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退役おじさんの山守生活  作者: 松房
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Ⅳ 朝

「・・・すっかり遅くなってしまった」

山の見回りを終え、コテージまで戻ってくると辺りは暗くなり、漏れる光がやけに眩しく見えた。

普段ならもう少し明るい内に帰ってこれるのだがあの男女の件もあったし、ブルに変化の報告を受けていなかったのでいつもより慎重に歩いていたのだから仕方ない。

扉を開けると室内の熱と共に香草の香りが伝わってくる。

・・・ブルには感謝しなくては。

きっと麓から帰ってきた後、夕飯も作ってくれたのだろう。

「すまんな。ブル。遅くなった」

わしが謝るとブルは肩をヘラで叩いて笑った。

「・・・良いって事よ。後継育てて引退しようと考えてるったってそこまで体が動かねぇ訳じゃねぇよ」

ブルはヘラを繰り、野菜を炒めるとその傍らで鍋の中身の味見をした。

「そんじゃあさ、風呂、沸かしといてくれや」

「分かった」

わしは風呂用の水を汲みに水瓶を担ぐ。

因みに山守で言う風呂を沸かすというのは沢で汲んできた水を煮沸し、汚れを掬い取る所まで含まれる、そこそこ面倒な作業なのだが、頼まれといて断るのも良くないし、割と綺麗好きなブルの事だ。最悪、飯を抜きにされる可能性がある。

・・・煙草は何時でも吸えるし。

そんな事を頭の隅で考えつつわしは風呂の準備を進めた。


朝目覚め、体を拭き、朝食を作る。

いつもわしより比較的早く起きるブルは今だ床に就いていて、やはり疲れていたのだろう。

わしは鍋に湯を沸かし香草と鹿肉、芋を入れると、具材が煮えるまでの間、荷物から煙草とパイプ、小説を取り出しウッドデッキの腰掛けに背中を預ける。

わしの頬を山の朝の冷たい風が撫でた。

煙草と、料理の匂いに包まれながら好きな物語に浸る。

この時間はこの仕事をしていて一番好きな時間だ。

挟まれた木製の栞は買った当初と比べてだいぶ染みが付き、とても手に馴染む。

「・・・ブルの孫は煙草の臭いは嫌いだろうか」

だとすれば暫く禁煙をしなければならないな。

「ふむ・・・」

ページを捲る。

もう何十回と読んだ物語だが、飽きる気は更々しなかった。

良くある恋愛小説で、こういう物を読むのだと騎士団時代は良く驚かれたものだ。

・・・そろそろ具材も煮えた頃だな。

鍋の蓋を開けると野菜が色鮮やかに煮えていてとても美味そうだった。

「おぉ、美味そうじゃねぇか、へへ、楽しみにしてるぜ」

匂いにつられてブルも起きてくる。

「ほら、座っとけ。もう出来るからさ」

「あいよ」

わし達はまだ日が昇ってきたくらいのやや早めの朝食をとった。


朝食を食べ終え少し経ち、そろそろ山菜を採りに行こうとした時、玄関の方から戸を叩く音が聞こえた。

「おう、この時間に客か?珍しい」

「確かに・・・冒険者だろうか」

杖を直ぐ手に取れる場所に置き戸を開けると革張りの軽そうな鎧を纏い、背に剣を差した青年と外套を目深く被った人物が立っていた。

どうやら予想は当たっていた様だ。

「見た所冒険者の様ですが、一体どの様なご要件で?」

わしが問うと青年が口を開く。

「えっと、僕達麓の街に流れてきたんですけど、先輩達がこの山で仕事がしたいなら山守には挨拶をしておけと」

「そうですか。その為にわざわざこんな所にまで。簡単な物しか出せませんが何か食べていきますか?」

「いえ、これから動くのに食べるのはちょっと・・・あ、そうだ。依頼の品を集める許可を貰いたいのですが」

「えぇ。良いですよ、その前に依頼書を確認しても?」

「はい」

わしは老眼鏡をかけ、契約内容を確認する。

依頼書を偽造しての密猟行為も無い訳ではないのだ。正規の物か確認せねばなるまい。

見た所偽造された様な様子は無かった。

「・・・依頼遂行の旨、許可しましょう。この山は麓に街があるとは言え、奥に行けばそれだけ危険が伴います。どうか気を付けてくださいね」

「はい。ありがとうございます、行こう、プリュム」

礼儀正しい青年の後をプリュムと呼ばれた人物がちょこちょことついて行く。

「・・・身のこなし、歩き方、初心者だな」

依頼の品が採れる場所は比較的安全な場所とは言え流石にあの二人は見ていて不安が残る。

わしはいつもの杖と山菜籠、すね当てを用意して土に汚れた靴を履いた。

「おや、さっきの二人が心配かい?」

ブルが部屋からひょっこり顔を出して言う。

「いや、山菜が足りなくなってきたから採りに行くだけさ」

「そういう事にしといてやらぁ」

ブルの小馬鹿にした声を背にわしはあの若者二人の足跡をつけていった。

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