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『LV5』 : 口から火を吹きます

作者: 賽子ちい華


 ――朝のニュース


「来たな、ヒンドゥーマン!」


「平和をミダス、怪人ヨ。

 倒サセテモラウヨー! ヨガフレイム!」


「うぎゃああああ!」


 こうして今日も、ヒンドゥーマンの活躍により、平和は守られたのです。







 ――ぼくはヒンドゥーマンが大好き!

 平和を守るヒンドゥーマン。

 ヒンドゥーマンは口から火を吹くんだ!





 ――わたしもヒンドゥーマンが好き!

 わたしたちはね、知っているんだよ。

 ヒンドゥーマンの火を吹く秘密をね!





 ――ぼくのうちはカレー屋さん。

 うちにね、レベルカレーってメニューがあるんだよ。

 このカレーにね、ヒンドゥーマンの秘密があるんだよ!





 ――そう、カレーに秘密があるの。

 レベルカレーには、こんな説明があるの。


 LV1 : 普段より辛いカレー

 LV2 : 激辛カレー

 LV3 : 超激辛カレー

 LV4 : 命の保証はできません

 LV5 : "口から火を吹きます"





 ――つまりね。

『LV5』カレーを食べられたなら、ヒンドゥーマンみたいに火を吹けるんだ!

 え!? そんなわけないって?

 "そんなわけない"わけないよ!

 ぼくたちは、見たんだもん!





 ――わたしも見たから間違いない!

 ルドラのおうちのチューボーに入ったらね、ルドラのパパが作ってるんだから。

 ヒンドゥーマンの秘密、魔法のレベルカレーをね!





 ――ぼくはいつも見てるんだ。

 クミン、コリアンダー、カルダモン、ターメリック、チリペッパー、スターアニス……





 ――赤や黄色の、粉や木の実。

 色もいろいろ、種類もいろいろ!

 とーっても、キレイなんだよ!





 ――パパがね、それをね、「すりばち」で丁寧に混ぜて、作っているんだ!

 ぜったい、あれは魔法の薬だよ!

 だから、『LV5』カレーを食べられたなら、口から火を吹ける。

 ぜったい間違いないんだよ!




 ――わたしも早く火を吹きたいな。

 だけどね、レベルカレーは一から順番にクリアしないとダメなんだよ。

 ああ、早く『LV5』になれないかな?





 ――レベルカレーはね、"涙を流さず"食べられたならクリアなんだよ。

 ぼくは『LV2』、ユウナは『LV1』。

 ぼくの方がユウナより、レベルが一つ高いカレーを食べられるんだよ。

 ユウナはすぐに泣いちゃうから。





 ――ルドラはカレー屋さんの子どもだから、ちょっと辛いのに強いだけなの!

 うちにルドラが来たときは、逆なんだから!





 ――ユウナのおうちはね、お寿司屋さんなんだよ。

 ぼくはパパとママと一緒に、たまーに、ユウナのお寿司屋さんに行くんだ。





 ――ルドラのパパとママ。

 インド人の二人と、その子どものルドラ。

 ルドラの家族が来たときは、わたしも一緒にカウンターに座れるの。





 ――ぼくたち家族はね、お寿司がとっても好きなんだ。

 でもね、ぼくには苦手なのがあるんだよ。





 ――わたしはウニが大好き!

 わたしが美味しそうに食べていると、パパが困ったように言ってくるの。


「ユウナは、"大人"の味がわかるんだなぁ」





 ――ユウナが大人?

 違うよぉ、ぼくの方が大人だよ!


「ねえ、ユウナのパパ!

 ぼくにもウニちょうだい!」





 ――ルドラはね、ウニがダメなの。

 ちょっとだけ口にしたらね

「に、にがい……」、だって!

 ふふっ、わたしの方がおとなだな!





 ――ぼくが半分残したウニの軍艦巻き。


「えぇー? あまいよぉー」


 そう言って、ユウナが食べ切れなかった分をパクリと食べるんだ。

 いつも、こんな感じになっちゃうの。





 ――私たちはずっと、そんな関係でいられると思っていた。

 だから高校に入った頃、ルドラが私に告白して、それから付き合いだしたのも、とても自然なことだった。





 ――僕はユウナが好きだった。

 気持ちを伝えて、ユウナも同じ気持ちだったことを知ったとき、僕はとても嬉しかったんだ。

 だけど、僕は知らなかったんだ……





 ――「好きだ」

 そう言ってきたのはルドラだったのに。

 その二週間後に、私は振られた。


「どうして!?」

 私がそう問い詰めて、返ってきた言葉は、とても意外なものだった。


「文化が違うんだ。

 僕は、パパとママを裏切れない」





 ――「付き合う子ができたんだ」

 僕は嬉しくて、両親にそれを伝えた。


 伝えたら、パパとママは怒った。

 取り乱して、普段は使わないヒンドゥー語で、僕を叱りつけた。


「結婚前に付き合うなんて、そんな"はしたない"女は認めない。

 結婚はお見合いでしなさい。

 親が認めた家柄の相手とするんだ!」





 ――私たちは学校で習っていた。

 インドの文化を習っていた――つもりだったんだ。


 ヒンドゥー教、カースト制、そんな言葉だけで、意味なんて知らずに……


 ルドラのパパのカレー屋さんとは別のインドカレー屋さんに行ったら、"ナン"って大きなパンの一種が出てきたの。


 ルドラのパパのお店は、ナンじゃなくて"チャパティ"で食べる。

 ナンはミャンマーの食べ物で、カレー屋さんはミャンマー人。

 本当のインド人が日本でカレー屋さんをしているのは、とても珍しい。

 私たちは、その理由さえ知らなかった。





 ――カースト制は"職業"を縛る。


 僕は習っていた。

 だけど、知らなかった。

 

 両親とカーストの話なんてしたことがない。

 日本に来るとき、パパとママは神様への信仰を捨てたんだ。

 だけど、インド人にとって神様は重要じゃないんだよ。


「ダルマ」っていう、職業、結婚、制度、倫理、たくさんの決まりごと。


 パパとママは、幾つものそれを破って日本に来た。

 だけど、捨て切らないものもたくさんあったんだ!





 ――カースト制では、同じカースト同士で結婚をする。

 調べれば、そんな知識は出てくるの。


 だけど、ルドラの両親が本当に守りたいものは、私たちには理解できない。


「ユウナチャンがルドラのお嫁サンになったら、イイノニナ」


 小さな頃からルドラのパパが言ってくる冗談を、本気にしている私がいた。


 ああ、今日も『LV4』のカレーがクリアできない! 私はまだ、子供だったんだ!





 ――僕は、裏切れなかった。

 日本に来たときに、たくさんのことを捨ててきたパパとママ。


 その二人の、最後に残った何かまでも、僕は自分のために捨てさせるのか!


「結婚はお見合いで」

 日本では古い習慣だけれど、僕はそれに、逆らうことはできなかっんだ!





 ――好きなら恋人。

 付き合ったなら恋人。

 そんなのは、子供の恋だ。


 本当に好きで結婚を考えるなら、相手のことも、相手の家族のことも、相手の家族の持つ文化や習慣までも、理解しないといけないんだ!


 ルドラは先にそれに気づいたの。

 ウニの"苦さ"を知っていたルドラの方が、私よりも、やっぱり大人だったんだね。





 ――僕たちの関係は、幼馴染。

 そのまま大人になって、そのまま永遠に……悲しいけれど、僕たちはそれを受け入れた。





 ――だけど、そんな私たちの日常さえも、奪う事件が、私たちの街を襲ったのだ!









 街は怪人に襲われた!


 戦っていたヒンドゥーマンも、今度の怪人には敵わない!


 怪人にボロボロにされ、倒れ込むヒンドゥーマン!


 私たちはヒンドゥーマンに駆け寄った!


「パ……ヒンドゥーマン、大丈夫!?」


「ルドラのパ……ヒンドゥーマン、大丈夫!?」


 僕たちが駆け寄ると、ヒンドゥーマンは大きなカレーを差し出してくる。

 そして、私たちにこう言うのだ。



「フタリでコレヲ食ベルンダ。

 食ベテ口カラ火ヲフイて、アノ怪人ヲ倒スンダ」


「これは、『LV5』カレー!」


「私たち、『LV4』カレーだって食べられてないのに!」


「オマエタチナラ、ダイジョウブ」



 怪人を倒すにはこれしかないのか!?


 私たちは覚悟を決めた!


 僕たちはカレーを食べる。


 食べた瞬間、私たちを襲う凄まじい辛さ!


 それは僕たちを……


 それは私たちを……


 遥かインドの歴史に誘うのだ!









