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それは青春でした!  作者: 雨森晴
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 放課後、衣織の顔はまるで炭の様に真っ黒に染まっていた。

 あの後。教室に戻れば私の居た中等部生徒会室に近くより明らかに遠い高等部生徒会室に居たであろう男は、何故か私より先に教室に居りにこやかに談笑していた。

 どう言う裏技だ。白井。とじっと睨みつけてる訳だが効果は今の所発揮されておらず教室の隅で普段通り生活しているのが腹立たしい。

 白井祥太郎。

 中等部に進学して二週間で生徒会長にて就任した秀才。

 理事長が面白がって任命したから生徒会長になった人物である。

 容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、文武両道、品行方正…とまさしくパーフェクトボーイ。

 そのぐらい完璧なら性格ぐらいゆがんでそうだが爽やからしく人当たりは良いわ、冗談も言えるわ、ノリの良さも良いわとあってそりぁぁぁもうおモテになる。

 ちなみに上記記載分の白井祥太郎についてのレポートは白井ファンが口を酸っぱくして耳タコの様に説いてくれるだけで決して断じて衣織の感想ではない。

 あぁ! 腹立たしい! あいつなんて腹黒いだけの悪魔じゃないかっ! 白井じゃなくて黒井じゃないか!

「衣織、顔真っ黒だよ。悪の大魔王みたい……」

「何々? そんなに熱い眼差しを送って。恋ってやつっすか?」

「…え、やだ。衣織ちゃんの彼氏は生半可な男じゃ認めないよ!」

「白井はダメだよぉ、衣織ちゃん消されちゃう」

「……残念ながら、一万年と二千年前から憎くて、八千年過ぎた今日この頃殴りたくて仕方ないんです。一億と二千年後にはさらに嫌いになってる気がするんですが何か?」

「何それその愛重たすぎる。」

 白井マジでなにしたの? と由宇衣に聞かれて、あたしの腹立つこと。と、返す。

 がたりと、席を立ちにこやかに小田達に手を振る白井に視線を向け続ける。奴が教室を出て数秒経ってから自分も教室を出る準備を始めた。

「今日はもう委員会あるから行くね……」

「はーい。また明日ねっ」

 後でメールするーと実尋と由宇衣に言われたのを了解ーと返し喜紗と藍にも手を振る。

 生徒会室へ向かう白井はすれ違う先輩や同級生にも丁寧に挨拶をしながら歩いて行くのを見て生徒会長の鑑だなぁ、皆様騙されてるのに、と心の中だけで感想を述べる。実際口にしても叩かれるのは私なのならおとなしく貝になるべきですよね。

 白井が中等部生徒会室に入って行くのを見てほんの少し時間を空ける。

 重厚感たっぷりなこの扉は一般生徒を拒む様である。先ほどは怒りと言う勢が有ったから叩けたけど今は昼休みにくらべてこの扉を叩くのに抵抗があるが、それでも行かねばならない。

 守りたい人がいるから。

 大切にしたい人がいるから。


 一回唾を飲み込み口の中をごくんと言う音を鳴らすと何と無く喉は潤わないが落ち着いた気がする。

 意を決して焦げ茶色の扉を叩こうと拳を作るとがしゃりと重たい音が響き力強い何かに腕を引っ張られ視界が反転する。

「うわっ!」

「僕のことストーカーする程想ってくれてたの?」

 どさりと何か硬い様な柔らかい様なものに当たり、上から降ってくる声にはぁ? と視線を上げるとそこにはさっきまで追っかけてた白井の顔。そんなに身長差が無いので回りが恰好良いと評価する顔が近くて苛々する。

 その声で現状を把握する。腰に回された温かいモノはどうやらこいつの腕の様で。硬い様な柔らかい様なものはどうやらこいつの上半身だった様だ。

 そして白井の顔越しに見える見慣れた焦げ茶色の扉に、引っ張られて抱き止められているんだと知る。

 一瞬で身体中の鳥肌が立つ。

「さっきの熱い視線も嬉しかったしね」

 ふふと笑われてそっと頬に手を寄せられる。まるで付き合ってる恋人の様な行為が腹立たしい。

「…祥、これ以上ちょっかいかけたら嫌われるぐらいで済まないと思うけど?」

 聞き馴染みの無い穏やかな声がしてそちらを振り向くとそこには確か生徒会副会長である一組の生徒と、地獄の会計委員会委員長潮江文次郎先輩、それから中等部会計委員会代表である神崎左乃先輩がいらっしゃった。

