-1 十二雨音は魔女高生
この作品はフィクションです。
【── 十二雨音は魔法使い ──】
窓から晴天の空を眺める。そんな余裕が欲しかった。
ゆっくりとする時間などない。朝九時を回る。もたもたしていたら遅刻してしまう。十二雨音は自転車のペダルを思いっきり回していた。
こんな時に魔法が使えたらと思う。魔法で瞬間移動。いや、魔法使いなら箒に乗って空を翔ける。そんな妄想に耽りながら汗を垂らしていった。
魔法使い────
私が産まれる前には存在したようだ。しかし、魔法使い同士の戦争が起きた後、姿を消したようである。それは消滅したのではなく、表舞台から姿を消したという考えが残っており、ネットニュースなどで魔法使いが目撃されたなどの噂をよく見つける。ただし、それが本当かどうかは分からない。
つまり、魔法使いの存在は都市伝説だ。
校門付近には多くの生徒が登校している。全力で自転車を漕いだお陰で、遅刻するどころか余裕すら手に入れたみたいだ。
自転車置き場に自転車を置いて教室まで歩いていくと、その途中で友達の梅雨に出会した。残りの距離を駄べりながら歩いていく。
ふと大きな垂れ幕が目に映る。そこには大きな文字で「祝バトミントン部県大会優勝!」と書かれていた。
その垂れ幕を見ていることに気づいた梅雨が話題をそれに移す。
「すごいよね、六弦先輩。この学校で県大会に出場することですら凄いのに、出場どころか優勝までしちゃうんだもんね」
「まあ、凄いけどさ。噂だけど、荒くれ者なんでしょ。ちょっと残念だよね」
「えー、何か、荒くれ者っていうか、こう強引っぽいのが先輩の魅力じゃん。それがいいんじゃん」
好みは人それぞれ。梅雨には好みでも、私はその逆だった。
くだらないお喋りをしている内に教室に着いた。
今からはつまらない怠惰的な日常が始まる。約五十分も続く授業をひたすら机に座りながら、黒板に書かれた言葉をノートに書き写す作業。退屈で仕方がない。
窓際の席。退屈しのぎで外を眺める。
水色の青空。穏やかに流れる白い雲。
心静まる変わらない景色がそこにあった、はずだった。
次の一瞬、水色が赤色へと変わった。白い雲は鼠色に、茶色いグラウンドは山吹色に、緑色の木々は紫色に変化していた。
思わず体が硬直し、机の音を鳴らす。
クラスメイトや先生の視線が集まっているのを感じる。羞恥を感じ、何も無かったかのように資料集を見ているフリをした。
チラ目で外を見る。先程の変化は気のせいと思うほど何の変化もなかった。変わらない水色が目に見える。さっきの変化は私の勘違いだったのだろう。
ハプニング。恋で頬を赤らめたのではなく、違う意味で頬を赤らめた。きっと授業終わりに友達に笑われる。だからと言って、ため息をつく余裕はない。先生に目をつけられたのだ、余所事はできない。
残るは数分。もうすぐ授業の終わりを知らせる鐘の音が響くはずだ。
もうすぐ退屈な授業が終わる。鐘の音が響くのを待った。
そして、満を持して耳にした音は。
衝撃音だった────
その後、眩いフラッシュが襲う。
途切れる聴覚と視覚。その感覚が戻った時には、目を疑う風景が広がっていた。
夢の中に似た世界。辺り一面真っ白な空間が広がっている。凪の空間。時間停止した空間。周囲には私以外誰一人としていない。ここはさっきまでいた教室ではない。ここは非現実的の世界だ。
初めて覚える未知なる体験に動揺を隠せない。
体は動く。夢かどうかを確認するために身を抓ってみると痛みが伴った。直感が夢ではないと叫んでいた。
そして、何も無い空間に突如現れた日本史の資料集。
地球の理に反して何故か浮いている。いや、そもそもこの空間自体が理では語れなかった。非現実的な目の前の事実もこの空間の中では頷けた。
体に働きかける命令。
勝手に体が動いていく。無意識の内に資料集を手に持っていた。
