-2 嫌悪と無言
✩登場人物☆
主要人物
《十二雨音》…元天気高校の生徒。突然魔法使いとなった。
《三木雪斗》…同じく元天気高校の生徒。頭がいい。
《六弦砂》 …上に同じく。運動神経抜群。
クラスメイト
《九十九明》…ルームメイト。明るくて、食いしん坊。
《倶胝地子》…ルームメイト。真面目。生徒会書記。
《十桜晴》 …無邪気な男の子。
【── 嫌悪と無言 ──】
あの日、砂への怒りだけは記憶から抜け落ちることはなかった。物心の着く前から命はかけがえのないものだと教えられてきた。あの日、命を奪った人を直接目で見た。その時に沸いたのが怒りだった。
もし目の前に犯罪者がいたら。普通なら恐怖を感じるのだろう。だが、相手が同じ高校生だったからか、恐怖よりも怒りを強く感じたのだ。心の奥に潜む正義感が私を支配していた。
そこから先は記憶が曖昧だ。そのせいか、あの日の記憶の中で彼への怒りが強く思い出される。
「なあ、なんで無言なんだ。それに、少しムスっとしてないか」
それはあんたに対して嫌悪感を抱いているからだ。
「魔法使いになった日は、大人しさなんて微塵もない印象だったんだけどなぁ」
「何か、したのではありませんか?」
「いや、してねぇよ。それと、雪斗、タメでいいからな」
いいえ、人を殺しました。それで無言で、ムスッとしています。
大人しさなんて微塵もなくて悪かった。だからこそ、それだけ正義感が強かった。そこに早く気づけよ、と思う。
だが、一向に気づく気配はない。
最終的には、
「俺みたいなオラオラ系が苦手ってことか」と答えを導く。
メーターを振り切りそうだ。溢れ出たメーターが、口を開かせる。
「私はね。人殺しとは話したくないの」
緑の葉が三人の間を潜り通っていった。
彼は言葉にピンときていないようだった。
「勘違いしてないか。まず俺は人殺しじゃねぇぞ」
「犯罪者はみな嘘をつくからね」
「おい。絶対ぇ、勘違いしてるぞ、お前」
体育館へと向かう道ももう終わる。
三人の足が地面をふみ歩く。
雪斗がいたお陰でひとまず冷静を保てた。もしいなかったら、体が動いていたに違いない。私は感謝しながら、その中へと入っていった。
【── 八つの屍の上 ──】
式の準備が着々と進む。
四月上旬から五月上旬の間に約五十名程度の高校生が魔法使いとなったみたいだ。その高校生がほぼ全員この学校へと転学させられた。私もその中の一人だ。
突如魔法使いとなって、突如庶民には分からない高級なこの学校へと入学した。まだ混乱も残っている。
一部の噂によると、魔法使いはこれ以上は増えないらしい。
私達は選ばれた者なのだ。
用意された席が埋まった。雪斗や砂は遠くの席に座っている。初めて見る生徒が周りを囲んでいた。
ふんわりとした椅子が緊張を解す。
年老いた男が定位置に着いた。貫禄のある人だった。一目で彼が校長なのだと悟った。
「こんにちは、愛しき子ども達となる生徒諸君。私は崇姉学園の校長、零 章臣であります。ここに四十一名の子ども達。よく生き残ってくれた。我が学園の生徒になることを歓迎しましょう。だが、一つ欲を言えば、五十名全員を迎えたかった。不幸にも八名の子ども達は殺された。私は今でもあの世でのご冥福をお祈りしている。あなた達には八名の分まで学園生活を送って欲しいのです。そして、学園の望む生徒になって欲しい……」
重い。心が沈みそうだ。
私達は八人の屍の上に立っている。
その真実に体が張り詰めていく。
「さて、前置きこれまでにして……」
前置き。その言葉を聞いてギョッとする。もっと長い話が待っていそうだ。ふかふかな椅子に座り直して息を整えた。
