― 第二話 メルトモやるとも ―
メガネはあの公園に戻ってきていた。運良く彼の手製の看板は誰にも触られずに地面に残っている。その看板を再度、メガネは肩から掛けた。メガネにはあの、世界公務員とかいう連中に協力する気はもちろん、まったくない。
あたりまえだ。『新宿』という二文字から一体どうやって一人の人間を探し出せと言うのか?人を探せ、という指示なのに写真もない。ただ『新宿』・・・。その文字を見た瞬間、メガネの脳裏に浮かんだのは、『あ、新宿さん、みぃ~っけ!』と地面に手をつく自分の悲しい姿であった。
全てを忘れ去って歩き出そうとしたメガネの目の前に肉の壁があった。
「おい、さっきは世話になったな。ふぅ~」
あのマッチョマンだった。しばらく見ない間にまたちょっと大きくなったような気がした。次の瞬間、メガネの意識が、ガツンという衝撃とともに消えていった。
「っ痛ぅ~!」
起き上がろうとしてメガネは頬が焼けるように熱いことに気付いた。
「気が付いたか。ふぅ~」
陰気な声だった。
二人のいるのは、広いその公園の中でもことさら人気のない場所だった。遊歩道から道なき道を脇に入った奥にあり、普通の人はまず入ってこない。周りをサクラだのイチョウだのの木々で囲まれているため、昼でも薄暗い。来園者がそこに立ち入ることはまずなかろう。公園の管理人でさえもそこにそんな空間があるとは知らないのではないか。
メガネは「イタタタ」と起き上がりながらも、マッチョマンとの距離、あちこちに落ちている木の枝の種類、長さ、土の乾き具合、落ち葉の様子など頭に入れていた。起き上がりながら、メガネはゆっくりとマッチョマンに目を向けた。
マッチョマンはメガネからすこし離れたところに立って、サクラの幹に体をあずけてタバコを吸っている。足を組んで立っているところがカッコイイ。吸っているタバコの長さからすると、メガネがここに運ばれてからまだそんなに時間は経ってなさそうだった。
「お前のせいで俺、もう少しでム所行きだったじゃねーか。ふぅ~。財布は落とすわよぉ。ふぅ~。」
頭を振っているメガネにマッチョマンが低い、ドスを効かせた声で言った。
(行きゃよかったのに・・・)もちろん口には出さない。
「ま、今回はよ。金で解決してやる。お前、持ち金全部出せ。ほら。ふぅ~」
(ん?ポケットさぐらなかったの、この人?)とメガネは心底驚いた。世の中、このような善人もいるものだ。
「・・・五百円。」
メガネにとっては出血価格である。が、マッチョマンは善人である。それを聞いたマッチョマンは火の付いたタバコをメガネに向って投げつけた。
「おい、慰謝料だよ、慰謝料!ナメてんぢゃねーぞ!慰謝料の意味わかってんのか!」
(慰謝料の意味、わかってんのか!)また口に出さない言葉でメガネがリピートした。意味はない。
「う~ん、だって、ないものはないですよ。とりあえず、俺、」
メガネは言った。
「帰りますね・・・」
去ろうとしたメガネの肩に、怒りに震えたマッチョの手が伸びてきた、その時、
「あのぉ、わたし、ちょっとといれですか?」
外人だった。マッチョよりもでかい。真っ赤な顔に大きな目が、鼻が、口が付いている。半そでのシャツからは、筋肉の塊のような腕がはみ出ていた。しかし極端な猫背である。まるで、寒さで身を縮こまらせているようにも見える。
「は?だ、誰だ、おめぇ!」
マッチョが完全にビビっていた。
「わたし、メルトモ。でも、まだヤラナイとも・・・」
多分、・・・ジョークだ。
「・・・!」
マッチョがいきなり外人に殴りかかった。ブン、という恐ろしい音がしてマッチョの拳は空を切った。
「危ないですか?やめた方がいいですか?僕も危ないですか?」
そう言いながら外人はちょっと嬉しそうにマッチョの腕をひょいと掴むと捻りあげた。
「あたたたたた!」