そして、私の脳に何かが干渉した。その干渉によって脳にあらゆる知識が注ぎ込まれていった。その知識がこの状況を説明していた。
私は魔法使いになったみたいだ。非科学的な突然変異で魔女となったのだ。
さらに、魔法の取扱説明書を瞬く間に会得した。生まれながらにして知っていたかのような感触だった。
魔法を放つためには魔導書が必要となるみたいだ。この世の魔法使いは教科書を用いて、その教科書に関する能力を発動することができる。
そして、私の魔導書は、まさかの手に持った「日本史の資料集」だった。この資料集を用いて魔法を放てる。
「技ヲ、放テ」
そこに誰なのか知らない声がした。なぜか無意識の内にその命令通りに体が動いていく。何も無い空間に向かって魔法を放つ。
"新詳・中大兄皇子"
しかし、何も起こらない。
それもそうだった。私の使える魔法の能力は「偉人増強」だったのだ。その偉人増強はその名の通り、偉人をさらに強くするものであり、ゼロ(何も無い)からイチ(もの、存在)を創ることはできなかった。つまるところ、まず私以外の歴史関係の(偉人を繰り出せる)魔法使いが偉人を召喚しないことには始まらないのだ。
私の使える魔法は一人では何にもできない残念な魔法だったようだ。言うなれば、外れ魔法────
虚しい無音が広がった。
無言の圧力を感じる。
場面がパッと変わった。さっきまでいた真っ白な空間から教室に戻っていた。
私は左手に資料集を持ち、右手を前に向けていた。机は前に椅子は後ろにずれ込んでいる。周囲を確認すると先生やクラスメイトが遠くから白い目で見ていた。冷たい視線を感じる。
すぐに資料集を置いて、ポーズを解除した。さっきの夢のような空間と今この現実世界はリンクしていた。つまり、現実世界では、今のは寝言のようなものだ。寝惚けてポーズまでキメた恥ずかしいやつだ。
変人として見られ、退かれている。
今までコツコツと作り上げてきた常識人の印象が一気に崩れた。
喉奥から声を出していく。顔を机につける。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。入って暮らしたい。
さっきまで強く感じていた動揺はもうない。あるのは羞恥心だけだ。
肩に誰かの手が触れる。
振り向くとそこには梅雨がいた。
「きっと衝撃音で頭がおかしくなっただけだよね」
「……うん。そういうことにしといて」
【── ターゲット ──】
私の恥ずかしい黒歴史。それでは説明できない程、学校全体が騒がしい気がする。不穏な空気が辺り一面に漂っている。胸騒ぎが止まらない。
授業の終了を知らせる鐘の音。そのすぐ後に校内放送が流される。
不意な衝撃音に眩まばゆい点灯。不審者の侵入。放たれる魔法。重なる悪夢が押し寄せてきたことを伝えていた。そして、生徒と先生は速やかに運動場に出ることを命じた。
逃げようとした時、非現実的な空間で聞こえた声がまた聞こえた。その声が資料集を持っていくように、と言い放つ。その言葉の通りに私は資料集を左脇に抱えて逃げることにした。
先生を先頭に廊下を早歩きしていく集団。その後ろをついていく。マジョリティの圧力が背中を押していく。
脳裏に干渉してくる不思議な威圧。そして、再び襲う声が胸騒ぎを爆散させた。魔法使いとしてやらなければならないことができた。圧力を振りほどき踵きびすを返す。
「どうしたの。あーちゃん」
「ごめん。先行ってて。用事ができたから」
梅雨やクラスメイト達とは真逆の、来た道を戻る。
寂びた廊下を走る。
その途中で見知らぬ男とすれ違った。学校関係者ではない気がした。学校中の関係者を全て知っている訳ではないので立ち止まって言及できなかった。構っている時間もない。そのまま通り過ぎていく。
そして声に導かれるまま進むと、一人の男と対面した。
