Ⅵ ルーキー達 後編
日の落ちた頃、山小屋への坂道を登りきり光が漏れる扉を叩くと中からブルさんの元気な声が聞こえ、扉を開けてくれた。
「おぉ、遣いなんか頼んで悪かったな。しっかりと買ってきてくれたみたいだし、上がりな。美味い飯を食わせてやるよ」
とても魅力的な提案だがなんだか後ろめたい。
「いえ、僕達はもう戻るので・・・」
僕達の内にある後ろめたさを感じ取ったのか、ブルさんは豪快に笑って申し訳ないという気持ちを吹き飛ばした。
「ガハハハハハハッ!若もんが変に気ぃ使ってんじゃねぇぞ。それにお前らには渡したい物も聞きたい事もあるんだ。今日はもう遅い。小僧、その折れた腕で嬢ちゃんを守れねぇだろ?」
「・・・はい。情けないですが」
「なら決まりだなっ!ほら、上がった上がった」
もう準備してあんだよと僕らの荷物を奪っていくブルさん。
結構な重さがあった筈なのだが軽々と担ぎ上げている。
あの助けてくれた人も物凄い筋肉をしていたし実は山守というのは物凄く強い人達なのかもしれない。
通された居間には香草や、肉などが入ったスープの良い香りが漂っていて思わず腹がなってしまう。
「座っといてくれや」
この匂いを嗅ぐと不思議と安心してしまって流れるように席についた。
部屋を見回すと本や、調味料が入った棚に、テラスの揺り椅子、鎧など置いてある物がバラバラで、中でもその全身鎧に目を引かれる。
「ブルさん、一つ良いですか?」
「あぁ。良いぞ」
ブルさんは僕達の前にスープを持ってくると再び厨房へ戻った。
「あの鎧ってどうしたんですか?」
厨房から一目くれるとブルさんの顔には笑みが浮かびあがる。
「・・・お前らを助けたじじいのだよ」
僕の頭に倒れたおじいさんの姿が思い浮かぶ。
確かにあの筋肉なら全身の鎧を着ていても可笑しくない。
「あいつな、俺達がこの山任された最初にその鎧着込んで来やがってよ。結局邪魔だってんで十年間一度も着けてるとこ見てねぇな」
肉を挟んだサンドをこちらに運んでからブルさんは手で鎧に被った埃を払った。
その下から現れたのはこの国の正規軍が掲げているエンブレム。
「・・・あのおじいさんって騎士だったんですか?」
「まぁな。しかも騎士団長様さ」
「「!?」」
あまりの事実に僕だけでなく隣のプリュムも驚いている。
「俺も、あいつもそこそこ名は知れてたんだがな。流石にもう十年だもんな。知らないってのも納得出来る」
ブルさんが見せたどこか悟っている様な顔は僕達に年季を感じさせた。
そして僕達の正面に座ったブルさんはプリュムに向かって口を開く。
「なぁ嬢ちゃん。嬢ちゃん魔術師じゃねぇのか?」
頷くプリュム。
「あいつの倒れ方。ありゃ適正の無い奴が魔術を使った時に起こる症状に似ている。俺にも魔術関連の事は良く分かんねぇ。どうかあいつの事診てはくんねぇか」
プリュムは若干悩む様な素振りを見せた。
魔術師とはその技術や、それを知る人間の事を基本的に話したがらない。
「まぁ別に技術を教えてくれって訳じゃねぇんだ。それに報酬ならある」
そう言うとブルさんは奥から幾つかの植物の束を持ってきた。
僕達が受けている依頼の納品物である。
それを見たのかそれとも初めから断る気は無かったのかプリュムはフードを取って立ち上がった。
「・・・おじいさんはどこに寝てるの?」
するとブルさんは薄く笑う。
「別にそんな重篤って訳でもねぇからよ冷める前に食っちまってくれや。味には自信があるからよ」
三人で囲んだ食卓は暖かくて、料理もとても美味しかった。
山小屋の二階、屋根裏に作られた部屋におじいさんは寝ていた。
プリュムはおじいさんの額に手を当てると呟いく。
「間違いない。この人は適正を持たないのに魔術を使った」
「やっぱりか」
暗い話題だと言うのにプリュムの口角は上がっている。
「けど、この人は強い。魂が誠実で高潔。その在り方はいつも他人の為にあって、まだ誰にもその身を捧げていない」
・・・え?それって童貞って事?プリュムってそんな事も分かるの?
「・・・で?それだとなんなんだ?」
「そういう人は生き物が生きるのに使い、私達が魔術に転用する魔力と呼ばれる力の回復が速い。体が大分老いてる分遅くなってるだろうけど私みたいな魔術師の血を摂れば一晩で良くなる」
自分の手首を手首を指してから物欲しげにブルさんを見つめるプリュム。
「・・・何が欲しいんだ」
「肉」
「燻製で良いか?」
「うん」
いくら自分が診てあげてるからと言って少し失礼ではないだろうか。
「あの、お気に触ったのなら良いですよ。元々助けて頂いたのはこちらですし・・・」
「いやいや良いって事よ。こっちは親友診て貰ってんだ。これくらいはしないとな」
肉を取りに階段を下って行くブルさん。
僕はなんだかとてもいたたまれなくなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私があのおじいさんを診察して血を飲ませた翌日。
昨夜ブル爺さんにニヤニヤしながらアインと押し込まれてしまった客間から抜け出す。
・・・別に私とアインはそういう関係では無いのだが。
下に下ると外から争いの様な激しい音が聞こえた。
テラスへ出て音鳴る方へ目を向ける。
見ると昨夜治療したおじいさんとアインが木刀で打ち合っていた。
否、全力で襲いかかるアインをおじいさんが一歩も動かず捌いている。そんな所だろうか。
「おい、嬢ちゃん。肉食うかい?」
「うん」
隣で燻製箱を眺めていたブル爺さんが箱を開けて肉をくれた。
美味しい。
「もっと力を込めろっ。そんな様では相手を深く切り裂けんぞ」
「くそっ、一撃も当てられないなんて嘘だろっ!?」
アインが突いたり薙いだりするのをおじいさんはもののついでの様に弾いたり受け流している。
「お~い。嬢ちゃん起きて来たしよ~飯にしようぜ」
「分かったっ!」
おじいさんが答えるとアインの握っていた剣はいつの間にか上空を舞っていた。
「え、えぇぇぇぇっ!?」
「さて、朝食にするとしよう」
そう言っておじいさんは朝食を作り始めた。
剣を飛ばされたアインは自分が何をされたのかもう一度剣を握り一生懸命解析しようとしている。
そんな彼は微笑ましくて。
「ふふっ」
見ていてとても楽しかった。