8日目
俺には楽しみにしている日がある。
ラーメンの日だ。
月に一度だけと決めているラーメンを食すこの時間だけは誰にも邪魔されたくない。
神本もバイトらしいし、邪魔される事は無いだろう。
俺に選ばれたのはこの店、ラーメン鳩ヶ家だ。一年前に見つけてから毎月必ず通っている。
「いつも通りのいい香りが漏れ出てるじゃねーか!!」
まだ、店の前だというのに煮干しの深みのある香りが顔を覗かせている。香りがこれほど強くなってしまうとえぐみを感じそうなものだが、そんな事はない。
優しさに包まれたように柔らかな香りだ。
楽しさを噛み締めながら、守谷は店のドアを開けた。
ガラガラガラ..........
ドアの先には厳ついおっさんが迎えてくれた。
「へい! らっしゃい!」
この厳つさで店を敬遠してしまう人もいるかもしれないが、この厳つさは店の雰囲気を作る上での大事な1ピースであると言っても過言ではないだろう。
この店は食券制だ。
一人で回しているからこそ、注文を取っている余裕は無いのだろう。
食券機の目の前に立つと、驚くべき文言が目の前に存在した。
"新メニュー!!好評発売中!!"
「な、なんだと..........」
嬉しい問題が発生した。
新メニューが大きか目立つように細工されている。
今までこの店でそんな工夫が見られる事なんて一度も無かった。
もしかして、このメニューは店主が修行10年、店を出してから更に10年、合わせて20年の年月をかけて作り出した最高のラーメンでは無いのか?
他のラーメンとは違いこの食券の名前は"特製ラーメン"気合いの入り方が全然違う!!
絶対そうだ。間違いない。
「店主、これくれ!」
900円を入れて購入した食券を渡すと、厳つさを放つ顔がニヤリと口角が上がった。
「おうおう、常連さんよ! ウチのことが中々分かってるみたいじゃねーか!!」
守谷は毎月訪れているものの店主が喋っているところを始めて目にした。
「このラーメンはウチのメニューの中で一番だ! その事にすぐ気付くとは中々やるもんだぜ」
「この店に対しての思い入れはかなり強いもんでね」
「嬉しい事言ってくれるじゃねーか! こっちも提供のしがいがあるってもんだ」
ラーメンを通じて出来たこの関係はかなり尊いものだ。大切にしよう。守谷は、なんとなくそう思った。
「師匠お客さんだぜ!!」
し、師匠??
どういう事だ?この店は一人で切り盛りしていたと思ったのだが.......
奥の扉が開かれる。奥から一人の男が現れた。
「クヒヒヒヒッ.......、最高の一杯を提供させてもらうよ!」
「ふざけんな!!!! 師匠ってただの神本じゃねーか!!!!」
今日こそは邪魔されないと思っていた守谷の予想はしっかりと外れていた。