静かな廊下に二人が対面する。
くだけた着こなし。整った面立ち。高い身長から見下すように眺めている。紛れもなく彼は県大会を優勝したバトミントン部の六弦砂である。
左手には教科書らしきものを持っている。小さな長方形。緑色のカバー。表紙には可愛らしい犬の絵が書かれている。それは、英単語を学ぶための英単語帳「ターゲット1400」であった。きっとその英単語帳が教科書の代わりなのだろう。見るに、彼もまた私と同じ魔法使いだ。
「お前ぇは誰だ。何でここにいる。ってか、あんたも選ばれた者か」
「ええ、そうよ。声に導かれてきたの」
「ふーん、まあいいや。俺は六弦砂様だ。あんた知ってるか。たった数分で何人かが死んだ。魔法でな」
太陽光が砂の不敵な笑みを照らす。
「俺の魔法はものを消失させる。はっ、最強だろ、俺の魔法」
禍々しい空気で息がつまりそうだ。
魔法によって人間を消した。そのことに何の罪悪感も感じず、不敵な笑みを浮かべている。
怒りが湧いていく。噂を聞いていて嫌いだとずっと思っていた。実際に会ってみても変わらず嫌いだ。いや、嫌いを通り過ぎて怒りが湧いていく。体の中の正義感が強く反発していた。正義感が勝手に足を動かしていた。
いつの間にか雨音と砂の距離はゼロに近くなっていた。
「どうだ。俺と一緒に……」
無意識に制服の首元を掴んでいた。
思いっきり顔に近づける。彼の顎が石頭に衝突しゴツンと音を鳴らした。
彼は思わず後ろに退く。痛そうに顎を撫でていた。
「ってぇな、何しやがるんだ。痛ぇ目みたいのか」
軽蔑と怒りの目で見つめ返す。
「そういや名乗るの忘れてた。私は十二雨音。人の命を何とも思ってないお前のこと、嫌いだわ」
緊迫した雰囲気が広がっていた。
退く気はない。正義感のままに進むだけ。
生き物の命は二度と元には戻らない。命を無下に踏み躙るアイツを心の底から許せない。
この場で決着をつけようと体を張る。
負けそうになっても私は絶対に逃げたりはしない。そう心に決めた。のに……
突然、近くにある教室から飛び出してきた男の子。その男の子が私の袖を掴つかんで走っていく。彼に連れられて廊下を走った。砂との距離があいていく。
その男の子は三木雪斗。砂に負けず劣らずのイケメン。運動神経抜群の砂と違って、雪斗は頭がいい。学年一位は当然のこと。数多の資格取得で何度も表彰された強者である。
私達の高校では砂と雪斗の二人のイケメンを二本柱と呼んでいる。彼らの敗北など誰も想像できなかった。ましてや、逃亡などありえないと考えられていた。
しかし、今目の前にいる雪斗は敵を前に私を連れて逃げていたのだ。
【── 完璧人間 ──】
「逃げよう。追いついてこない場所に」
階段を降りて二階の廊下へと出る。一階には降りずに二階にある教室の中へと入っていった。
「ここならきっと見つからないはず。普通、一階まで降りると思うから」
教室に射し込む日差しが二人を照らしていた。
逃げてる際に怒りの気持ちは有耶無耶になっていた。
雪斗の手には日本史の教科書がある。彼もまた魔法使いなのだろう。それに気づくと必然的に疑問が湧いてくる。
「どうして逃げたの。あそこで戦っていれば被害も止められるし」
「いや、戦っても勝てないよ」
悲壮感が強い。諦めの気持ちが漂っていた。その気持ちに取り込まれたくなかった。
「なんでそう決めつけるの。今からでも戦いにいこう。二人なら勝てるかも知れないし」
「いや、無理だよ。少なくとも僕は足手まといになるから」
思っていたイメージと違う。学校全体の持つイメージ内の雪斗は何に置いても完璧で頼りになる。そんな感じだった。だから、私とは違って、神々しい領域に踏み込んでいると思っていた。だが、目の前の雪斗は目の前の敵から逃げてるだけで、思っていたイメージとは真逆だった。二本柱とのギャップが大きく現れた。
