえ」
と言って、私の顔に唇を寄せてきます。
(きゃあ、私、そういう趣味はありませんよお!)
などといいつつ、花のようないい匂いがする。なんとなくぼんやりとした気分。
「ワッチ、媚薬のお香を焚いて服にしみこませたでありんす」
うわあ、唇を吸われた、舌がああ……でも身体が動かない。不快じゃない。でもそれっていけない感覚……。衣擦れの音。あ、だめ、勝手に服が脱げていくううう。
このとき、天井で閃光が走り、なぜだか青空が見えました。え? 二階から上の階層が飛んじゃった? 小型化した炎龍のピーちゃんが、翼をはためかせ、空でホバリングしているいところをみると、この子の仕業でしょう。
さらに、私の火精霊サラマンダーさんが網を焼いて私を開放。シルフィーに乗って、地下から一階に上がってきた、お味方三人が、私を守るように前に立ちました。
花魁さんは舌打ちして、後ろに飛び退きます。花魁さんのカツラが取れて落ちました。――やっぱり、白鳥さんだった。……花魁の赤い着物を脱ぎ棄てた白鳥さんは、蝶ネクタイに白いスーツ。そしていつの間にか、使い魔ちゃんまで呼び出していたのです。
「おのれ、ピーちゃんめ。敵にしても味方にしても、行動が読めない! ――それにしても、審判さんたち、天守閣二階層がゴールにつながるはずだったのに、ピーちゃんが吹き飛ばしてしまった。これって反則では?」
審判三人娘さんは、互いに耳打ちしながら相談して、結論を出しました。
「これもありです」
わーい、やったあ!
私は風の精に命じて、黒くぽっかり開いた空の抜け穴に、パーティー全員で舞い上がり、通り抜けたのでした。
次回はめでたく第九層になります。
◇
それでは皆様また。
By Kuroe.
【主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。女神として覚醒後は四大精霊精霊を使神とし、大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化することに成功した。なお、母ミドリは異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエに好意を寄せるクロエの従兄。洋館近くに住み小さなIT企業を経営する。式神のような電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/クロエに好意を寄せる鈴木家顧問弁護士。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。第五階層で出会ったモンスター・ケルベロスを手名付け、ご婦人方を乗せるための「馬」にした。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち。