-5 疑惑の目
【── 三番目は夢の中で ──】
学校と張り合うぐらい豪勢な内装。広い空間に美しく象られた机や椅子が並んでいる。
階段に敷かれたカーペットを踏みつけて進む二人の若い男。後ろ姿しか見えないが、一人は魔法の授業を担当している霜コハク先生であることは分かった。若き日の姿だった。
傲慢な態度で椅子にもたれかかる男。彼もまた若い。そして、その男を私は見たことがある。魔法使いになったあの日にすれ違った不審者で違いないだろう。
彼の前で二人は跪く。
それを見下すように眺めていた。
「霜コハク、天堂黒。二人を私の仲間に加えてやろう」
それを聞いた二人は「紛うことなき幸せ」と言い放ち、忠誠を誓った。
禍々しい波動が流れていく。
その波に飛ばされ壁へと衝突する。押し潰されているはずなのに、痛さを感じない。壁の向こう側へと飛ばされた。そこは何にもない宇宙のような空間。なぜか体が動かない。指を動かそうとしているのに、体が拒否している。何度も何度も体を動かそうと挑戦していった。そして、ようやく体が動いた時に。
ゴンッ。
二段ベッドに頭をぶつける。痛さが体に染み渡る。見渡せばベッドの上。すぐにさっきの映像は夢だったと気づく。
だが、それにしてはおかしい。私は夢に出た天堂黒という男を知らない。さらに、あの夢はどこか夢に似つかわしくないリアルさを感じた。誰かの記憶が頭の中で流れているみたいだった。
恥ずかしい寝起きで二人のルームメイトが夢から覚める。さらに、明に抱きかかえられていたピカソも目を開けた。
「なんだ、夢か……」
そう呟くも心の中のモヤモヤは全く消えなかった。
布団を剥いでベッドから降りる。まだ薄い色の朝日が部屋を覗いていた。
【── 疑惑の目 ──】
怪物ヘルベロスが現れ被害を出したことはすぐに校内全体に伝わった。この事件は学校に素早い対策を求めた。
一部授業を除き、魔法の禁止────
生徒会で早々とその校則が打ち出され承諾された。
さらに、見回りの頻度や人数が増加され、学校中に警備の網が張り巡らされた。抜け目もあるが、基本的に校則違反は難しくなった。
穏やかだと思っていた学校生活に緊張感が走る。
廊下は以前の賑やかさを失っていた。
「やはり霜先生が怪しい。後で他の先生達にも聞いて回ったけど、ヘルベロスを知ってる先生はいなかった。なのに、なぜ霜先生だけヘルベロスを知っているんだ」
あの事件で感じた謎。それを推理しながら歩く姿を横目で見る。
ずっとこんな感じだ。解けない謎を解こうと必死となっている。
事件の後でも授業は続く。
更衣室で体操服に着替えた。球技大会の練習試合をするようだ。相手は二組。一組の仲間は負けんと鼻息を散らしていた。
広い体育館であのいじめっ子達と鉢合わせた。
「君たちが相手とはね。まあ、試合だ。正々堂々勝負してあげるよ」
球技大会ではドッジボールをすることになっている。全員参加、男女合同だった。それを利用して何かを企んでいるように見えた。
「女だろうが、手加減はしてやらないからな」
そう言って後ろの二人が笑い重ねる。
嫌な気分になってくる。
そこに、一組の七海右がやってきた。とてもボーイッシュな女の子だ。漲るオーラで彼らを圧迫する。
「ほう。じゃあ、ウチらも手加減はなしだ。覚悟しとけよ。本気で倒してやる」
彼女の仲介で嫌な気分は払拭された。
ついに練習試合が始まった。彼らは弱い者から狙おうとしていたが、その余裕はなくなっていく。運動神経抜群の砂と右が二組を追い詰めていく。
手加減なしで本気で倒す。それが現実味を帯びてきた。