「どうしてそんなこと言うの」
「僕は、弱いから。みんな僕のことを完璧ですごいって言うけど、僕は完璧じゃないし、本当は何にもできないポンコツなんだよ。そんな僕が先輩に勝てる訳がないよ」
やるせない気持ちで胸がいっぱいになる。
けれども、どうしてそこまでして自分を卑下するのか。そもそも、
「けど、みんなからは完璧って呼ばれてるなら、知らずのうちに完璧なんじゃないの」
「僕はさ、親からずっと完璧になれって言われ続けてきた。最初は何もかもできなかった。死ぬほど勉強して練習して全てに置いて完璧と見られるよう頑張ってきた。けど、完璧にはなれなかった。僕は何でもこなせるような完璧人間じゃない。もちろん、魔法使いでも魔法は全く使えない」
何故だろうか、親近感が湧いてくる。さっきまで、私と隔たりのある存在だと思っていた。けど、実態は私と同じ平凡な人間なんだ。
私の位置づけた立ち位置が揺らぐ。立ち位置のシーソーが雪斗の方に重量をかけられていった。
「完璧じゃなくてもいいじゃん。だって、人間だし。最初から完璧にできる人間なんていないよ、きっと、絶対」
彼の手を握る。無意識的に勇気を与えようとしていた。
冷たく優しい手のひらだった。
「雪斗君は日本史を扱った魔法でしょ。もしかして、偉人を召喚する能力?」
「そうだけど」
やはり。日本史の能力ならば私の魔法で増強できる。
私一人では能力は使えない。雪斗一人では能力を全く使えない。けど、二人が力を合わせれば。
「完璧じゃないからゼロから百はできないかも知れない。けどそれは一人だけの話。雪斗君はゼロからイチしか出来なくても、雨音がイチから百にする。だから、立ち向かおう」
笑みを浮かべている。さっきまでの氷のような表情が溶けたみたいだった。
「うん。分かっ……」
彼の言葉と砂の声が重なった。
"障壁《barrier》"
教室の壁は消失した。丸裸になった教室。廊下から鋭い眼光を飛ばしている。
「ここにいやがったか」
彼は指の骨を鳴らしていく。
壁が消えた時に起きた突風に耐えた。風が舞っているみたいだ。
深呼吸して息を整える。瞳は敵を捉えていた。
「やるよ、雪斗君」
「そうだね、雨音さん」
【── 源頼朝 ──】
敵は目の前だ。魔法を放つために教科書を開く。
左手で資料集を持った。その上に日本史の教科書が重なる。
教科書越しに触れる手と手。
魔法の力でページがパラパラと捲られていく。私と雪斗の意識が重なる。頭の中には源頼朝という人物が浮かんでいた。
何も無い空間から一人の人間が現れていく。とても古臭かったが、私の魔法で新たな力が吹き込まれていった。
"召喚・源頼朝"
突如教室に降り立つ一人の武士。周りには山吹色の稲妻が漂い始めた。腰の鞘から刀を抜き出す。刀にはその稲妻がまとわりついていた。
幕府を開いた武士。ただでさえ優れた戦闘力があるというのに、さらに魔法の力が加わっている。まさに鬼に金棒である。
「主ヨ。命ヲ仰セ下サイマセ」
頭を下げて言葉を待っている。
その様子を見て雪斗は驚いていた。
「すごいね。僕の力だけでは召喚することすらままならないのに、雨音さんの力で特殊能力に加えて現代言語も習得させて召喚できるなんて」
「けど、雪斗君が能力を使ってくれないと私は能力が使えないからすごくなんてないよ。それよりも雪斗君の方がすごい気がする」
頼朝は相変わらず頭を下げている。
「お願い。目の前の六弦先輩を倒して。ただ、殺しはしないでね」
「御意。オ任セヲ」
刀を振るう。それによって、稲妻が周りに放たれる。雷の魔法によって宙に浮く机や椅子。それらを足場にして砂に近づいていった。
一撃で彼は倒されるはずだった。
"武器《weapon》"
放たれた魔法が頼朝を巻き込む。突風が教室に吹き荒れる。一瞬にして刀は消失していた。
「無力化させりゃ、怖ねぇな」
そう、砂の魔法によって武器が消えたのだ。頼朝の攻撃手段が素手となった。せっかくの能力も封じられてしまった。このままでは負けるかも知れない。
どのように戦わせればいいのか。無理やり頭を回転させて選択肢を増やしていく。それでも有効な手段を思いつけなかった。
考えている内に、頭がパンクしそうになった。元々、魔法使いになったことを受け入れることでいっぱいいっぱいだったのだ。さらにそこに、砂、雪斗、攻撃、様々な思考が重なることで自分の許容範囲をとうに越していた。
ついに、意識の糸が切れてしまった。
いつの間にか無意識と夢が交差する世界へと落ちていった。
【── 退学 ──】
目を覚ますと見慣れた部屋が広がっていた。カーテンを開けば朝の日差しが舞い込んでくる。
昨日の記憶を思い出していく。
魔法を貰って、気持ちがハイになって、そして。疎らになった記憶を繋げていった。だが、いくつかの欠片は忘却の中へと落ちていた。
制服に着替えて朝ごはんを食べる。言ってきます、と言って学校へ行く。変わらないルーティンで一日を過ごした。
突如現れた事態は収束。変わらず学校は開かれることになった。
砂の暴走は雪斗によって止められたみたいだ。雪斗の武勇伝が噂として流れていた。
また、砂は退学したという噂も流れている。その噂は本物だと感じる。多大なる被害を出したのだ。退学処分は当然といったところだろうか。
昼休み。私が弁当を広げようとした時、隣のクラスから雪斗がやってきた。そして、目の前に立っていた。
「雨音さん。昨日はありがとう。それと、大丈夫?」
「うん、大丈夫。それで何の用で?」
大丈夫、と聞いたのは私が倒れたからだろう。ただ、ありがとう、はピンとこない。私は何かしたのだろうか。倒れたと同時にそのことを忘れた。
彼は穏やかな口調で、
「今すぐ校長室に来てくれ、と言われてね。雨音さんと僕に校長先生から何か話があるみたいだよ」と言った。
隣で梅雨が頭を捻っている。
「僕は先に行ってるね」
そう言って先に行ってしまった。
「何かやらかしたの?」
訊ねる梅雨。けれども、私にも何か何だかさっぱり分からない。もしかしたら、砂から学校を守ったことへの感謝だろうか。今は確証がないため「分からない」としか言えなかった。
初めて入る校長室。恐れながら扉を開く。中は他の教室と比べると奢侈な印象を受ける。
ふかふかなクッションが気持ち良い。流石校長室だ。隣には心を鎮まらせている雪斗がいる。机を挟んで、私達に対面するように校長が座っている。何枚かの書類が机に置かれてた。
「ここに来て貰った理由は他でもなく、君たち二人にはこの学校を辞めて貰わないといけないのです」
校長の第一声。緊張もあってか、何を言っているか理解が追いつかなかった。数秒後にようやく言ってることを理解した。
えっ……
つまり退学処分ということだろうか。梅雨の言葉が頭の中で反芻される。何かやらかしたの。抜け落ちた記憶のせいで心当たりはないが、ないとも言いきれない。
唾が喉につまりそうだった。
恐る恐る校長の言葉に耳を傾けていく。
「少し話がズレますが、まだあなた達は産まれていないので知らないかも知れない話です。二十年前やそこら、実際に魔法使いが実在しました。もちろん、その彼らはあなた達と同様に高校生であり、突然として魔法使いになったのです。突如なる魔法使いの存在に世界は驚愕し混乱した」
それは、今や一般常識とされている二十数年前の話だった。
「森羅万象を凌駕した魔法を巡り二つの対立構造ができあがりました。魔法で社会を豊かにしようという者達と、魔法で最高権力を得ようとする者達。そして、各国がどちらかに加勢し、凄まじい戦争が起きたのです。その結果、戦争によって多くの人々が死に、二つの対立するグループは互いに戦力が大幅に削がれ、魔法使いは表舞台から消えた」