「私達人間が猿だった頃、木の棒などを道具として使い始め、人間へと進化していきました。人間は生活を便利にするために様々な道具を創作したり改良したりしました。それで人間社会は発展したのです。ですが、全てが全て正しい使われ方で道具が使わた訳ではなかった。便利な道具を同胞である人間に向けて争いを過激にさせたのです。その負の文化は長々と続いてます」
これが朝っぱらから行われ、風が吹く運動場でのスピーチじゃなくて良かった。それに高級な椅子がある分、まだマシだ。
「あなた達はアルフレッド・ノーベルを知っているだろうか。かの有名なノーベル賞の樹立に繋がる人物です。彼の発明したダイナマイトは採掘や土木工事などで使用されるために作られたものであった。しかし、人間はそのダイナマイトを、人間を大量に殺害するために使った。そう戦争のための使用であります。非常に便利な道具も、用途次第で便利にも悪魔にも成りうる……」
体育館の中は静けで包まれていた。誰もが校長に耳を傾けている。
「身の回りにもそのような道具は存在します。例えば、包丁。包丁は食材を切り、料理するのに役立つが、一つ間違えれば殺害に使える。車もそうですね。移動のために使われるが、一つ間違えれば容易く人を殺してしまう。そして、あなた達一人一人が持った道具はなんだと思いますか?」
ようやく本題に入った気がする。溜めていた息を放った。リラックスした体制で登壇して話している姿を見た。
「それは魔法です。あなた達の魔法は使い方次第。魔法を使えば多くの人やその生活を助けることができる。だが逆に、人を殺めることもできてしまうのです。私達は我が学園の子ども達が多くの人の助けになる魔法使いになって欲しいと願っています。そして、そこへ導くことが我々の使命であるのです。決して人を殺める魔法使いにだけはなって欲しくない。あなた達にはこの学園で自分が社会に役に立つための方法を学んで欲しい。意味ある三年間となることを望むばかりです」
そう言って、校長はその場から降壇した。
続く教頭の口からは長ったるい説明が待っていた。
【── 四人目 ──】
体育館を出て、人集りの中をかき分けて表を見る。
名前と、その横にクラスが書かれたものがズラッと並んでいる。目を動かして探す。私は「1-1組」だった。
雪斗や砂も気になったので探すと、二人も同じクラスだ。喜ばしくも悩ましい。何故こうも雪斗がいる所に砂がいるのだろうか。そのせいで気分が害される。雪斗との仲睦まじい関係など作るに作れなくなっている。
二人は先に行ったのだろうか。人集りの中で見つけられずにいた。
仕方なく、一人で教室を目指した。
「ねぇ、君って天気高校の生徒でしょ?」
ふと話しかけてきた男の子。言葉と見た目から、第一印象は少し子どもっぽい感じに見えた。
「そうだけど、どうして私が天気高校の生徒だって分かったの?」
「そりゃあ、朝に二本柱の三木先輩と六弦先輩と一緒に歩いてたのを見つけたからね」
そういや、二人は校内では一際知られた存在。だが、他校にも知られてたりするのだろうか。
「名前はなんて言うの?」
「え、ああ、雨音です」
「よろしくね、雨音ちゃん」
「1組」の教室がある棟に入る。淡い赤色が目に映る。ところどころ散りばめられた赤色の大理石が高級感を溢れさせていた。
階段を一段ずつ駆け上がっていく。
「ねぇ、知ってる? 天気高校ってだけで一目おかれる存在なんだよね。だって魔法使いは一つの学校で一人出るかどうか、二人も出れば十分。なのに天気高校からは四人も出ているんだよね」
彼と話していたらいつの間にか教室の前だった。
「まあ、続きはまたいつか。とりま、よろしくね!」
そう言って、彼との話は終わりを迎えた。そして、彼は教室に入らずに別のどこかへ向かっていった。
素朴な雰囲気が漂っている。