二人の怒涛なる攻撃で一組の勝利に終えた。
その後も何回か試合が組まれたが二組が勝つことはなかった。
授業が終わり、解散となる。雪斗は私と砂と共に話しながら戻ろうと考えていたようだ。だが、砂に話しかけようとした時に体育の先生が横入りする。彼は呼び止められた。
私と雪斗で帰りの廊下を歩く。
たわいない話にはならず、コハクの話題になった。彼の頭の中は謎の解明に忙しいみたいだった。
廊下を歩いていると私達の肩を回された。砂の顔が私と雪斗の間を抜ける。強い友情が淡い青春にのめり込んだ。
けど、私はオレンジ色の友情なんかよりも、ピンク色の……
そのためにはまずヘルベロスの謎を払拭して、その後に邪魔な砂を排除しなければならない。まずはヘルベロスの謎を払拭することが先だと感じた。
「睦月先生は何で呼び止めてたの」
「ああ。ヘルベロスの件で俺がそいつを倒したろ。で、今回の試合を見て運動神経がいいってことで、俺に魔法戦闘員を目指すことを勧めてきた。ヘルベロスを召喚した奴らと戦う兵士だってな。そうそう、そうだ。そのことで聞きたいことがあるんだ」
時が止まったように静かになった。そのせいか、彼の言葉が脳まで直接届いた。
「その奴らは不老長寿なんて言ってたんだが、本当なのか。魔法に詳しかったよな」
「いや、知らないよ。けど、その言葉が本当なら霜先生の謎が一つ解ける」
「ん、どういうことだ」
「この学校はさ、魔法を使える先生と使えない先生が混在してるから気づきにくいけど、魔法を使える先生はみんな同じぐらいだけど、霜先生だけ若すぎる気がするんだ」
私には見えなかった半透明の壁。その壁にようやく気づいた。壁の先に行くには鍵が必要だった。雪斗はその鍵の型を握っていた。
【── 誕生日作戦 ──】
専門の授業。魔法と同じくこの学校にしか存在しない授業だ。私は社会科の魔法使いとして、通常の社会科からさらに踏み込んだ授業を受けていた。
その授業が終わった。私と雪斗は先生に質問をするために近づいた。
そこで誕生日を聞き出す。次は好きなケーキの味を聞き出す。そこまで聞き出せれば、最後は年齢を聞く。
直接年齢を聞くのは相手に失礼だ。それに、もしコハクが奴らの仲間だった時、バレないために年齢を隠すかも知れない。そのため、誕生日を聞くついでに聞き出す作戦をとったのだ。
目の前の先生の年齢は三十八歳。
放課後には聞き出した情報を共有していく。やはり、魔法の使える先生は四十代ぐらい。そこに雪斗が聞き出した情報が加わる。コハクは二十五歳ということだった。
「大きな差だ。先生達も僕らと同じように三学年の学生が一気に魔法使いになった。例外はあっても、それは僅かな誤差でしかない。つまり、二十五歳はあまりにも若すぎる」
奴らの仲間だと言う確信が固まっていく。それは、ヘルベロスを繰り出した犯人を見つけ出すことと同等に感じていた。
次の日の放課後。
図書館で待ち合わせていた。そこで静かに話し合いを開始しようとしていた時に一人立ち上がった。
「秘密の会議にうってつけの場所を見つけたぜ。ちょっとついてこいよ」
裏道を進んで行く。誰もいない静かでうっすら暗い場所に出た。そこで彼は隠していた教科書を取り出した。
「このことは秘密な」
彼の能力で壁が消える。障害となる壁が消え、秘密の部屋が現れた。
シックな内装。丸テーブル。モダンな椅子。本棚。ある種の趣がある。
なぜ怪しくもなんともない壁の向こう側に秘密部屋があるのだろうか。そもそもどうして秘密部屋がそこにあるのだろうか。疑問が頭の中を駆け巡る。
誰にも気づかれないまま、秘密の部屋へと入っていった。