ここまでは教科書や両親の口授で知り得たことと同じだった。次からは私も知らない事実だ。
「その後、権力を求める者達は戦力を立て直すことに時間を割きました。その一方で社会の豊かさを求める者達は戦力の補強よりも学校の建設に尽力を尽くしたのです。権力を求める者達は何と弱き魔法使いは殺してしまう。弱き者でも殺されないように学校を作り、まだ幼い魔法使いを守ることにしたのです。彼らから身を守るためにもあなた達には転校して貰わなければならないのです。そのための手続きを踏むためにこれらの書類に目を通して下さい」
要約すると、魔法使いになった私達は新米魔法使いを守る高校へと転校しなければいけないようだ。そのための手続きのために私達は呼ばれたのだ。
教室に戻って、友達に事実を伝えた。
「離れ離れになっても、ずっ友だからね」
「多分夏休みとかには戻れると思うから、その時には遊ぼうね。まあ、LINEで繋がってるしね」
相変わらずの授業が終わり、ホームルームの時間。先生の口から転校の事実を伝えられた。
反応は色々だった。いつまでも友達だから。魔女になったの、すごい。雪斗君と同じ学校なんていいなぁ。様々な声が辺り一面に散らばっていた。
残り僅かのここ天気高校での生活。
緑風が心地よい頃、天気高校の生活に幕を下ろした。
【── 十二雨音は崇姉生 ──】
この度入学する崇姉学園は魔法使いの学校である。普通科ではなく総合学科。魔法のことも学ぶ必要があるためか、普通の学校よりも授業数が多い。まだ開校したての新品な学校。そのため校則は簡易的だった。ただし、注意書きに生徒会でさらに厳しくなる可能性があると書かれていた。そして、生徒全員、寮生活することになる。
支給された制服を着て電車やタクシーを乗り継いだ。残る僅かな道。胸を踊らせながら学校へと向かう。
隣には雪斗がともに歩く。その事実が余計に心を踊らせた。
学校付近。見慣れた顔を見た。
「てめぇら。やっぱり来てたんだな」
砂だった。
彼はやらかして退学になった訳ではなかった。私達同様に魔法使いとして転校となった一人であった。
「けど、あんたも来てたとはな。一人じゃ何にもできない魔法使いだから、入学させられなかったと思ったぜ」
その笑みが嫌な気分にさせる。
うきうきな気分は消えていった。
なぜ人殺しがここでのうのうと生きているのだろうか。雪斗が砂を成敗したらしいが、私はその場からフェードアウトしていた。彼に対する怒りが強くなりたいと思わせる。
今はきっと半人前。魔法使いとして一人前となって、そして砂にギャフンと言わせてやる。彼を見下すために一人前の魔法使いとなることを胸に誓った。
残る道なり。仕方なく三人で学校へと向かった。間近で校舎を見上げる。校長室が貧相に見えてしまう程の豪華さ。
エントランスを抜けてロビーへと出る。
漠然と立ち尽くすことしかできない。
豪華すぎる造り。広いロビー。そもそもロビーがあることが常軌を逸している。学校の概念が崩れかけていった。
学費免除のせいで来る前には気づかなかった。まさか、こんなにも超金持ちが通うイメージが強い場所とは。
崇姉学園────
魔法使いのための学校。今年から開校。愛知県に建設された広大な敷地。日本のみならず世界各地の財閥や企業が資金を提供。
私にとっては場違いな学校に通うことになった。
私達は魔法使いとしての第一歩を踏み出していった。
第1章 あらすじ
突然、魔法使いとなった者達は崇姉学園への転学を強制された。
魔法使いにおける魔法使いのための学校。そこでの生活が始まる。そこに現れた謎の猫ピカソ。それを初めとする七つの謎。特に、二つ目の謎、怪物ヘルベロスを繰り出した犯人を見つけるため十二雨音、三木雪斗、六弦砂は協力する。
学校で巻き起こる七つの謎の真相とは────
よければ続きも楽しんでください!