カバン隠し事件
生徒会の定例会が終わった。皆が学生鞄を持って帰路につく中、俺は背伸びをしながら時計の針を見る。時刻は十六時十五分を指している。今更部活に行ったところで大した練習もせずに終わってしまうと判断した俺はそのまま部活をサボって帰ってしまうことにした。顧問もあまり精を出して指導しているわけではないので咎められることもないだろう。
そんなことを考えている間に生徒会書記の川村が鍵を机の上に置いて帰ってしまう。ちくしょう、やられたな。鍵は最後の一人がかけて職員室に返さなければならない。面倒な役割なので何か職員室に用がある場合でもなければ誰もが嫌がるものだ。残念なことに俺、海堂雅史はその役割を押し付けられてしまったというわけだ。
仕方なく俺はカバンを持って、生徒会室に鍵をかけて職員室へ向かう。なんだかんだいつも俺はこの役目を担っている気がする。それは俺が定例会での疲れをほぐすために少しの時間その場でゆっくりしているからだ。みんなのように素早く帰路につくことができれば川村あたりにこの役目を押し付けることができるかもしれない。今度の定例会ではそうしてみようか、と俺はこっそり思う。
職員室に鍵を返してそのまま帰ろうと下駄箱へ向かうと一人の女子生徒が下駄箱の周りをウロウロしていた。確か彼女は俺と同じクラス。名前は……。
「佐々木さん。何してるんだ?」
確か俺の席の二つ後ろを自分の席としている佐々木だ。まだ会話はしたことがないが席が近いということもあり名字は覚えていた。下の名前までは覚えていないが。
「あ、海堂くん。よかった」
何が良かったのだろうと疑問に思いながら彼女に近づく。まるで花を咲かせたような笑顔で俺を出迎えてくれ、まさか俺に恋しているんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。彼女は俺が近づくと顔を強張らせ不安そうな面持ちになる。
「その、ちょっと困ったことがあってね。助けて欲しいの」
「なんだ?言ってみろよ」
話はそこからだ。俺にも出来ることと出来ないことがある。彼女がもし引っ込み思案で職員室に用事があるのに行けないなんてことであれば簡単に助けになれるし、学校の近くにあるコンビニを強盗したいのだけれど一人だと心細いというなら当然手は貸してやれない。
「実は……カバンが無くなっちゃったの」
それはなんとも判断しにくい事件だ。俺一人が手を貸したところで解決するとも思えないが、手を貸すまいとも言いづらい。しかし、可愛らしい彼女のためにも俺は手伝ってやることにした。
「そうか。分かった。一緒に探そう。どこで無くなったんだ?」
彼女はまた顔に花を咲かせて喜ぶ。まだ見つかると決まったわけではないのに。
「嬉しい!えっとね、無くなったのは教室でなの」
教室か。それなら教室を探せばすぐ見つかるだろう。
「じゃあ教室に行こう。大丈夫、すぐ見つかるさ」
佐々木と俺は踵を返して教室へと向かった。
「無いな」
「……無いね」
俺たちは自分たちの教室を探したがカバンは見つからなかった。よく考えたら当然のことだろう。恐らく佐々木は既に教室のめぼしい場所を探しているだろうしな。ちょっと待てよ?