 こいつの腕の中にいると言うことが恥ずかしくて離れようと身体に力を入れるが、白井はぎゅうっと抱きしめて来て離してくれない。おい待て白井離せ。

「どうせこの後殴られるなら今の内に褒美もらわなきゃ割に合わないじゃないか」

「……あんたはあたしに殴られることをするわけ?」

「ん?……ね」

 何が、ね。だ。可愛らしくトボけるな。


「それでなにしに来たの? 放課後の魔術師さんは」

 離すつもりはないと言わんばかりににっこりと微笑まれながら質問される。こっちが体を捻ろうが無理矢理体を引き離そうと体を逸らそうが、男女の力の差なのかそれとも人体の仕組みを理解してるのかピクリとも離れそうに無いので諦めて先に質問に答えることにする。

「……イベント参加を拒否させて」

 その発言に白井以外の三人がざわりと動揺を示す。

「それは無理だよ、二宮さん。……この学園に居る限り学園長の思い付きを拒否することは出来ない。それはこの学園の規則であり絶対だ」

 副会長が、だから不参加は出来ないと重ねて規定の説明をしてくれる。

 そうこの学園は学園長の戯れに対して参加拒否することは許さない。もし、不参加の生徒が居たならばその生徒は容赦無く成績を落とされるという……ここが私立だからこそ許される暴挙。

 だからと言って納得は行かない。

「……百歩譲ってジューンブライドはどうにかしますよ。だけど……あたしがイベントとして認めてないのはもう一つの方、都月先輩の披露イベントは中止して下さい」

 そう自分の中では極力静かな声色で伝えるとそっと白井の腕が解かれる。

「無理だよ。都月先輩もここの生徒で有る以上、学園長が決定を出したことに異議は唱えられない。それは君もわかってる筈だ」

 ……ふざけるな。

 ふざけるな。

 ぎゅうっと震える拳。ぷつんと音がして何か溢れ流れてるような気がするけどもう今さらだ。

 だってそうでしょう?

 学園長の欲望の為に生徒が犠牲になって良いなんて、学園長の欲求の為にあの優しい先輩が悪意に包まれるなんてそんなの納得いかない。あの先輩は目立ちたく無かった。ごめんねと困った様に笑う先輩は目立ちたく無くてひっそりと生きてた。あたしはそんな控えめの生き方を無理矢理変えたく無い。

 ふつふつと身体の中で何かがぐらついてそれを隠すかのように拳への力を込め直す。


「そんなに文句言うなら他の生徒も納得いく面白いイベントはあるの? 二宮さん。なんなら放課後の魔術師公開イベントにでも変えようか? そしたら都月先輩も壇上に上がらなくて済むし、学園長も妥協案として認めてくださるだろうし生徒たちも気になってた様だし良い案だと思うけど? 君が都月先輩の身代りに正体を曝すつもりがあるならね」

 よくもまぁペラペラとふざけたことを言ってくれる。

「……正体を明かすつもり無いなら君に拒否権はないんだよ?魔法使いさん」

「うるさい」

 白井の口から漏れる悪意を止めたくて一言だけ抵抗する。あんただけはあんたの口だけからはそれをそこ単語は聞きたく無かった。


「…っ! 放課後の魔術師は物語も彩るだけの魔法使いでありただのモブで一つのキーでしかない! ただお姫様を幸せにするきっかけであれば良い。魔法使いが目立てば物語は崩壊する。だからあたしたちは正体を明かさない!」

 魔法使いの正体なんて明かしてはいけないのだと思っている。でも明かす事で都月先輩の平穏は守られる? あの小さな先輩は幸せになる?

「放課後の魔術師の名前はたった1年足らずでもう有名になりかけてる。それこそモブや一つのキーの範囲を超えている。もう正体を隠し続けるのは潮時だと思うけどね?」

 そんなのわかってる。

 それでも。

 あたし達は、影でありたい。


「良い頃合いじゃないのかな? 学園の生徒も気になってたことが解消されるし都月先輩も守れる。それに学園長への妥協案としても申し分は無いしね」

 ふざけるな。

「二宮さんは正体を明かすつもりは無いならこのまま進めるし良いんだけどね?」

 ばんっ!

