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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さよなら、世界

作者: 青空

暗くて、冷たくて、重い闇に沈んでいく。全ての代償を引き受けた躯は、怠くて重い。もう指一本動かす気力もない。抗う術もなく、堕ちていく。

みんなは無事だろうか。脳裏に、ここまで一緒に来た仲間たちの顔がよぎる。みんなの願いも、祈りも、全ての代償を奪ってきた。だからちゃんと生きて、新しい世界で笑っているはずだ。

思えば、あいつらがいたおかげで、私は幸せだった。

だって、佳月と話ができた。優姫も、剣人も、冬真も、友だちと呼べる仲間ができた。広光みたいな笑い合える家族もいた。また会おうと約束できた。結局『夜明けにまた、ここに集合!』の約束は守れなかったけど。こんなにも幸せだった。

優しい思い出が胸の内を温める。どんなに闇が冷たくても、幸せだった日々だけは私を温めてくれる。だから。

あんたたちとの思い出を持って逝くことだけは、許してくれ。それだけが、最後に残った人間としての私の願いだ。

目を閉じる。深く深く底に堕ちていく。新しい世界で、どうか幸せに。意識が傾いていく。本能が、己の避けられない死を悟る。幸せを抱えたまま、朽ちていく。

「…おい」

にわかに意識が浮上した。右手が温かなものに包まれる。はっとする。

聞こえた声も、触れた体温も、覚えがあった。いや、覚えがあるなんてものじゃない。幼い頃から馴染んできた幼なじみのものだ。

「ひろ、みつ…」

なんであんたが、ここにいるんだ。もはや呂律も回らない舌で、唇で、名前を紡ぐ。右手を握る体温に、ぎゅうと力が込められれる。

「…ああ」

「…なんで、ここに」

「追いかけてきた」

ふわり、体温に包まれる。日向と洗剤の匂いがした。…懐かしい。意識がとろりと微睡みかける。眠い。温かい。安心する。

でも、こいつは帰さなくては。全員生きて帰すと、決めてきたのだから。

「…そう、か。はやく、もどれ。ここにいちゃ、だめだ」

「嫌だ」

「…は?」

「どこに行くかは、俺が決める」

いつもの自分を貫く言葉が吐き出される。小さい頃から変わらない。いつもなら笑って受け入れられたが、今回はだめだ。ここにいたら、この男も死んでしまう。広光が死ぬのだけは、耐えられそうもない。

「…ひろみつ」

お願いだから、帰ってくれ。生きて、笑って、自由になって、それで。それで、誰よりも幸せでいてほしい。もうあんたを縛るものはないんだ。頬に熱いものが流れる。

「…俺を置いて逝く気か」

「………」

だって、仕方ないだろう。あんたに生きててほしいんだ。あんた、結構寂しがりだろう。だから優姫たちに世話焼かれて、伊鶴に甘やかされて、それでいつか可愛いお嫁さん貰って笑ってるあんたが見たいんだ。

そこに自分がいないのはやっぱり少し悲しくて、可愛いお嫁さんには胸がもやもやするけど。

「一緒にいてくれるんだろう?おねえちゃん」

ぎくりと体を強張らせる。胸がチクリと痛む。遠い昔の約束を、まさか覚えているとは思わなかった。

「…ばか、だろ…あんた」

こんな時に約束を持ち出して、あの世まで付いてこようとするなんて。昔の呼び名まで持ち出して、ずるいだろう。そう言われたら、私が断れないのを知っていてやってるんだ。

「…ああ。だから、あんたと逝く」

本当に馬鹿だ。ポロポロと涙が溢れる。私なんかじゃなくても、あんたを受け入れてくれる奴はいくらでもいるだろう。ほら、佳月とか。

そう思うのに、この男の手を離せない自分も大概馬鹿だ。それどころか、温かい右手に力がこもる。大きくて堅い、大好きな手を握り返す。

温かくて懐かしい体温に包まれる。ぎゅうぎゅうと体を締め付けてくるのは、広光の腕か。苦しいのに、幸せだ。

意識がまた微睡み始める。今度こそ、もう二度と戻ってこられないだろう。

これが、最期だ。

「…ひろみつ」

「…ああ」

「うまれかわっ…ら、また、あいたい」

「…ああ」

「…やく、そく」

口元が緩む。約束だ、広光。指切りげんまん、嘘ついたら針千本だからな。

「…紀梨花」

低く優しい声が降ってくる。目を開く。もう会えないと思っていた幼なじみの綺麗な琥珀色に再会する。琥珀色の中に、自分の碧を見つけた。

包み込まれるように抱きしめられる。そっと手を伸ばし、背中に回した。力の抜けた指で、広光のシャツにしがみつく。ふんわりと胸が温かくなった。

「愛してる」

琥珀色が近づいてくる。目を閉じた。唇と唇が出会う。かなしくて、哀しくて、愛しい。

琥珀色がとろりと甘く蕩けた気がした。

「わたし、も…あい、して……」

視界が黒く染まっていく。あんたと会えて、最期まで一緒にいてくれて、幸せだった。

誰よりも愛おしい体温の中、私は眠りに落ちた。


◆◇◆◇◆◇◆


腕の中の少女が息を引き取る。世界に精霊として使われた誰よりも大切な女は、死んだ。不思議と哀しくはなかった。ただ愛しさだけが募る。

壊さないよう大事に、絶対離さないように、抱きしめる。闇は一層深くなり、一縷の光も差さない。ここまで来たら、もう戻れないだろう。戻る気もないが。こいつと共に、深く深く、底まで堕ちていく。

幼なじみが生きてほしいと願っていたことは知っていた。わかっていた上で、あえて無視した。あんたのいない世界で、笑えるはずがないだろう。

父から受け継いだ翼を広げる。赤い龍の翼は、容易く己も己が腕に抱く女も包み込んだ。もう手離すつもりもない。

同情も同意もしないが、今なら世界を壊してまで母を求めた父親の気持ちがわかる気がした。

「…また来世でな、紀梨花」

目を閉じる。夏の青空の下で、幸せになれと、それまでは私が側にいると、笑ったあいつの顔が思い浮かぶ。

あんたがいれば十分幸せだ。口元に笑みが浮かぶ。愛する女の側で消えて、いつかまた出会う約束までしたのだ。これ以上の幸せはないだろう。

永遠の悪夢の中で、大事な女を魂ごと抱きしめて眠りについた。

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