「佐々木」
「何?海堂くん」
これは俺の予想でしか無いが……。聞いてみる価値はある。
「もしかしてお前のカバン。隠されたんじゃないか?」
俺の言葉に佐々木は答えない。いや答えるのをためらっていると言ったほうが正確か。佐々木自身もそれを察したから教室ではなく下駄箱でウロウロしていたのでは無いだろうか。
「……うん。もしかしたら、そう、かも」
だんだんと消え入るような声で佐々木は言う。
やはりと言ったところだ。彼女もそれを分かっていながら認めたくなくて俺には言えずにいたのだろう。隠された、もしくは盗まれたのであれば学校中を探しても見つかるとは限らない。俺は頭をボリボリと掻く。うむ、どうしたものか。
「何か手がかりはないのか?」
「手がかり……。えーと、最後に見たのは十六時くらいかな。私がトイレに行っている間に無くなったの。」
「それふだったら隠されたか、盗まれたのは確定だな。何か貴重品とかは入っていたのか?」
「うん、財布とか入ってるよ。あとは教科書とか」
「そうか、それならちょっと心当たりがある。ちょっと待っててくれるか?」
「分かった」
俺は夕焼けが射す教室を出てスマートフォンをポケットから取り出す。アプリを起動して呼び出したのは先程生徒会室で別れた川村だ。
数コールした後に川村が電話に出る。
『もしもし、どうしたんだい?』
「いやちょっとな。お前に聞きたいことがあるんだ」
◇
イヤホンを耳に挿して帰り道を歩く。今更ながらビートルズは最高だ。旅をするならこんな曲をBGMにしたい。僕がリズムに合わせて歩いていると曲が突然止まり無作法な着信音がイヤホンに響く。
僕はスマートフォンを取り出しブリティッシュ・ロックを止めた犯人を問い詰めてやろうとする。画面に表示された文字はある人物の名前だった。海堂雅史。生徒会の会計であり、さっきまで生徒会室で共に定例会をしていた仲だ。なにか生徒会がらみで不備でもあったのだろうか?
「もしもし、どうしたんだい?」
『いやちょっとな。お前に聞きたいことがあるんだ。お前って校内のいじめとかそう言う事情に詳しかったろう?』
いじめに詳しいと言うのは語弊がある。僕は校内の人間関係に詳しいと言ったほうが正しい。沢山の人が織りなす人間関係は見ているだけでも面白いし、たとえそこに僕がいなくとも面白い物語がある。それを知らないのはなんだか勿体無いような気がして日々いろんな人に探りを入れているだけだ。たとえそれがいじめであろうと。
「詳しいってほどじゃないけど知ってるほうだとは思うよ。」
『いじめをする人間がものを隠すとき、例えばカバンを丸々隠す場合はどこに隠す?』
「それはまた変な質問だね。カバンでも隠されたのかい?」
『いや、俺じゃないんだが。まぁ答えてくれ』
「そうだね。考えられるのはトイレとか教室の掃除用具入れとか……教壇の中とか?教室の中に限定するとあまり隠せるところはないね。あ、あとはテレビ台の中とかかな。あそこに詰めれば隠せないこともないよ。埃まみれになるけど犯人側には関係ないことだ。」
『そうか、サンキュな。探してみる』
「あ、よければ誰のカバンか聞いてもいいかい?」
『……誰にも言うなよ?同じクラスの佐々木だ』
「佐々木さんか。なるほど」
『もういいか?切るぞ』
「はいよ。またなんか事件があったら教えてね〜」
プツっと音を立てて通話が切れる。そして再びブリテュッシュ・ロックがイヤホンから流れてくる。
僕はふと疑問に思う。佐々木さんって確か結構地味な子だったような。いじめの標的にされるような目立つこともしてないし、恋愛関係のもつれなんて話も聞いたことがない。僕が知らないと言うことはそんな事実はないと言うことだ。あるとすれば突発的な犯行ってことになるけど果たして……。
◇
帰り道。私は海堂くんとともに帰路に就いた。あの後、海堂くんは見事に私のカバンをテレビ台の下から発見したのだ。ほとんど何のヒントもなしに見つけてしまった海堂くんに畏敬の念をこれでもかと送ってやった。そんな彼と途中まで一緒に帰宅することができて私は満足だ。しかも後日カバンを見つけてくれたお返しとしてデートの約束も取り付けた。初めての会話、初めての邂逅と考えれば上出来だ。
これ以上嬉しいことがあるだろうか。私は作戦を完遂したのだ。わざわざ自分のカバンを埃まみれのテレビ台の中にまで隠した甲斐があったと言うもの。
悪いのは私の引っ込み思案な性格。海堂くんに直接デートの申し込みができるような性格であればこんな手をつかわずに済んだ。でもやっぱり女の子側からデートの申し込みなんてはしたないと親にも言われたし仕方のないことなのだ。
私は鼻歌を歌いながら家の扉を開ける。さぁデートの日の服装はどうしようかな?