03 紅之蘭 著 空 『ガリア戦記 21』
【あらすじ】
共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端の属州総督となったカエサルは、実力者のポンペイオスやクラッススと組んで三頭政治を開始し、元老院派に対抗する一方で、不安定なガリアの鎮静化のため、行動を起こした。
挿図/ⓒ奄美剣星「ローマの捕虜」
第21話 空
水色が水色たる所以は、空の色を映しているという説と、水自体の分子の色に由来するというものだ。昨今は後者の説をとる研究者が多い。だが著者個人は、海などの水面が、やはり空の色を映しているとしか思えない。
デキムス将軍麾下のローマ海軍と、現在のノルマンディー地方と呼ばれる海岸にいた沿岸諸族連合軍との艦隊戦は、早朝に行われ、昼ごろには趨勢が決した。ここいらの諸族は、帆をつかった操船に頼っていた。運命の女神はローマ側に組し、ドーバー海峡は凪となり、オールを手にした漕ぎ手の働きが雌雄を決することになる。
ローマ側は多数のオールを用いる中型ガレー船が主力であったのに対し、ガリア側はオールを用いず帆のみによる操船を行う大型艦船だった。
ローマ海軍艦船は、まずガリア海軍に接近すると、鍵縄を投げて敵の帆柱に引っ掛けた。
船長が号令をかけると伝令が、船倉の漕ぎ手に、「全速力で引け」と命じた。
これでは、ガリア艦船の帆柱が折れて身動きがとれない。
満を持してローマ側は、再び敵艦に接近。カタパルト式の渡し板を引っかけ、白兵戦へと持ち込み、紅のマントを羽織ったローマ兵が、短剣を携えて斬り込んだ。
――約を違えた蛮族どもを奴隷にし、ローマの市場で、売り飛ばしてやれ!
羽飾りの兜を被った若い将軍が陣頭に立ち、白刃を犯すと、続く麾下のローマ兵は奮い立った。
こうなると、当時のどんな部族もお手上げになり、ガリア諸族のガレー船は次々と剣を捨てて投降しだした。
敵艦船を拿捕したデキムス将軍は、根拠地の港に凱旋すると、カエサルのいる陣城に早馬を送って、戦勝を報告した。
海軍力を失ったヴェネディー族は、もはや、陸戦に長けたローマ軍の敵とするものではなく、ローマ軍主力が敵本拠地になだれ込むと、なす術もなく、白旗をあげた使者をローマの陣へ送った。
城柵に囲まれたヴェネディー族の都邑が陥落し、族長が捕えられるとき、若いブルータスは、総大将のカエサルに問うた。
「総督閣下、これまでのように、いくばくかの財貨と奴隷を差し出させることで、降伏者たちを恭順させるのですか?」
「ブルータスよ、ドーバー海峡諸族は約束を違えた。たぶん、約束という概念を知らぬのだ。ゆえに約束違えたときにどうなるかということを教導せねばならぬ」
「――と、いいますと?」
「今回の反乱に組した諸族は赦すが、首謀者たるヴェネディー族は族滅する」
これまで、ガリア諸族との抗争に関して、比較的寛容であったカエサルであったのだが、同反乱についての仕置きは、苛烈なもので、部族全員を奴隷として、本国へ送った。
―蛮族に対しては恐怖による支配が有効。果たしてそうか? ……―目には目を、歯には歯をとでもいうのか? やり過ぎだ。ガリア人の数は我々よりも多い。ローマに対する新たな憎しみを買いはしないのか?
カエサルを父のように尊敬してきた、若いブルータスだが、初めて、当代きってのカリスマたるその人に、疑問を感じたのだった。
つづく
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。
青年クラスス……クラッススの子。カエサル付き将校になる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。
ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスに嫁ぐ。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
ブルータス……カエサルの腹心
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサルの有能な属将となる。
デキムス……カエサルの若く有能な将官。
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。




