-6 好きという気持ち
【── 秘密部屋は四番目 ──】
秘密部屋へと入った。
部屋の中に明かりが灯る。薄暗い電球が光る。
砂は消した壁を元通りにした。彼の能力は消すだけではなく、消したものを召喚することができるようだった。
突然密室に閉じ込められた。
女の私と男二人。閉じ込められた男女は。もしかしたら雪斗が振り向くチャンスかも知らない、と頭を過ぎる。
本棚にある本を開かれた。無数の文字が並んでいる。雪斗曰く、この本は論文というみたいだ。
部屋の隅々を確認するが出入口はなかった。
なぜこの部屋があるのだろうか。そもそも……
「なんで秘密部屋が分かったの」
「ああ、ピカソが教えてくれたんだ」
あの日、ピカソに連れられたように彼もここへ連れられたのだろう。あの猫は謎が多い。
三人であれやこれや話していく。他人の目を気にすることはない。どんなに学校に対する悪口を言ったって、口を割らなければバレることは無い。
そして、何にも起きることなく秘密会議は幕を閉じた。
まだその時ではなかったようだ。
私は女子寮を一人で歩いていた。廊下でルームメイトの倶胝地子と顔を合わせた。
「あら、どこに行ってましたの」
ルールに厳しく、彼女にバレたら咎められ先生に報告される。もうあの秘密会議はできなくなる。それだけは避けたい。そう思いとっさに嘘をつくことにした。が、全く思いつかない。片言の言葉で時間をつなぎ、ようやく出た言葉は「星空を見てた」だった。
「怪しいわね。本当に星空を見ていたのかしら。何かよからぬ事を」
「い、いや、そ、そんなことしてないから」
自分自身でも動揺してることは分かる。しかし、咄嗟に出た言葉を戻すことはできなかった。
ニヤリと笑ったように見える。嫌な予感しかしない。
そこに、救いの光が現れた。
「ちょうど、そこにいるのは地子さんと雨音さんじゃないかみ」
右と一緒だった。
二人が合流して問い詰めは終わった。別の話題がそれを忘れさせようと働きかけていた。
明後日は球技大会。学校全体その話題で持ち切りで、私達も例外ではなかった。
「そうだ。明日の放課後、設楽特肉屋の熱盛ハンバーグ食べに行こうぜ。試合前にスタミナつけなきゃいけないしな」
それを聞いて口並み揃えて「いやちょっと」と拒否を示す。熱盛ハンバーグはボリュームのあるステーキが売りだ。肉の質を落としている代わりに激しい運動部の男子どもが好みそうな量を提供する。つまり、質より量だ。
私と地子は食べ切れる気がしなかった。また、明はわざわざそこのハンバーグを食べる気にはなれなかったようだ。それもそうだ、質を捨てればハンバーグなど簡単に召喚できるからだろう。
「じゃあさ、その近くの空色パフェでも食べないかみ」
とても気になっていたパフェだ。が、少し、いや結構値が張っている。
「そのパフェって、確か、高すぎ……だったような」
「そうね。気軽には食べられないわね。けど、そこなら他にも美味しいのはあるし、いいんじゃない」
彼女の口から良いと漏れたのを見逃したくはない。思いっきり、同調した。右は最後まで渋って肉を挙げていたが、結局喫茶店に行くことになった。
月が落ちて日が登る。喫茶店に座った私達はそれぞれのデザートを頼んだ。
三人は、ほんの少しだけ高いけどその分美味しいパフェを頼んだ。明だけ空色パフェ、のさらに高い巨大空色パフェを頼んでいた。一人だけ場違いなパフェが机に乗る。顔を隠す程の大きさに苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「まさか、私が女子高生してるなんてね。前の学校は友達とかいなかったから、こんなこと始めてだわ」
彼女の一面が見え始める。真面目さで覆われた心が顕になっていく。
優しい陽光が私達を照らす。
口の中で甘いクリームがとろける。コンフレークが程よい食感を与えていた。
「今、ふと気づいたのですけど、寮で耳さんを見かけないのは、なぜなんでしょう……」
その人を思い浮かべる。艶やかな細い髪。華奢な体つき。恵まれた可愛さ。大人しい振る舞いが印象に残っている。私もずっと女の子だと思っていた。
「それは女子寮でだろ。そりゃあ、耳は男なんだから、みないだろ」
衝撃の事実。女だと思っていたのに、まさか男だったとは。
話に火がついた。
着火剤はまだまだある。明日の球技大会。恋バナ。けれども、時間がそれを許さない。幸せな時間はこうも短い。もっと燃えろと願っても、蝋燭はすぐに燃え散って消えていた。