 ――僕は感じていた。

 数十種類のスパイスの織り成すその辛さ――そこに満ちる、インド人の歴史の重みを。





 ――私は感じていた。

 古代からムガール帝国、東インド会社による支配からイギリス植民地時代――そして、現在を迎えるインド人の悲しみを。





 ――「ダルマ」

 欧米化、現在化が進む時代の中で。

 インド人が捨てられなかった――カースト制を代表とするその文化、習慣、言葉にできない複雑な心。


 それは、捨ててはならない。

 でも、新しい時代に向かうために、捨てなければいけない。


 それは神様では無い。

 もっと深く、心に根付くもの。


「辛い」という一つの言葉では表せない想いが、「複雑な辛さ」になって僕たちに押し寄せる。





 ――無数のインド人たちが、踊りながら、ヨガをしながら降ってくる。


 "ダルマ"への葛藤と、世界の人々に理解されない悲しさを抱えて……


 私たちは、その"辛さ"。

 悲しいインド人たちに、押しつぶされそうになっていた。





 ――その時、下から声が聞こえた。


「私はわかるよ、その気持ち」


 そんな言葉。

 その一言を皮切りに、たくさんの声が聞こえてくる。





 ――「わかる、わかるよ、わかるんだ」


 誰かが声を上げてから、やっと自分の意見を言い出すシャイな民族。


 神様の名前さえ知らないのに、三社参りにお葬式、お作法だけはしっかりと……

 刺し箸はダメ、立て箸はダメ、箸渡しもダメだって、"しきたり"を守る不思議な民族。


 前例がないと進めない。

 新しい時代に対応できない葛藤を、常に抱える悲しい民族。





「あれは……ユウナ、これは!?」


「日本人! ……日本人の魂、白いご飯!」


 そう、インド人の悲しみを支えるように、日本の心がお皿の下にあったのだ!

 



 怪人は、その奇跡に叫ぶ!


「カ、カレーライスだとぉおおおお!?」



 だけど怪人は、冷静さを取り戻し、私たちを挑発してくる。


「だが、『LV4』カレーすら食べられないお前たちだ!

 ライス程度で『LV5』カレーを攻略など、できるものか!」



 僕はそれに言い返した。


「違う! これはカレーライスじゃない!

 この、辛さをやわらげる甘さと苦さ。

 インドと日本を繋ぐ海の味……ウニ!」


 私もそれに言い返した。


「違う! これは普通のご飯じゃない!

 この甘酸っぱい恋の味……酢飯!」



 怪人は驚愕する!


「ま、まさか……!?

 ウニのお寿司の上にインドカレーを乗せたというのか!?」


 そう、ヒンドゥーマンが私たちに渡したカレーの下には、ウニのお寿司が敷いてあったのだ!



 遠くにユウナのパパが見えた。


 かっこつけて、親指を立てている。


 ヒンドゥーマンも親指を立てている。


 私たちの心の中。

 グルメリポーターが叫ぶ!


「インドカレーと日本のお寿司!

 これはまさに、インドのグルメと日本のグルメの……国際結婚や~!」


 僕の中のプロレスラーが言った!


「カレー? カレーは飲み物ですよ」


 『LV5』カレーを、私たちは食べきる!

 そして、声を合わせて叫ぶのだ!



「うぅぅ、まぁぁぁ、いぃいいい……

 ぞぉぉぉおおおおお!!!!!!」



 叫んだ僕たちは口から火を吹く!


 口から味皇光線が発射される!


 それは、怪人を吹き飛ばし……


 街に、平和が戻ったのだ!









 ――それから。


 僕は両親とよく話し合った。

 やっぱり、僕はパパとママを裏切れない。


 だって、僕もパパもママも、同じ気持ちだったから!





 ――私たちの関係は変わらない。


 ルドラはウニの軍艦巻きも、食べられるようになった。

 でも、私と半分づつ食べるのは、今でも変わってないんだよ。





 ――でもね、僕もユウナも『LV5』カレーをクリアしたんだよ。

 え? 火を吹くのかって?

 どうかな〜?





 ――そうだよ、ルドラと私。

 二人で火を吹きあったり、燃え上がったり……





 ――え? どういう意味って?

 ユウナ、助けてよ!



 ――ふふ、ルドラは子供だな!

 そうだな~、わからなかったらね。

 あなたのパパとママに、聞いてみてね♪



挿絵(By みてみん)


 ファンアート:雨音AKIRA様より



 この作品は「インド人とウニ企画」の出展作品です。

 ほかの作品も面白い作品ばかりですよ。


 下にリンクを貼っておきましたから、ぜひ、色んな作品を楽しんでくださいね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夜のジャンル別日間表紙に揚がっていたので記念カキコ♪…………何もかもが懐かしい 
[良い点] いろいろな意味で、素晴らしすぎます。 スト2の、あの…… あとお店はここいちとか…… [気になる点] ヨガフレイム。 私はこのキャラが使いにくかった。 ロシアのかれほどではないですが。 […
[良い点] あらためてお邪魔いたしました。 ヨガファイアー……立ち中K。 ヨガファイアー……立ち中K。 ……ハメやん! アカンてヒンドゥーマン!(勝手に決めつけ) まあそれはさておき、まさか「重…
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