【第4話】いぬみみ
ねこさんの部屋の次は、
鉄格子で囲まれた少し怖い雰囲気の部屋だった。
暗い部屋の中を歩く。
「うさぎさん・・・
この部屋ちょっと怖いけど誰がいるの?」
「えっとね、ボクにもわかんないの!」
「え?」
「ねこさんの部屋までしか、言ったこと無いから!」
うさぎさん、案内してくれるって言ってたのに・・・
さっきのねこさんの言葉を思い出す。
“この先は危険だから、
気をつけたほうがいいにゃ”
それにうさぎさんは臆病者・・・
「うさぎさん、私を置いてどっかに
逃げたりしないよね?」
「そんなことしないよ!」
うさぎさんがぎゅっと私の手を握ってくれた。
小さな手が、小刻みに震えてる。
やっぱり、うさぎさんも怖いんだ・・・。
でも、うさぎさんもいい子だし、
ねこさんもなんだかんだ忠告してくれたし、
この部屋の人も優しい人なんじゃないかな。
私は少し淡い期待を抱いていた。
「すみません・・・誰かいませんか?」
部屋の奥に向かって声を投げかける。
ぐるるる・・・・
何かの低い唸り声が部屋に響く。
「ひゃあっ!」
「きゃあっ!」
恐ろしくなってつい声を出してしまう。
とたんにうさぎさんが脱兎のごとく、
どこかへ行ってしまった。
「うさぎさん!?」
そ、そんなぁ・・・。
怖い部屋に一人、ぽつんと取り残されてしまった。
途方にくれていると、暗闇から
「そこにいるのは誰・・・?」
低めのかすれたハスキーボイスが聞こえた。
「わ、私はアリス。あなたは・・・?」
びくびくしながら答える。
「いぬだよ・・・ねえアリス、こっちにきて・・・」
「こっちって?」
「部屋の真ん中に、大きなベッドがあるでしょう・・・?」
たしかに、大きなベッドがある。
布団がもりあがっていて、声の主はそこに包まっているようだ。
私はおそるおそる近づいた。
「もっと近くに来て・・・」
ベッドの縁まで近寄る。
「い、いぬさんはここにいるの・・・?」
布団をめくろうと手をのばした。
その途端、ぐいっと手を引かれる。
「きゃあっ」
布団に引きずり込まれる。
大きくて柔らかいものが体に当たる。
「アリス・・・アリス・・・かわいいね・・・」
耳の近くで囁かれ、そっと頬をなでられた。
思わずびくっと顔をそらしてしまう。
「怖がらなくてもいいよ・・・いぬは・・・ただのいぬだから」
いぬと名乗る女の子が
くうん、と切ない声で鳴いた。
「ね、ねえ布団で息が苦しいよ」
「・・・!
ごめんねアリス・・・気づかなかった・・・」
ばさり、と布団が剥がされる。
ぷはぁっ
布団から顔を出すことに成功した。
私の目の前に居たのは、犬耳の女の子だった。
赤いウルフカットの髪と、片目につけた眼帯が特徴的だ。
ぶかぶかのシャツに厚めの上着を着ている。
「いぬさんはどうしてここにいるの?」
ベッドから離れようとすると、またぐい、と手をひかれた。
「いぬから離れないで・・・寂しいの」
「う、うん・・・」
ベッドの上に座り直す。
「いぬはね、ここでアリスを待ってたの」
大型犬のように人懐っこい笑顔を見せた。
どうやらいぬさんは、
寂しがり屋の女の子みたいだ。
「私のこと知ってたの・・・?」
「うん、でもね、アリスを見たのは初めてだよ・・・
もっと顔をよく見せて・・・」
荒い息が近づいてくる。
いぬさんの様子がおかしい。
「いぬさん、なんだか怖いよ・・・」
私が顔をそむけると、
いぬさんはハッとした顔をして謝った。
「ごめんねごめんね・・・!
いぬは怖くないよ・・・大丈夫」
私の手の甲をぺろりといぬさんが舐めた。
「ひゃっ」
「くすぐったい?」
いぬみみだから、行動も犬っぽいのかな。
こくり、と頷くと
いぬさんは少し興奮した様子で、
指の一本一本に舌を絡ませてきた。
「ふ・・・うぅ・・・」
はじめての感覚に戸惑う。
「ね、ねえなんで舐めるの?」
「・・・アリスが美味しそうだから」
「えっ?」
どさり、とベッドに押し倒される。
わ、私何されちゃうの!?
美味しそうって食べられちゃうの!?
もしかしてこの子は、犬じゃなくて狼・・・?
「こわいよ・・・いぬさんこわい!」
私が涙目で訴えると、
いぬさんはぴたりと動きを止めた。
「ま、また・・・ごめんね・・・
ついやめられなくなっちゃう・・・
アリスのこと・・・大好きだから・・・」
しゅんとした顔で言われると、何も言い返せない。
「ねえ・・・舐めるのはやめるから・・・
手を握るのは・・・だめ?」
「手を握るくらいなら、いいよ」
私がそう言うといぬさんは嬉しそうに顔を輝かせ、
手をぎゅっと繋いだ。
暖かい手だった。
「・・・さっきね、うさぎさんと一緒にいたんだけど」
「うさぎさん・・・?」
「いぬさんにびっくりして、どこかに行っちゃったみたいなの。
私、探しにいきたいんだけど・・・」
「・・・それ、いぬも一緒についていきたいな・・・」
「一緒に探してくれるの?」
「・・・うさぎさんを見つけたら、アリス、喜ぶよね・・・?」
「うん、もちろん・・・!」
「じゃあ一緒に探す・・・いぬは探すの得意だから、まかせて・・・」
私はいぬさんと一緒に、うさぎさんを探しに行くことになった。
たぶん次の部屋にいるはずだよ、といぬさんが言ったので、
それを信じて、ドアに手をかける。
「この先の部屋のこと、いぬさんは知ってるの?」
「うん、食いしん坊がいるよ・・・
でも、大丈夫。
何かあっても、いぬがアリスを守るからね・・・
いぬはアリスのいぬだから・・・」