04 奄美剣星 著 楽しみ 『ヒスカラ王国の晩鐘 14』
*あらすじ
勇者とは、超戦士である大帝を討ち果たすことができる王国唯一の超戦士のことをさす。二五年前、王都防衛戦で帝国のユンリイ大帝と刺し違えた指揮官ボルハイム卿がそうだ。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、一五歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。
冬季連合種族帝国軍攻勢は、実質、ヒスカラ王国に対する威力偵察であるとともに、巨大な虫型兵器である「カブトガニ」の実験でもあったのだが、女王オフィリアの機転とカリスマ的なスキルによって、初号機を寝返らせることに成功。そのため、帝国軍は、地団太を踏みながら、戦線から後退せざるを得なくなった。
挿図/ⓒ奄美剣星「ブランコ乗り」
Ⅰ 侍童カミーユ
「ねえ、カミーユ、さっきから、男の人に付きまとわれているような気がするの」
シズク嬢は可憐だ。確かに悪意をもった大人がつきまとってもおかしくはない。
カフェ・エクスタは、小運河に臨んだアーケードの終点、大通りとの交差点付近、三階建てのビルだ。そこの二階バルコニー席で、僕は、カフェ・オレを注文した。丸いテーブルの向こう側には、一二歳になるという、白地に花柄のドレスを身にまとった黒髪の少女が、背もたれ椅子に腰かけていた。――彼女の名前はシズク・シオジ、マーコ・シオジ博士の姪だ。
十数年前、シオジ博士とその姪がいた世界で行われた、量子衝突実験失敗により、同一時間軸異空間世界のいくつかの都市が、この世界「ノスト」に飛ばされた。各都市都は「西暦」を用いていたため、転移時刻をもって「軍都一九四五」「軍都二〇四〇」「軍都軍都二四〇〇」のように呼称するようになった。シオジ博士とシズクがいた軍都二〇四〇、別名「第三工廠」の出身だ。
シオジ博士が、政府要人を王都に集め催された「賢人会議」に出席していたのだが、その間、王宮侍童である僕、カミーユは、博士の唯一の家族であるシズク嬢のお相手と、彼女の王都見物案内役を命じられたのだ。もちろん、お忍びである。――シズク嬢の故郷・軍都二〇四〇の地上には鉄道路線があったが、地下鉄がなく、彼女は興味を持っていた。だがシズク嬢が王都を訪れたとき、ちょうど、地下鉄送電線に異常があり、地下鉄線は全面運休になった。――だから代わりに僕は、シズク嬢を隠れスポットのカフェや劇場に連れて行くことにしたというわけだ。
シズク嬢の言うように、そんな僕らは、不審者に尾行されているようだった。
*
後に、周囲から聞くところの同時刻。
白衣を羽織った博士は、戦闘服姿になった女王顧問官の案内で、格子状のエレベーターに乗り、王宮地下格納庫に降り立ったそうだ。半円筒形になった内部には、戦車型巨大生物兵器「カブトガニ」初号機が眠っていた。
「レディー・デルフィー、初号機くんに情操教育をするという発案には恐れ入ったわ」
「シオジ博士、私ではなく、オフィーリア女王陛下の発案よ」
「ユニークな方ね」
「同感」シオジ博士によって、軍都二四〇〇から発掘されたヒューマノイドのレディー・デルフィーが微笑した。女王顧問官である彼女は、故郷の廃墟から、同博士のチームにより新たに発掘されたと報告を受けた当初、「弟分」たる二体目のヒューマノイドが、よもや「カブトガニ」の依代になるとは思いもしなかった。
重戦車級生物兵器「カブトガニ」は、天然ものの海洋生物のそれに酷似しているのだが、天然ものの海底の「カブトガニ」甲殻がカルシュウムでできているのに対して、陸を疾走するそれの甲殻が、戦車装甲のように鋼鉄でできている。――深海に棲息するオウムガイの中には、甲殻が鉄でできているものがあるというではないか、ゆえにカミーユ少年の本体たるそれが鋼鉄であっても何ら不思議なことではない。
Ⅱ 帝国工作員
――王国賢人会議主席研究員・シオジ博士の存在は帝国最大の脅威と言える。普段の彼女の警護は硬いし当人自身も用心深い。しかし幼い姪はどうか? 博士は幼くして両親を亡くし、養女にしたシズクに、やたらと甘くしていると聞く。博士は、王都に同行させたシズクに、羽目を外させているという情報を得ていた。
「つまり姪のシズクをさらって、博士を帝国側に寝返らせろと? ターゲットが大物過ぎる。たぶん俺は、このヤマの後、ヒスカラ王国には出入りできなくなる。つまりは引退だな。リスキーなラスト・ミッションに対し、どんな『退職金』をくれるというのだね?」
――帝国内にはいくつかの人類自治州がある。州警察本部長待遇ポストを用意する……。
それならば、王都の貧民街にいる家族を帝国に呼び寄せて、楽な暮らしをさせてやれるというものだ。
アーケード街に据え置かれた公衆電話ボックスから、トレンチ・コートの人物が出てきた。
工作員の男の脳裏に、公衆電話で指示を出した代理人の声が響いた。
―― シズクの同伴者の生死は問わない。ただし、シズク自体に傷一つつけてはならない。
そのくらい判っている。
二一劇場は、カフェ・エクスタから第四アーケード沿いを西に向かったところで横切る、黒猫小路との辻にある。孔雀やフラミンゴの羽飾り衣装を身にまとった踊り子たちが、スポットライトを浴びて、歌劇をしたりラインダンスをしたりしていた。さらには、ショータイムの途中で、観客たちの頭上を空中ブランコで、花形スターが往来するといったサプライズまであった。
亜麻色の髪をした侍童を同伴させた黒髪の令嬢は、感嘆の声を上げつつも、満足そうな表情を浮かべていた。
帝国工作員は、羽飾り衣装の劇場空中ブランコ乗りだった。彼女が、ブランコから華麗に床へと舞い降りると、観客の紳士淑女をかき分け、シズクの二の腕を掴んで、非常口からずらかろうとした。これを阻止すべくカミーユが、ブランコ乗りの脚に食らいつく。ブランコ乗りは、カミーユを振り払うため、至近距離から拳銃で少年を撃った。――胸を撃たれた少年が、床に崩れ落ちる。