外人は軽く握っているだけのように見えるが、マッチョは顔をのけぞらせて痛がっている。
(ちょうどよかった)と思ったメガネは二人を背にして歩き出そうとした。
「ああ、あなた、待つのか?待つのか?聞きたいことあるのか?」
そう言いながら外人がメガネの服を後ろから掴もうとしてきた。
それをひょいっとよけたメガネに向かって、外人が突然、マッチョマンを投げてよこした。
「あー、あぶないじゃないか。」
と、全然危なくもなさそうな声でメガネは言うと、メガネ目掛けて正面を向いてやってきたマッチョマンの両肩に手をかけ、クルッと後ろを向かせた。マッチョマンはどうして反対を向けさせられたのか分からず、目をシロクロさせている。メガネは後ろを向いたマッチョマンの両ヒザの後ろに軽く蹴りを入れた。すると、カクッとマッチョマンのヒザが地面に落ち、上半身だけの筋肉の塊となってメガネと外人の間の肉の壁となった。
「ヒュー!」
外人が賛嘆の口笛を吹いた・・・、と思ったら、外人のくせに空吹きとなり、口からシューと息が漏れただけだった。
「あなた、やります。すごいタワシ・・・。タワシ?ちがう、ちがう。う~ん・・・・。あ、ワザ!ワザ!ね。わたし、強い人好き。あなたとわたし、やる?」
外人が嬉しそうな顔でメガネに微笑んだ。
マッチョマンこそいい迷惑である。
「おいコラッ、離せっ!このっ!」
と言いながら、マッチョマンが突然起き上がった。そのマッチョマンのお尻の辺りをメガネが足で押した。「おわっ!」押されたマッチョマンは起き上がった勢いのまま、外人に向かって飛び出す形となった。
「レロモレクワッ・・・・!」
何を言っているのかまるで不明なマッチョマンの声が途中で止まり、あたかも電気銃で撃たれた屠殺場の牛のようにどっとその場に崩れ落ちた。
(あ~あ。めんどくさ)とメガネは思ったが仕方ない。外人に目を向けた。
「さて、わたし、ここといれに来ただけね。でも、よかったね。あなたに会えたネ。」
「いやぁ、俺はいいですよ。おじさんに会っても別にうれしくないし、めんどくさいし・・・」
そう言ってメガネは外人に視線を向けながら後ろに下がり始めた。
「ノー!ボーイ!ダメね!逃げる、ダムね!あ、ちがう、ムダね!・・・・ん?(ギュロロロロロ!!!!)おおおおおっ!オーマイッ!オ、オ、オ、オ、オーマイガッ!あなた、ちょと待つね!ちょとだけね!」
外人は腹を抑えながら苦しそうにそう叫ぶと、いきなりズボンを脱ぎだした。
(・・・・)メガネはそのまま外人に背を向け、歩き出した。
「うううぉおおっ!あ、あなたぁっ!もう、もうすこしだからぁっ!ちょ、ちょっと待って!ヘイ!ヘイ!へ・・・あひっ・・・」
野クソしている外人をほっておき、メガネは公園の遊歩道まで出てきた。
平日のお昼どきだからなのか、公園内は閑散としている。
空を見ると、大きな塊の雲がいくつもぽかりぽかりと浮いている。(ああ、いい天気だ。・・・・ラーメン食べよう)とメガネは決めて、アソウと行ったラーメン屋に足を向けた。あそこのチャーシューメンは食べたことはもちろん、見たことすらない。そして、(今日という日がとうとう来てしまった・・・)感慨にふけるメガネの両足が勝手にスキップしている間に、公園の出口に達した。
(さぁて!)と逸るメガネの側頭部にいきなり、チリチリとした感覚が走った。やわらかい葉っぱか何かで微かにつつかれたような感覚だった。
その瞬間、
ビュッ!と何かが飛んできた。
「ん?」
メガネが頭を右に振ると、その頭のあった場所を拳大の石がすっ飛んでいき、ガランと乾いた音を立てて‟土台公園と書かれた石碑に当たった。
「ボーイ!わたしは悲しい!わたし、まだ半分しか出てない!ワイ?ナゼ?」
振り向かなくてもメガネには見えるような気がした。彼の巨体と悲しそうな顔、そして、洗ってない手・・・。
「もう許してくださいよ。めんどくさいし・・・」