【── 球技大会 ──】
体育館で行うドッジボールに雨など痛くない。
半日行われる球技大会。総当たり戦で一番強いクラスを決める。最初のカードは一組と三組だった。
砂や右は瞳に赤い炎を宿していた。
試合を見る者、自由を満喫するため別の場所に行った者達。試合しない二組は疎らとなっていた。
体育の先生の掛け声で試合が始まった。
運動神経トップツーは初っ端から敵を倒しにいく。一組は強い攻撃で早い決着を求めた。しかし、逃げとキャッチを徹底し、何とか張り合ってくる。内野と外野との上手なコンビネーションで翻弄してくる。気を抜けば、一人脱落する。
残り時間を見る。横に視線を向けた瞬間、ボールが触れた。そして、軌道を変えて床に落ちる。アウト。私は仕方なく外野へと向かった。
守りが固くて敵を倒せない。
そして、三組の内野はゼロとなった。二人の先鋭と二人の戦闘員が荒れた大地に立っていた。
第一試合の前半は一組が四点リード。
コートを変えて、再び試合が始まった。
やはり、二人が先陣を切る。敵の粘りが増しているのだろうか、全く倒せなくなっている。
前半はタイマーを見て当てられた。今度は油断する訳にはいかない。全力で逃げ回るが、素早いパス回しで目の前にボールがくる。近距離で放たれるボールで私は場外に飛ばされた。
外野から様子を見る。先鋭の二人の体力が落ちているように見えた。
相変わらず速いボールも一段階威力と速さが落ちた気がする。
敵にボールが取られる。そして、素早いパス回しと隙をついた攻撃。ついに、砂が倒れた。残るは二人。その一人は右だ。彼女ならやってくれる、と思ったすぐ後にアウトとなっていた。
六人の敵が立ち塞がる。周りには無数の敵が囲む。一人のその男はそんなことお構い無しだ。ボールを取ることはしないで逃げ惑う。
タイマーが鳴る。彼一人だけ生き残った。
三組に五点入った。
前半と後半の合計。四対五で一組は敗北を喫した。
次は二組と三組との試合。時間の余った私は雨の見える廊下へと出た。一人で見る雨も趣がある。
時間を確認した。もう試合は始まっている。その次の試合までの暇つぶしのために適当に歩いた。何となくで歩いてた。歩いていると二組のいじめっ子の一人を見つけた。試合をしているはずの彼がそこにいる理由は分からない。気になって近づくと、懲りずにいじめを行っていた。一方的にやられているのは一組の二山耳だった。
【── 右と耳 ──】
「ねぇ、何してんの」
「ちっ、またかよ。女は来んな。しっしっ」
私を無視して、相手を耳に絞っている。美しい髪を掴んで顔を近づける。
「さあ、続きをやろうぜ。俺がお前を男にしてやるよ。まずは髪を切ってやるから、ありがたく思えよ」
やはり、こいつが嫌いだ。今すぐにでも殴り倒したい。だが、返り討ちにされるのではないか、という不安が体を止める。ヘルベロスの虚像とともに敗北という文字が浮かぶ。正義感と冷静さのジレンマが心に突き刺さって痛い。
横を通り過ぎる一人。考えるよりも先に体が動いていた。まさにそんな感じだった。
「おい。何してんだよ」
鬼の形相で睨む。今の右は誰にも止められない気がした。
体が解放される。ジレンマを感じた私が情けない。
いじめっ子の彼は逃げ出した。追い討ちをかけるように彼女の声が響いた。
「次の試合、絶対に憶えておけよ。許しを乞いでも許さないからな」
彼女が耳を救い出した。
その姿を傍から見ていることしかできなかった。どうしようもない気持ちを隠すために爪で指の皮を刺していた。
二組と三組の試合は三組の勝利に終えたようだ。
一位は三組で確定した。これは最下位決定戦でもあった。
コートに立つ右は誰にも止められないオーラを放っていた。試合の開始。最初にボールを持ったのは彼女だった。
ターゲットは決まっていた。耳をいじめていた十一鼠エルレに目線を向ける。
彼女自身の全力を越していく。今までの試合では見せていない火力のボールがエルレを撃ち抜いた。
だが、力が余る。彼女を筆頭に調子付いた一組は圧倒的勝利を収めた。続く後半も同じように勝利を収めた。
球技大会が終わった。
雨が降り頻る中、三組が拍手で褒め讃えられていた。
【── 好きという気持ち ──】
球技大会の次の日、雪斗は私達をあの部屋へと呼び出した。落ち着くような落ち着かないような、この空間に未だなれない。
机の上に分厚い本が広げられた。