 それ以上白井の暴言に耳を貸したく無くて奴の顔右側に思いっきり拳を突き刺した。ジンジンと指の骨が痛みを訴えるけど、それよりもそれ以上になんでだろうか、心の方がズキズキと痛みを発する。

 存外重厚感たっぷりのドアに刺して響いその音に副会長が小さくわっ!と驚く声が聞こえてくる。

「あれが壁ドン……女の子からやるなんて中々斬新」

「黙れ」

 ゴンっとそこにいた先輩が風紀委員長に頭を殴られたらしい。

 そんな事はどうでもいい。


 あたしは目の前の白井を睨み付ける。

 学園長の欲望が満たされればどんな手段も使っていいわけ? 学園長の快楽の為に一人の生徒の生活が平穏に過ごせないなんてそんなのおかしすぎる。そんなに学園長が大事? それの為にあたしは犠牲になっても良いと? ふざけるな。その為にあの人が犠牲になるなんておかしい。学園長のための学園ならばこんなところあたしは未練はない。

 ぐっと奥歯を噛み締めると飄々とした表情で見下ろして来る白井に目線を合わせる。

「あたしはあたし達に関わった人を困らせてまで活動するつもりは毛頭ない! そうするぐらいなら私はここを辞め「ボク、でます」」

 クスリと真横から聞こえた笑みに虚を付かれる。おっとりしたその喋り方は何時間か前に知り合った優しい先輩のもの。

 ちらりと右を見るとちょこんと小さな先輩が朗らかに微笑んで居た。

「都月先輩…」

「ボク、出ますよ。そしたら衣織ちゃん公開しないで良いでしょう?」

「でもっ」


 しぃーと都月先輩が口許に指先を当てて笑う。もう片方の手にはさっきプレゼントしたグロウ ーgrow&glowーのカード。

「さっき秘密教えてくれて嬉しかった。見知らぬボクを信じてくれて嬉しかったから。仲良くなりたいって言ってもらえて嬉しかったから」

 だからね? と都月先輩はふぅんわり笑う。

 だからボクは衣織ちゃん守りたいんだ。

 その響きはとても優しかった。

「そのために犠牲になるなんて」

「犠牲じゃないよ?ギブアンドテイク。だってボクを美少女にしてくれるんだよね?」

 柔らかに笑うましろ。それでもう決まりだと言わんばかりの穏やかさで彼女は続ける。

「ボクに君の秘密を守る手伝いをさせて欲しいんです。ボクなんかを仲良い先輩で居て欲しいと言ってくれた可愛い後輩の秘密を、ボクが出ることで守れるならそんな簡単なことないから。だから依頼させてください」

 自分が簡単に告げた秘密にこんな事言ってくれるなんて。

 衣織はぎりりと歯噛みする。警戒心を取りたくてあっさり告げた秘密をまるで自分のことの様に真剣に向き合ってくれる心優しいこの先輩。告げてしまった自分の軽はずみな行動に自責の念すら抱く。でももだっても使いたく無いけど、どうやったらこの、優しい先輩を辞退させれるか。

「さてと……都月先輩も自らの意思でこの生徒会室で、こう言ってる事だし何も問題ないでしょう。そんなに公表したいならイベント終了時に放課後の魔術師の紹介もするよ? そしたら都月先輩の優しさ踏みにじることになるけど? それでもいいのかい?」

 いいわけないよね?と笑う白井が腹立たしい。

 生徒会室で生徒会長の前で是の宣言してしまった以上覆す事は出来ない。生徒会委員は学園長の代理権限を持つため、生徒会役員の前で発言したことはそのまま学園長へと宣言したことへと繋がるのだから。

 だからあたしがいま叫ぼうとした退学願いも遮ってまでこの優しい先輩は自分が出ると申し出てくれたのだろう。

 その優しさに泣きそうになり、さてと笑うましろの声が遠くで聞こえる。

「指名された複数人以下の特定生徒がイベントに参加する場合、特別報酬が与えられる。以上東雲学園生徒会校則。…これが本当なら僕にも特別報酬は与えられる筈なんだな?」

「勿論。ただひとつ学生らしい望みならば全て認められます」

 その副会長の台詞にありがとうと告げるとましろはぴょこんと衣織を見つめる。大きな目。全てを見透かしてしまいそうな梅雨草色のその双眸に耐えられず知らず衣織は目線を外す。