メガネがそダラダラとそう言った瞬間、メルトモの太くて長い足がメガネの腹目がけて突然飛んできた。メガネが後ろに軽くジャンプしてそれをかわした。
「オー、あなた、やっぱりすごいネ。わたしの蹴り、かわしたのはあなたとあと千人くらいネ。あなた・・・、誰さんね?」
外人の目が怪しく光っていた。
「うーん。誰だろう?」
メガネが面倒くさそうに呟いた。
「わたし、強い人好き。強い人見たらヤリたくなるネ。これ、ホンノーネ。私、すごく強い。あなた、ちょっと、強い。わたしとヤるね。」
セリフだけ聞くとただのセクハラである。メガネこそいい迷惑であった。
(しょうがない)メガネはゆっくり外人に向かって歩いていった。不意をつかれた外人は一瞬身を引きそうになったが、次の瞬間、プロレスラーのような構えをしたかと思うと、恐ろしい早さでメガネにタックルしてきた。
外人の手が、体が、メガネに触れたか触れないかした瞬間であった。外人の体が見事にメガネの上の宙を舞い、扇を型どってメガネの背後に地響きを立てて転がった。
「ディエエエムッ!」
叫んだ外人は自分に何が起きたか分からなかった。分からなかったが、しかし、それこそ本能からであろう、倒れたまま両手を伸ばし、メガネの足を取ろうとした。
メガネはその外人の大木のような右手を、そこに落ちていた汚い手拭のようなもので絡めとった。そして絡めとった瞬間、外人をコロリと裏返し、うつ伏せにすると、その左手も巻きつけた。そして、巻きつけた瞬間に、これも落ちていた木の棒で手拭の余ったところを巻き取ると、それを外人の首に回してから肩甲骨の辺りで器用に縛りつけた。その間、二秒もない。あっという間の出来事に外人は息さえできなかった。
「うぐぐぐ・・・」
外人が必死でそれを外そうと動くが、手拭はビクともしない。
「あぁ、それ、動くとよけい締まっちゃうよ。」
メガネはのんびりと外人に忠告しながらも、彼のズボンのポケットをまさぐり出した。彼がウンコを半分しかしていないのを恐れたりしないところ、さすが路上生活者である。
「あひゃひゃひゃぁ!や、やめるね!い、今すぐ、動かないね!」
メガネの手が動くたびに外人がその巨体をねじらせた。
「お、あった、あった。」
メガネは外人の後ろポケットから財布を抜き出し、探りだした。クレジットカード、ポイントカード、海外紙幣、お守り(?)、・・・多々あったが、外人の身分を示すような、免許証などはなかった。しかし、メガネの一番好きなものがあった・・・。
メガネは五万円を抜き出すと、さりげなく自分のポケットに入れた。
「ああ、あなた!それはダメネ!ゆるさないよっ!ゆるさないよっ!」
と、転がったまま何もできない外人が脅した。
メガネが彼の後ろポケットに財布を返そうとしたときだった。ポロリと白い紙が地面に落ちた。
「ん?」
メガネはそれを拾い上げ、広げてみた。そこには、‟せかいこうむいん にほんししゃと書かれており、親切にもその住所が(もちろんこれもひらがなで)書かれており、連絡先の電話番号も書かれていた。かわいらしい小さな丸文字だ。
「あれ?・・・う~ん。おじさん、だれなの?」
メガネが必死で手拭を外そうと四苦八苦していう外人に聞いた。
「い、言うわけないね!これ外したら、言うね!」
現在、こんなセリフは映画でも聞けまい。
そのとき、メガネの頭の中にミハダの声が降ってわいた・・・。
「あのぉ、当てましょうか?おじさん、メガフォルテのメルトモって人ですよね?」
「おおおおおお!ノー、ノー!わ、わ、わたし、そんな人なわけないね!わたし、うそ嫌いね!わたしじゃないね!だ、だれね、メルトモ?!」
現在、動揺した者のこんなセリフは小説の中でも言わない。
(なんという日だろう)メガネは空を見上げた。
(五万円と五千円・・・・)
いったい何というステキな日なんだろう!
