05 紅之蘭 著 港(インフラ) 『ガリア戦記 20』
【あらすじ】
共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端の属州総督となったカエサルは、実力者のポンペイオスやクラッススと組んで三頭政治を開始し、元老院派に対抗する一方で、不安定なガリアの鎮静化のため、行動を起こした。
挿図/Ⓒ奄美剣星「五重漕船」
第20話 港(インフラ)
ローマの若手将官デキムスは、ドーヴァー海峡に面した入り江の一つに港湾基地を確保すると、ヴェネディー族の拠点攻略に必要な軍船を急ぎ造船した。
放った〝草〟の報告を受けた、ブルターニュ半島のヴェネディー族は、軍船五隻からなる艦隊を派遣し、夜陰に紛れて、ローマ軍が造営した海軍基地の入り江を夜襲することになった。だがローマ側も、地元の漁船や交易船に偽装した索敵用の小型船を沖合に放ち、敵の動きを睨んでいた。――ローマ軍の索敵網に、敵ヴェネディー族の艦影が引っかかった。
赤毛の偉丈夫であるローマのデキムス将軍は、ただちに、完成した軍船五隻で応戦にでた。
ローマ海軍は五重漕船五隻、ヴェネディー族海軍は三重漕船五隻で構成されている。
ヴェネディー族の提督は、平時には交易、戦闘時には軍船を指揮する。
――ローマ海軍か。昔、地中海の覇者カルタゴを破った実績があるのは認めよう。だがそいつらの後裔は地中海にいる。入り江の海軍基地にいるのは、にわか作りの軍船と水兵どもだ。練度は我らのほうが圧倒的にいい。
事実、ヴェネディー族の艦隊は、ブリテン島南岸とフランス北岸を隔てる、ドーバー海峡を遮ろうとする者に対し、容赦なく殲滅させてきたのだった。
マストのてっぺんによじ登っていた見張りが、自分たちと同数いるローマ艦隊の船影を発見。提督に報告した。
「ローマ軍港を夜襲するはずだったが、見つかっては仕方ない。艦隊ごと海峡に沈めてやる」
船長は僚艦四隻に、戦闘開始を申し送った。
古代地中海世界を中心とした軍船はガレー船だ。ローマ海軍は、五十トン前後の中型艦・五重漕船を主体に、百トン級の大型艦・五重漕船を旗艦にすることが多かった。五重漕船は、櫂が五段になっているのではなく、漕ぎ手が三段の階段状になった長椅子に座り、櫂を窓から出して、上段二人、中段二人、下段一人で漕ぐ。
当時の戦闘は、陸であれ海であれ、敵味方が間合いを詰め合って初めて成立する。長弓の射程距離は百五十メートルだ。まずは百五十メートルまで接近し、矢を放つ。
だがここで、ヴェネディー族艦隊にとっての誤算が生じた。ローマ海軍の本質は弓矢よりも、白兵戦なのだ。
ローマ軍船のうち五重漕船は、漕ぎ手二百七十人、百二十人の海兵、そして士官・下士官二十名で構成されている。
ローマ戦闘艦には、可動式の渡し板〝コルウス〟が装備されている。〝コルウス〟の先端には鉤爪が装着されており、本船が敵船に横づけさせた直後、カタパルトで吊り下げられた渡し板がバタンと落ち敵船甲板に食い込んで逃げられないようになる。――直後、百人隊長に率いられた海兵百人が乗り込んでいく。
勝負あった。
鹵獲軍艦五隻を曳航し、港の入り江に自軍艦船が凱旋してきたとの報告を受けた、ローマの若い将官は、「鹵獲軍船五隻か。造船の手間が省けたというものだ」とほくそ笑み、活躍した乗組員たちを労うため、軍船が停泊した桟橋の端に歩いて行った。
つづく
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。
青年クラスス……クラッススの子。カエサル付き将校になる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。
ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスに嫁ぐ。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
ブルータス……カエサルの腹心
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサルの有能な属将となる。
デキムス……カエサルの若く有能な将官。
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。