「ごめんね、衣織ちゃん。守らせて欲しいんだな。そしてボクのわがままに君を巻き込むから、ごめんね」

 小さい背を伸ばして優しく頭を撫でてくれる白い先輩はそれからと小さく呟いた。

「あんまり人に聞かせれないひどい見返りを僕は求める。出来れば衣織ちゃんには聞いて欲しく無いから、……ごめんね?」

 そのごめんねは出て行ってくれのごめんねの意だとはすぐにわかった。辞退なんてさせるどころか、優しく気遣われ挙句にこの空間から立ち退きたいあたしを逃がしてくれることに申し訳なさが募る。今度は逃げずにじぃっとましろをみつめる。大丈夫とその目が教えてくれるから覚悟を決めて聞いてみる。

「本当に良いんですか?」

「うん、良いです。お願いします」

 あたしは放課後の魔術師を名乗った日から幸せにしたいと願った乙女を綺麗にしてきたつもりである。

 今あたしはこの目の前の先輩を幸せにしたい。ならば優しさに報いる為には抗うより素直に事を進めるしか無い。それが目の前の先輩を犠牲にした上での幸福であっても、大丈夫と言われた以上、きっと大丈夫と必ず犠牲にならずに幸せになれると信じて突き進むしかない。そう、己に言い聞かす。

「かしこまりました。貴方の願いしかと承りました…」

 本当は悔しくて仕方ないけど。

「では都月先輩のわがままとやらをお聞きしましょう……二宮さん。また後日と言うことで退席をお願いしていいかな?」

 爽やかに告げる白井を思いっきり睨み吐けると腹立たしい気持ちを持ったまま、仕方なく部屋から出て行く。勿論ましろに挨拶と次回伺う旨は忘れずに告げてから。

「あ、二宮さん。明日放課後の魔術師と生徒会で話し合いしたいから宜しくね?」

 副会長に告げられた言葉に一瞬だけ立ち止まり、無視する様にましろに呟く。

「都月先輩、明日の放課後お伺いいたしますのでよろしくお願いします」

 やな奴やな奴やな奴やな奴やな奴!!

 込み上げる怒りに生徒会室の重厚ある扉をこれでもかも強く閉める。ふつふつと上昇する怒りに身を任せ、科学室の扉も思いっきり開け放つことになるのは数十秒後の出来事である。





 衣織が立てた騒音に小さくため息を着くと白井はやれやれと自分に充てがわれている生徒会長の席へも座る。

 その前には覗き込む様に両膝立ちで笑う先輩。

「ずるい人です」

 くすくすと笑う先輩に白井は何がでしょうかと穏やかに返す。その返答にも楽しげに彼女は小さく困った様に微笑む。

「わざわざこの生徒会室に時間指定で僕を呼び込んで、特別報酬をつけてまで……そこまでして衣織ちゃんが大事で守りたいんですね」

 下から見上げてくる大きな双眸。その双眸は全ての嘘偽りも見透かすんでは無いかと思うぐらい力強く透き通っている。

 成る程、あの噂はこう言うことかと再確認させられる。断言できると言うことはそれだけ注意深く人の事に機敏に察することが出来るから出来ることである。

 だからこそ嘘偽りは通用しない。白井はその双眸に負けないだけの意思を込めて告げる。

「はい。僕は利用できる全てのものを犠牲にしてもあの子を守りたいと思ってます」


「良いよ。使われてあげる」


 暗に先輩である自分も利用すると告げられてるのにましろは楽しげに笑った。そのことに祥太郎は冷静にそうですかと言うだけで副会長の方が驚いてたけど。だってそうでしょう? 言い切れるなんて素敵だとおもう。自分にもこんなに愛してくれる人が居たら良いのだけど。脳裏に過った人をゆるく頭を振ることで追い出す。願うだけ無理なのは分かってるけど。

 目の前の後輩を再び見つめると小さく告げた。

「貴方も困ってるみたいだしね」

 にったり笑うと白井。それを見て副会長の豊福がおろおろとしていた。

 ごめんね、巻き込んで。

 その言葉に白井は困った様に頬をかいた。




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