*
後で、聞いたところ――
王宮地下格納庫で、「カブトガニ」が、何ら指示もないのに起動を始めたという。
レディー・シルフィーの案内で現場に居合わせたシオジ博士は、依代のヒューマノイド、カミーユに異変があったことを悟った。
地下格納庫のカブトガニが暴走して、地上で撃たれた依代カミーユのところへ向かったならば、市街地は瓦礫の山になっていたことだろう。だが、そうならなかった。――というのは、賢人会議議長でもあるヒスカラ女王が、地下格納庫にシオジ博士がいると聞いて、降りて来たからだった。――もともと「カブトガニ」は帝国側の生物兵器で、国境紛争の際、王国の女王の仁徳に触れて感銘し寝返ったものだ。どんなに暴走しても女王を前にすると不思議と鎮まった。
Ⅲ ムラマサ少尉
劇場のブランコ乗りに扮した帝国工作員は、王宮侍童を拳銃で撃って非常口から逃走を試みたのだが、要人の姪・シズクから少し離れたところで、諜報機関「王ノ目」のメンバーが張り込みをしていたのだ。「王ノ目」のムラマサ少尉と麾下の小隊が相手を取り囲もうとしたので、工作員は、足手まといの少女を捨て置いて、身一つで逃げようとした。だが結局、隊員が折り重なるようにして、工作員の動きを封じ、確保された。ヒューマノイドのカミーユ少年は深手を負ったが、シオジ博士の姪・シズク嬢は無傷だった。
*
数日後、シオジ博士と姪のシズク嬢は、無事、故郷に帰った。
宮廷侍童カミーユの容体はとういと……。
王立病院特別棟五階に彼の個室がある。レディー・デルフィーをして絶対安静とされていたのだが、実際に面会してみるとかなり回復していた。
「軍都二四〇〇のヒューマノイドには自己修復能力があるってシオジ博士が言っていたが本当なんだな」
「ムラマサ少尉、お見舞いに花束とか持参しなかったのですか?」
「熱い口づけなんてどうだろう?」
亜麻色の髪をしたカミーユは、絶世の美少年である。小官がベッドに腰をおろし、横になって小刻みに震える少年の頬に手をやる。
刹那、「セクハラ現行犯!」という声がした。――ベッドの背後のバルコニー窓に備えられた、長いカーテンの裏側から、長い髪の女性が現れた。――「王ノ目」局長レディー・デルフィーだ。
ノート20210531
〈ヒスカラ(人類)王国〉
01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は25年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。
02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。/十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。/アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。
03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。
04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前、連合種族帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊20機の指揮官に収まっている。
05 マーコ・シオジ博士………一〇年前の量子衝突実験失敗でノスト大陸に転移してきた都市、軍都2040(別名、第三工廠)の主席研究員で、同都市の市長兼務。ヒスカラ王国賢人会議会員。親族は「災害」で生き残った姪シズク・シオジ(一〇歳)。
06 ムラマサ少尉……シオジ博士に連絡役として推挙され、ヒスカラ王国の侍従武官となった。ややBL趣味があるものの、有能。秘密警察「王ノ目」に所属。
07 カミーユ……ヒスカラ王国の宮廷侍童。もともとは敵対する連合種族帝国の重戦車型生物兵器「カブトガニ」だったが、両国が国境紛争で小競り合いをした際、女王オフィーリアに篭絡され、寝返った。平時は、シオジ博士を首班とする調査隊により、軍都二四〇〇の廃墟で発掘されたヒューマノイドを依代とし、王宮の侍童として仕えるようになった。
〈連合種族帝国〉
01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸9割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。25年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。
02 フィルファ内親王……大帝が不在となった帝国を預かる摂政皇姉にして大賢者。王国の勇者ボルハイム卿に対するアンジェロ卿のようなもの。黄金の髪、青い瞳、透けた背の翅が特徴的な有翅種族女性。火の粉が降りかかれば払うが、弟と違って戦いを好まず、戦禍で荒れた土地の迅速な復興など内治に功績がある。
03 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後25年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。
04 ジェイ・バルカ……テオの息子・猫象種族。両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。捕虜交換で帰国後、士官学校入学の名目で帝都に召喚され、ユンリイ大帝転生に際し、依代となる。戦友はガンツ上等兵。




