00 奄美剣星 著 『アリス仕様/画塾講師Amami』
挿図/Ⓒ奄美剣星「盾乙女」
『アリス仕様/画塾講師Amami』
田舎で、しがいない画塾講師をしている私・Amami。夏場のアトリエで絵を描いているときは、七分シャツ、ジーンズの上からエプロンを掛け、スニーカーを履いているのだが、ここに示す自作挿絵では、いつものように(見栄を張り)、お嬢様風女子高校生制服でビジュアル表現しておくとしよう。
お絵描きをしていないとき、もっぱらスマホでツイッターをやっている。ちょうどランチタイムだ。私は、サンドイッチを片手に、スマホをしていた。
サンドイッチを食べ終えたころ、「紅茶でもいかが?」という声がした。いつの間に来たのだろう。横に置いてある折り畳み式のお絵描きテーブルの上に、美姫ちゃんがいた。
「Amamiさん、何やってるんですか?」
美姫ちゃんは、高校生・甥のハルトの守護精霊で、本名をブリュンヒルト、通り名を盾乙女という。手のひらにのるほどの大きさながら、グラマラスで、古風なロングドレスを優雅に着こなしている。
「ツイッターのフォロワーさんのツイートに貼り付けてあった『診断ドットコム』っていうのをやっていたところ。これ、面白いよ」
「ふむふむ、『ふしぎの国のアリスキャラ診断』 https://4ndan.com/app/543 ――あなたを「ふしぎの国のアリス」の個性豊かなキャラに例えると誰になるのかを診断しちゃいます! 結果が推しキャラだったらツイートしてください。推しキャラじゃなくてもツイートしてね♪ ――あらほんと楽しそう。せっかくだからAmamiさんに、ビュジュアルな異世界を幻視させてさしあげますわ」
教室にポッカリ空いた穴き、私はそこに吸い込まれていく。時計兔が後ろから走ってきて追い越していく。現世から狭間となる長く暗いトンネルを通り抜けると、そこは異世界だった。
挿図/ⓒ奄美剣星「不思議の国にて」
*
パっと視界が明るくなる。
巨大キノコの上で煙草をふかす芋虫の隣に美姫ちゃんが立ち、レポート用紙を両手に持って、私に微笑みかけている。
「これから四つの設問を挙げます。各設問を、7から10個の択肢の中から選んで答えてくださいね」彼女はクイズ番組の司会者きどりだ。「――設問1です。大変! ふしぎの国に迷い込んでしまいました! あなたならどうなさいます?」
私は「ウキウキで探検する」と答えた。
設問1が終わると、私は美姫ちゃんの後をついて、深く暗い森の細道を抜けてゆく。途中、木の枝にチェシャ猫が寝そべっていて、視線が合うとニタニタ笑った。やがて森は明るくなり、ついに開けた場所に出た。瀟洒なヴィクトリア朝風のお屋敷の庭園で、席には、帽子屋と兔がお茶を飲んでいる。
美姫ちゃんが、すまし顔で、またレポート用紙の設問を読み上げる。
「――では設問2です。道を歩いてたら、楽しそうにお茶会をしているグループに遭遇しました。あなたならどうなさいます?」
「お茶会にまぜてもらうおうかな」
再び美姫ちゃんと歩きだす。
私たちは、市壁で囲まれた、中世ヨーロッパ風の城下町の前に出た。美姫ちゃんが甲冑姿の衛兵に、通行証を見せると通してくれた。数階建てとなった木組みの町屋を抜けて中央広場にくる。そこではちょうどバザールが開かれていた。ぎっしりと並んだ露店を行き交う人々は中世風の装いで、ローブを着ている人が多かった。買い物客や商人たちの喧噪の中でも、美姫ちゃんの声はよく通る。
「――設問3、ずばりAmamiさんの性格は?」
「好奇心旺盛かなあ」
美姫ちゃんは、広場の裏手にある城館の衛兵に、「女王陛下は?」と聞くと、「郊外にあるグランドでクリケットをなさっています」と答えた。中世の町というのは、「用」はバケツにして、窓から路地に捨てる。濡れた石畳路地には、いくつもの糞が転がっていた。
「――設問4。大変! Amamiさんは犬のウンチを踏んじゃいました。しかも急ぎの用があります。どうなさいますか?」
「そりゃまあしかたないっしょ。靴にへばりついているものは気になるけど、我慢してそのまま歩くかな」
裏市門を抜けたグランドに出た。
女王を筆頭とした王侯貴族たちが、芝地でクリケットの試合をしているのが見える。
そこで、美姫ちゃんがスカートの両裾をつまんでお辞儀し、「それでは結果発表です」と言い、「――Amamiさんのアリスキャラタイプは、ずばりアリス。……好奇心旺盛。夢中になると周りが見えなくなる人。人の話を聞かずに突っ走る。それが原因でトラブルに巻き込まれることがあります」と続けた。
「てっきり私は、チェシャ猫だとばかり思っていたのになあ。なんとまあ」
私は、記念に、スマホを開き城下町の裏市門を撮影してみた。液晶画面でうまく撮れたか確かめようとするとに、『不思議の国のアリス』登場人物たちを描いた、センスのいい集合イラストが現れた。
*
景色は、中世ヨーロッパ風の町から、私の画塾の庭になっていた。
おもむろに、スマホに目をやると、無意識のうちに、ツイッターを画面を開いているのに気づく。
そこにダイレクト・メッセージ(DM)通知がある。――DMでよくやり取りしている紳士だ。この人は大手企業のエンジニアだという。ダンディーに見えるたのだが、やりとりするうちに、本性が見えてくる。最近では、しつこく、「会わない?」「最寄り駅だけでも教えて」といったお誘いをするようになった。――ツイッターは匿名性があるから面白い。案外と会ってみたらイメージと異なる場合もあろう。実際、ネット交流している相手に会いに行った若い女性が、相手の男性に殺害されたケースだってあるではないか。
とあるテレビ番組で、苦労人の女性実業家が紹介され、「幸福とはお誘いを受けることなんですよ」と述べていたのを思い出す。だが。……恋に恋する紳士様、こちらの性別・年齢・既婚の有無を確かめもせずに、口説いてくるのはいかがなものだろうか?
画塾の庭の木の枝に腰かけていた美姫ちゃんが、風にたそがれて微笑んでいる。
「Amamiさんって、意外と慎重ですのね」賢明にも、そこから先を彼女は言わない。
たぶん言葉の続きに、――その慎重さが、Amamiさんが行き遅れた理由ですね? ――とくるのだろう。余計なお世話。
ノート20210715