開かれたページを覗き込むように見た。そこには、校長と夢に出た男が二人写った写真だった。
「これを見て、気づくけど思うけど。校長の横にいるのは、例の奴らの大ボスだ。分かるか、元凶と校長はグルかも知れないんだ」
もし夢が本当ならコハクは彼らの仲間だ。さらに、写真が事実なら校長も同じく仲間……。
ようやく私達が大きな黒い台風に巻き込まれにいっていることに気づく。もしかしたら気づいてはいけないことに気づいてしまったのかも知れない。禁断の領域に踏み込んでしまった。この学校自体が彼に利用できるように育成する学校なのかも知れない。
その彼は謎に包まれていた。私に開示されている情報は二つ。障害者など八名を殺害したことと、ヘルベロスを送り込んだ奴の仲間ということ。未知が合わさり、イメージが悍ましくなっていっている。
近づく足音。何も無いはずの壁からする。
誰かがくる。
小声で「隠れるぞ」と放たれた。そのまま、部屋の片隅にあった箱の中に隠れた。
真っ暗闇の中、密室のさらに密閉された空間。その中に集う三人。
雪斗と砂と体が触れ合う。片方は少し冷たく、もう片方は温かい。
誰かが部屋に入ってきた。足音が強くなっている。
息を殺す。バレないようにしているから心臓の音が速くなっているのだろうか。いや、違うな。雪斗とこんなに密着してるから胸が破裂するぐらい踊っているのだろう。
「私もまだ若かった頃です。研究者だった私は魔法というものを研究していた。まだ魔法は空想の時代。魔法の研究などバカバカしいと笑われてきた」
誰もいないはずなのに喋り出した。
「面白半分で参加したのか真面目に参加したのか、最初は協力してくれる研究者も多かった。それでも結果の出ない研究に一人、また一人と研究者が減る一方。最後まで残ったのは私と夢幻の二人だけだった。結果が出ず、周りからは笑われる日々。それでも諦めなかった。そして、ようやく成果が出た。それが約五十名程度の人間を魔法使いに変える装置。ただし、幾つか条件があった。ちょうど高校生にしか効果が出ないこと、なれる人を選べないこと。それでも魔法の実験は大成功だったのです」
独り言とは思えない。気づいているのではないかと疑った。
「そこまでは良かった。その魔法の使用について意見が対立してしまった。私は魔法で社会の夢を叶えることを望んだ。だが、夢幻は魔法で《世界征服》と《不老不死》を叶えることを望んだ。そのためには殺害はやむを得ないと、今日に至るまで救いようのない罪を犯してきた。それに反発した私達はこの学校を作り、不必要な殺生から守るとともに、社会の役に立てる魔法使いを育てたかった」
箱の前に何か気配がする。
気づかれた。
「安心しなさい。もう隠れなくてもいいですよ」
狭い空間から抜け出した。
疑いの目を持たない瞳。優しくて温かい。どこか父親を想像させる雰囲気があった。
「すまないね。我が子ども達よ。夢幻らから守りきれず、恐怖というナイフで心が深く傷ついただろう。これだけは憶えていて欲しい。私達は全力を上げて君たちを守る。君たちを傷つける先生は誰一人いない。誰でも頼りなさい」
黒か白か。コハクは白と念を押された。しかし、夢がそれを拒む。あの夢は妙に説得力があった。想像ではなく、本物を見ているような。
コハクへの疑心暗鬼は取れなかった。
ただ、校長への疑いは晴れていた。
その場は解散となった。
雪斗は図書館に寄るということで砂と二人きりとなってしまった。
そこで思いがけない発言が放たれた。
「お前、雪斗のことが好きだろ?」
ずっと思い隠していた。今まで恋をしたことがなかった。
きっと雪斗への思いも、それは恋愛として好きなのではなく、友人として好きなのだと思い留まっていた自分がいた。雪斗との恋愛イベントに覚えがない。それが思い留まらせる後押しとなっていた。
私は本当に雪斗が好きなのだろうか。その真偽を試したくて、気持ちをさらけ出せる空間で二人きりになりたいと知らず知らずのうちに考えていたようだ。
ずっと自信がなかった。そのせいで色んなことから逃げてきた。恋愛からも逃げてきた。それなのに、青春などから縁もゆかりも無い人生を歩いてため息を吐いていた。
今ようやく縁のないレールの上を歩いている。
彼の一声をきっかけに目の前に突きつけられた壁。
私は整理できないまま雪斗のことを好きになっていいのかな。
このまま背伸びしたようなレールの上を歩いていていいのかな。
「ごめん。分からない」
その言葉しか浮かばなかった。