「ボーイ!はやく外さないと、たいへんよ!ボーイ!はやく外しなさい!ヘイッ!」
必死で叫ぶメルトモの口に、メガネは落ちていた靴下を押し込んだ。『フガァー!オゴォー!』
さらにメガネは、メルトモの前ポケットから携帯電話を見つけ出し、それを使って支部に電話した。呼び出し音が二つ鳴り、アソウが出た。事情を説明している途中でアソウがせっかちに、「よっしゃ、すぐ行く。ちゃんと見張っとくんやで」と言い、電話を一方的に切ってしまった。場所も何も聞かずに。一体、どこに行くつもりなのか?・・・メガネが掛け直すとアソウが出て吼えた。
「おい、メガネ!お前、今、一体どこにおるんや!」
せわしない・・・。
アソウがカローラツーでやって来たのは半時間後だった。
「ようやった、ようやった!」
アソウが車を降り、『もうかってまっか?』の姿勢で手をこすり合わせながら大げさにメガネを褒めた。
「で、どこや、ほれ、あ、あのぉ、メ、メルトモっちゅうやつは?」
「こっち・・・」
メルトモは公園入口にあるトイレの後ろに運んであった。あまりにも暴れるのでちょっと‟落としてあったが、アソウとそこに行くと、もう目を開けていた。
疲れたのか、さすがにもう暴れてはいないが、メガネには敵意を、アソウには胡散臭そうな目を向けていた。
「こいつがメルトモか。」
アソウがメルトモを見ながら言うと、口をふさがれているメルトモがアソウを見上げた。
「おい、こいつをはずしぃや。」
アソウがメルトモの口の中にある靴下を気持ち悪そうに見ながらメガネに言った。メガネはうなずくと、辺りを見回し、変色した割り箸を見つけ出すと、それを使ってメルトモの口から靴下を取り除いた。
「おまえ、日本語は話せるんか?」
アソウは聞いたが、靴下を取り出されたメルトモは、「クワッアァアァアァァ・・・。ぺっぺっぺっぺっぺっぺ!ウゲェッ、ウゲェッ!」とそれに答えるどころでなく、辺りに唾を吐きかけた。
そして、散々吐き散らかしたあと、「もちろん、ピラピラよ」とようやく言った。
「ペラペラ・・・や。ま、それはそうと、おいメガネ。お前、こんなのほんま、よう捕まえたのぉ・・・」
アソウがメルトモの巨体に目をやり、その動きを押さえ込んでいるのがただの小さな手拭だということを知って、心底感心したように言った。
「よっしゃ。とりあえずこいつ、事務所連れてこか。」
メルトモはもう観念したのか、大人しく言うことをきいた。
ギィィィィ!
メルトモを座らせるとソファがしなった。それを正面の椅子に座ったアソウが心配そうに見やりながら尋ねた。
「あんな、ワシ、気ぃ短いねん。はよ喋らんと、お前、モンブランやで。で、お前、何者や?」
「日本人、同じことばかり聞く。わたし、ネイム忘れた。わたし、名前ない。もう何度も言った。」
「じゃかぁしぃ!名前はもう知っとるんじゃい!ドタマかち割るぞ、ワリャァ!」
メルトモがその巨大な肩をすくませ、助けを求めるように周りを見回した。しかし、そこに居るのはメガネだけで、彼はテレビの下から抜き取った雑誌を見ていた。(やっぱり女はいいなぁ・・・)彼が飽きずにずっと見ているのは、表紙の巻頭カラーを飾った青色髪の少女とその側にいる笑顔の老女であった。彼の視線は二人の女性の間を行き来していた。異性への好みのストライクゾーンがひたすら壮大な男であった。
「よっしゃ、じゃあ質問変えよか・・・」
「その方がよかね。」
メルトモがにこやかに答えた。
「じゃかぁ・・・ゴホッゴホッゴホッ!黙って答えんかい!」
「黙ってたら、答えられやしませんね。」
もしも視線に熱を加えることが出来たなら、メルトモは今、アソウの視線で黒焦げになっている最中だろう。アソウはメルトモをたっぷり二分間は睨み付けた後でゆっくりと言った。
「お前はメガフォルテの一員やな?」
「そうである。」
「なんでエラそうやねん・・・。メガフォルテは全部で何人や?」
「一億万人。」
「・・・今度の首相暗殺の件にお前はどう絡もうとしとるんや?」
「からむ?からくないよ、わたし。大丈夫!」
「食えへんがな!暗殺やがな、暗殺!食うたとしても何が『大丈夫!』やねん!暗殺の件にお前がこれからどう関わろっちゅう腹や、って聞いてんのや!」
アソウの白目に無数の血管が浮いている。
「教えない。」