教室にはまだ雪斗と砂がいない。つまり、私は二人よりも先に行き置いていってしまったのだ。申し訳ないと言う気持ちを隠しつつ、机の席を確認した。
私の席は教室の一番後ろ、真ん中。まあ悪くはない場所だ。
他の生徒も席についた。
雪斗との距離は遠い。その席から後ろに一つ挟んで砂の席。砂の方が近いのが何かムカつく。左の席には気難しそうな女の子。右には席はない。前の席はさっきまで話してた男の子だった。
「まさか前後なんてね」
彼は体を捻って顔を合わせる。
「そう言えば、どこに行ってたの?」
「お手洗いだよ」
くだらない話をしていると、ついに担任となる先生がやってきた。威圧感のある女性だ。登場だけで教室を一瞬で静かにさせた。
「こんにちは。私はここ「1-1組」の担任となる弥生 双子です」
黒板に大きな名前が書かれていた。
「これからあなた達は魔法使いの高校生で、一年生です。例え、高校三年生だったとしてもここでは一年生ですから。忘れずに。それでは、まず自己紹介をしましょう」
黒板には①名前、②母校、③魔法、④一言、と書かれている。
「最初に私が自己紹介して行きます。名前はさっきも言いましたけど、弥生 双子。高校は大分県の星座高校。教科書は一年生の"現代文"。教科書にあるものを取り出せます。最後に、一年間よろしくお願いします」
ビシッとした口調。緊張感を与えてくる。
「それでは左の列から順に紹介してください」
徐々に紹介が終わっていき、自分の番が近づいていく。それなのに、一向に内容が思いつかない。
前の男の子が席を立った。ついに、次が私の紹介だ。まだ思いついていないのに。もし思いつかなかったら、駄作の内容でいいか、とケリをつけた。
「僕は十桜 晴。母校は四人の魔法使いが出た天気高校だよ。僕は魔法で虎になることができるんだよね。とにかくよろしくお願いします」
えっ。晴も天気高校だったなんて。しかし、これで彼が雪斗や砂を知っていた謎も埋まる。
この一瞬で話す内容を忘れてしまった。
別の思考が邪魔をする。ふと直感が訪ねてきた。
あれ? 晴、っていう名前って……
「次の方。あなたですよ」
先生の声。その声を聞いて、慌てふためき立ち上がる。そしてそのまま、勢いに任せて自己紹介を終わらせた。だが、これでクラスからの評価はおっちょこちょいだとつけられるに違いない。席に座ると、ため息を放った。
【── 倶胝地子と九十九明 ──】
自己紹介を終え、私達は寮へと行くことになった。
これから住むことになる寮へと着く。
事前に渡していた荷物を受け取り、決められた部屋へと入る。そこには可愛らしい女の子と、隣の席にいた冷たい女の子がいた。
私と目の前の二人とで、この部屋をシェアして住むことになる。
軽い自己紹介を終え、二段ベッドの上に荷物を置く。
部屋に設けられたリビングで一人の女の子が目を輝かせていた。
「ねぇ、みんなでイメチェンしないみ。この学校にはさ、校則がない訳だし」
「知ってる? 校則はあるし、さらなる追加は生徒会が作られてから決められるの。つまり、校則がないんじゃなくて、まだ校則がないだけだから」
「いいじゃんみー。ねっ、地子さん。行こーみ」
「雨音と一緒に行けばいいじゃん。あたしは行かないから」
「分かったみ。仕方ないから雨音さんと行くことにしたみ」
勝手に私が一緒に行くことになってる。それでも、まあ髪型変えたいし色も変えてみたいという欲求はあるから悪い気にはなっていない。
「雨音さん。一緒にイメチェンしよーみ」
もちろん、賛成だった。
「じゃあ、早速、明日に学校の下町に行こうみー」
こうして、明日、下町設楽へと行くことになった。
部屋の窓から晴天の空が目に映る。のんびりとした暖かい日差しが私達に差し込んでいた。