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自作小説倶楽部 第22冊/2021年上半期(第127-132集)  作者: 自作小説倶楽部
第131集(2021年05月)/季節もの「風景」(新緑 燕 蓮華草)&フリー「楽しみ」(飾り、映画、デリバリー、菓子)
22/28

03 らてぃあ 著  風景(燕・蓮華) 『吾輩の事件簿』

挿絵(By みてみん)

挿図/ⓒ奄美剣星「猫」

 地を蹴って飛んだ。咄嗟に身体が動いたのは吾輩に流れる最強のハンターの血のおかげだ。灰色の車に飛び込み、身をよじってガラスとの衝突を避ける。さらに半回転してリアシートの隙間に入りこんだ。人間のつま先が左肩に当たったが攻撃しようとしたのではなく、驚いたためのようで力はこもっておらず、ダメージはなく吾輩は助手席の下に潜り込んだ。

「うわっ! な、何だ?!」

「猫だ! 猫! でっけえ黒い奴だよ」

「早くドアを閉めろ!」

 運転席の鷲鼻の男の声でドアはバタンと閉まり、車は猛スピードで走りだした。

「うああ! あぶねえ!」

「兄貴! 安全運転! ふぐっ」

 後部座席の男たちが悲鳴を上げる。吾輩は四肢を踏ん張り振動に耐え、人間たちの様子を伺った。柄の悪い男二人の間に座らされているのは小柄なオカッパ頭の女の子。5、6歳と吾輩は判断した。本来ならこの世の邪悪なものなど想像すらせず、毎日友達とスキップして登校し、蓮華畑で道草しそうな女の子。オカッパは青白い顔でべそをかいている。

「おっと、このガキ、こんなものを持っていたぞ」

 ランドセルを探った左側の黒豚男が子供用の携帯電話を取り上げる。

「捨てろ」

 鷲鼻が前を向いたまま吐き捨てる。

「でもよ、ガキの親に電話する時に使えば電話代が浮くだろう」

「馬鹿。警察が発信記録を調べれば電話したエリアがわかるんだよ。それにGPSが付いているかもしれん」

「しかし、兄貴。このガキ本当に大富豪の隠し子なんですか? こんなに貧乏たらしくてみっともないのに」

 右側のニワトリのようにとがった髪を赤く染めた男がオカッパの髪を引っ張りながら言う。

「間違いはねえ。母親が子供を取られるのを恐れて逃げたんだ」

 お前ら他人の容姿をけなせる外見かと突っ込みを入れつつ、吾輩は安堵する。幼女趣味の変態どもなら早々に牙と爪で切り刻まねばならないと思っていたが、オカッパの目の前で血祭りに上げるのは躊躇していたのだ。取り合えずオカッパの身が無事なら急ぐ必要は無い。

座席の下から滑り出てオカッパの膝に乗りナーヲと鳴いた。

「わ、黒猫が出て来た」

「兄貴、コイツ気味ワリい。放りだしてくれ。俺、猫は駄目なんだ。クション、ファッ、クション」

 オカッパは吾輩を抱きしめ、顔を背中にうずめた。涙と鼻水で汚れるなと思ったが吾輩は紳士なので我慢する。

「ガキが騒ぐとやっかいだ。そのままにしておけ」と鷲鼻。

 黒豚が吾輩に手を出そうとしたがフ――と唸ってひと睨みしてやると手をひっこめた。弱い。

 車が停まり、三人組は、吾輩を抱えたままの、オカッパを廃ビルの一室に連れ込んだ。ニワトリが見はり鷲鼻と黒豚が一度部屋を出ると一時間ほどで戻った。オカッパの家に脅迫電話を入れたらしい。吾輩は部屋を見回した。ガラスにヒビの入った窓からは青空を飛び回るツバメが見えたが、灰色の室内は薄暗く冷え冷えとしている。あんパンをオカッパに投げつけると3人は冷えた弁当をそれぞれ食べ始める。吾輩はオカッパに寄り添いながら何度目かわからぬため息をついた。最初に標的を車に引っ張りこんだのもそうだが、アジトも糧食も場当たり的で貧乏たらしい。奴らの犯行が成功する確率は底辺だ。

 警察が先に突入して来るのではないかとも予想したが、澄んだ夜空に半月が昇るころ、ガラスをすり抜けて待ち人が現れた。

「ちょっとお、使い魔が主を使うんじゃないわよ」

 闇をまとうような黒髪に黒いドレス、毒を吐く唇は血のように赤い。吾輩の主にして相棒の魔女だ。

「仕方ないだろう。子供が殺されでもしたら寝覚めが悪い」

「あの男どもをぶっ殺せばよかったのよ」

 泣き疲れて眠っているオカッパとは別に男どもは魔女の力で深く眠り込んでいる。

「現場を血だらけにした後にオカッパが目を覚ましたらショックを受けるだろう。死体処理でも吾輩はこんな不味そうな人間は食わんぞ。主殿の実験動物にでもどうだ?」

「うーん、どうかなあ」

 魔女は腕を組んで考える態度を取るが右手のひとさし指はぴくぴくと動き、やがて漆黒の瞳の中できらきらと光るものがあった。長年の経験から愉快なことを思いついたのだとわかる。


          *


 翌朝、少女が目を覚ますと傍らにいたのは黒猫ではなく歓喜の涙を流す母だった。

 少女の証言と警察の捜査で3人が前科持ちのチンピラであることはすぐにわかったが、その行方はようとして知れなかった。警察官たちが特に首を傾げたのは3人組が車はおろか財布や携帯電話まで残したまま姿を消したことだった。

 その後、少女はトラウマもなく元気に学校に通っている。夢はいつか真っ黒な猫を飼うことだ。

         了

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