「なんや、エラそうに・・・。ま、言うわけないわな。それで、お前らのボスは・・・メクロやろ?」
メルトモが固まった。
「やろ?」
突然、メルトモが巨大な声で泣き出した。
「ど、どないしたんや?」
メルトモのそのあまりに哀れな様子に奥の部屋から出てきたミハダが、メルトモを一目見たときから流し目を送り続けていたミハダが、もらい泣きした。
「お前ら、なんやねん!」
アソウが叫んだ。
「いや、わたぁし、ほんとはこのこと話せたくない。でも話す。内緒。ここだけの秘密。誰にも言わないで。」
そう言ってメルトモは話し出した。
彼の、しょっちゅうあちこちに脱線する、分かりにくいことこの上ない話を要約するとこうである・・・。
メルトモにはメルトモそっくりな兄が一人居た。
その兄というのがどうしようもないヤツだった。
生来のパチンコ好きがたたって、自分の金はおろか、家族の金にまで手を出した。
そのせいで家は売られた。
家族全員がヤクザに追われた。
両親は度重なるサラ金の催促の電話のために一流企業を首になった。
その心労が祟って二人とも病気になった。
一家の貧しさはひどく、ある正月、一杯のザル蕎麦を家族四人で分け合って食べたこともあった。
妹はそんな状況が耐えられず、とうとう去年、行方不明になった。
シカゴの町をフラフラと歩いている彼女を見た、というのが彼女に関する最後の目撃談だった。
そして、兄は相変わらず開店前から並んでいる・・・。
メルトモは話し終わると、一段と声を張り上げて泣いた。ミハダも泣いている。今度はそれにアソウが加わると、まるでアパート全体が揺れるような騒々しさとなった。
「あのぉ、おじさん、外人でしょ?外国にパチンコってあるの?それに、ザル蕎麦って・・・」
メガネの声が部屋に、アソウに、ミハダに、響いた。
「はっ!・・・な、何やコイツ、全部嘘かいな!何っちゅうヤツや!泣いて損したわ。返せ、涙!」
メルトモがまだ鼻を啜りながら言った。
「でも、いい話はやっぱりいい話ね。これ聞いたら、私、もうダメ・・・」
「じゃかぁっしゃあっ!もうええわい。こいつ、ちょっとベッドルームに入れとこ。腹減ったわ。何か食いに行くで。」
「彼一人置いてて、寂し・・・大丈夫でしょうか?」
ミハダが湿った声で言った。
「大丈夫や。おい、メガネ。こいつ簡単に外れんようにしっかりと結び直したんやろ?」
(飯飯飯飯)「はぁ、大丈夫です。」(飯飯飯飯)
メガネが言った(飯飯飯飯)。
「よっしゃ。じゃ、行こか。」
アソウが言った瞬間だった。
「あぁ、私、日本のラーメン好きです!チャーシューラーメン、世界一です!」
捕虜が大声で主張した。
「わぁった、わぁった!買ってきたるさかい、おのれはだぁっとれ!」
ミハダが密かに台所から果物ナイフを取り出してきて、メルトモの傍にそれを落としていったことなど、ラーメンで頭が一杯の男達には当然目に入らなかった。
そして、一時間後・・・。
三人が帰ってくると、当然ながらメルトモの姿は部屋から影も形も無くなっていた。しかも、無くなっていたのはメルトモの姿だけではなかった。
「ないっ!ないないないない!なぃっ!」
メルトモの消えたことでメガネのことをひとしきり責めた後、台所にある引き出しをひっくり返しながらアソウが叫んだ。
「何が無いのですか?」
澄み切った瞳のミハダが尋ねた。
「データや!ワシが五年もかけて調べた、メガフォルテについての情報が入ったデータが消えとるんや!減給もんやでぇ!」
減給、と聞き、ミハダが動いた。
アソウのことだ、自分だけがその責任を被るようなことはしない。その影響はミハダの給料にも当然、降りかかってくるはずだった。ミハダはメルトモを逃がしたことを心底後悔した。恋より金である。
念のため戸棚の中、テーブルの下、ソファの下、果てはトイレの中にいたるまで三人で探しぬいた挙句、結局それは見つからなかった。やっぱりメルトモが盗っていったようだった。
三人とも疲れ果て、居間にぐったりと腰を下ろした。
「そもそも、メガフォルテというのは一体どういう団体なんですか?」
メガネがアソウに聞いた。
アソウの目が遠くなった。
「・・・そうやなぁ、あれはまだワシが世界公務員になりたての頃やった。まだ日本支部もなかった頃でな。ワシは世界公務員本部でただ一人の日本人やった。そこに入ってきたのが二人目の日本人、メクロやった・・・」