-9 お前が好きだ
【── お前が好きだ ──】
布団を押しのける。
その様子に気づいた養護教諭の哉子が私の体調を気にかけた。
眩しい日差しが窓とカーテンの隙間から零れる。
コハクと話していたのは夕方だった。ということは一日過ぎているということだ。
「いい友達を持ったわね。そのうち一人は彼氏さんかな」
「え、どういうことですか」
コハクが倒れた私を保健室へと連れていった。そして、その噂を聞きつけて砂が急いできて無事を願っていたようだ。続いて、雪斗も無事を祈りにやってきた。特に、砂のソレは友達とは思えない程だったという。
どうして、砂はそんなに私のことを思って願ってくれたのだろうか。
時刻は昼の二時半ちょっと。授業の時間だ。
経過観察のため布団から動けない。
待ちぼうけしている間にチャイムが響いた。少し後に、足音。砂だった。
「目を覚ましたか。もう心配かけさせんな」
私はごめんと言うしかなかった。それだけ私のことを思って……
そこで疑問がぶり返してきた。
「そういや、どうして砂はそんなにも私のことを思ってくれてるの?」
彼は少し息を溜めた。
狼のような目が私を捉えている。
「それはお前のことが好きだからだ」
えっ────
体に熱気がこもっていく。体が熱い。
布団の中にいるせいで熱気がこもるのだと自分自身に言い訳した。だが、その言い訳は脆くですぐに崩れていった。
心拍数が上がる。気を緩めれば息ができなくなりそうだ。
そんなこと今まで言われたことなかった。
急にそんなことを言われて動揺を隠せない私がいる。それでも下を向いて隠そうとした。
まともに顔を見れなくなっている。
ずっと背けてきた。慣れない状況に私は何もできなかった。
そこに雪斗もやってくる。
「ねぇ、大丈夫? 良かった。無事でいて」
安心したように息を抜いている。
しかし、彼の表情を見た途端なぜか体に空気を溜めた。
「俺は……俺の思いを伝えた」
「えっ。なんで……。酷いよ」
「酷いなんて何度でも言え。俺は本気だ」
その場から離れ際に雪斗に指さす。
「絶対ぇ、雪斗から天音を奪ってやるからな!」
後ろ姿が見えなくなった。
「僕も行かなきゃ。けど、伝えなきゃいけないよね。僕も天音のことが好き……なんだ」
頭がこんがらがる。
嬉しいのに辛い。今急に二つの選択肢を突きつけられた。
彼の後ろ姿を見送った後、静かな保健室で途方に暮れていた。
【── 選ばれし二人のバカ ──】
「なんか今日はいつもよりも機嫌がいいのかみ?」
「え、そうかな」
体が軽い。
梅雨は終わったのか晴れの日が続くようになった。
「それではテストを返していきます。平均点は六十三点。残念ながら赤点は二人いました。次からはゼロ人を目指して下さい。それでは四十物君から一人ずつきてください」
「ふっ。選ばれし二人の片割れは僕様とはね。やはり勇者の生まれ変わりは違うぜ」
どっと笑いが起きる。
賑やかな教室の中でみんなはテストのことを考えている。けど、私は違った。ずっと昨日のことを考えている。砂の告白。雪斗の告白。今でも頭の中では処理できていないはずなのになぜかにやけてしまう。
トントン、と肩に手が当たる。「並ばないの」と知らせてくれたのだった。
慌てて彼の後ろについていった。
「次のテストは点数が上がるように頑張りなさい」
あ…………はい。
さっきまでの浮かれ気分は消え去った。
現代文のテスト。二十八点。黒板に書かれた平均点と見比べる。平均点を大幅に下回っているどころか、赤点の域に入っている。まさか現代文までも赤点だったとは。
これが最後のテスト返却だった。
夕方となってテストの短冊が配られた。そこには自分のそれぞれのテスト結果と学年順位が書かれてある。
学年順位三十三位。前回よりも二つダウン。
きっと雪斗は頭がいいから聞いたらショックを受ける。砂に順位を聞きにいった。
「聞いて驚け。俺は十八位だ」
「…………へ?」
中間テストは同じ三十ぐらいの点数だったのに。同じ学校で、同じように馬鹿だったはずなのに。……なぜ。
「嘘だ。砂がこんないい点数取るわけない。私は騙されないぞ」
「嘘じゃねぇぞ。見るか」
「いや、いい。やめとく」
見たらもう立ち直れなくなりそう。
「すまねぇな。俺は馬鹿から一抜けするわ」
頭に手がのり、くしゃくしゃと動く。絶望的だった。到底信じられない。そして、なぜそんなにも順位が高いのかが横入りで知らされた。
「僕との勉強会が役に立ったね。寮部屋が僕と砂君の二人だけだからね、ルームメイトとして役に立てて嬉しいよ」
「ああ、サンキューな」
そういうことか。
「ついでに聞くけど、雪斗は何位だったの?」
「ああ。僕はありがたいことに一位だったよ」
ありえない。元天気高校とは到底思えない。もはや私は絶句した。ふわふわした幸せから一気に現実の厳しさを思い知った。
「それで雨音は何位だったんだよ」
私は口を紡いだ。
【── 大切な生徒達 ──】
夢を見たことを二人に伝えようと思ったが、コハクも一緒に交えて話した方がいいと考え、場所を用意することにした。
そして、四人が空っぽの教室に集まった。
三人に夢で見たことを伝えた。一字一句漏れがないように気をつけた。
「なるほど。それで黒のことを知っていたのか」
疑わしかった選択肢が一つ消えた。さらに、校長への疑念も消えた。
「けど、そうなるとなぜヘルベロスが現れたのか。なぜ霜先生の予知夢を見たのか。また一から探さないといけないよね」
謎は消えてない。けど、それを解くための誰かへの疑惑で起こるモヤモヤもない。
清々しい気分になっていく。前までの重い心はなんだったのだろうか。今では考えられない。
「君たちの力ではその答えには辿り着けないだろうね。だけど、安心して。今日からは僕も協力するよ。はやく謎が解けるといいね」
三人で歓迎する。頼もしい助っ人だ。
お開きになる頃に、コハクは独り言に近い言葉を発した。
「ここにきた時、校長先生は最も大切なものができると仰ってくれた。もうとっくにできていたんだね。ようやく、その大切なものに気づけたよ。大切な生徒達────」
コハクは小さく笑っていた。優しく穏やかな表情を夕陽が照らしていた。
【── 演し物 ──】
残りの学校を終え、夏休みがあけたら、文化祭が待っている。それまでに文化祭の準備を終えなければならない。今日はその演し物を何やるか決めることになった。
黒板に案が書かれていく。
演劇。屋台。性転換カフェ。巨大写真アート。お化け屋敷。イントロドン。そこで地子は白いチョークを滑らし終えた。
そして、数分考えた後、黒板の中から一つ選んで紙に書くこととなった。
「今から何かいいかをその紙に書いて下さい」
その結果を元に幾つかの候補が消された。
生き残った三つ。性転換カフェ。お化け屋敷。イントロドン。
そこから一つを選ぼうとした時に双子が止める。彼女は他の教室の様子を見て回っていたみたいだ。
「残念ですが、「3組」がお化け屋敷に決定したため、もう選べなくなりました」
そして、残るは二つに絞られた。
どちらかに手を上げる。多数決の結果、一組の演し物は「性転換カフェ」に決まった。
男は女装をし、女は男装をする。その格好でカフェを営むのだ。
演し物を成功させることを目的にクラスは団結する。
頭の中が演し物でいっぱいになった。赤点のことを数日間忘れてしまうことができた。