先日引っ越してきたばかりの彼女
色々な伏線を管理しようとしたら遅々として筆が進まず、結局難産のままです。考えていた伏線は溶けました。
世の中にはとても痛い人種というものがいるものだ。俺が一番理解できないのはセリフ枠とかいう、痛いセリフを嬉々として、低クオリティなのにドヤ顔で発信するブロードキャストである。
例のアプリ『悩メール』には、前時代的な、掲示板のようなチャットの機能の他にも、配信の機能があって、ラジオ配信なんかではこんな深淵の坩堝となっているのである。
『兄ぃー。わたしねぇ、夜寝れないのぉー♡』
だが、顔が隠れてしまうとは、身元が分からないとは非常に怖いもので、どうやっても頭のおかしいセリフがポンポンと出て来るのが辛い。
こうして、俺が俺の自殺を願う女の子の悲しすぎる様子をアプリ越しに見続けているのには、少し理由がある。
簡単に言って仕舞えば、情報の収集である。どうして俺が死ななければならないのか。彼女は一体何者かなのか。
それを知ることができれば、少しは力になれるかもしれないし、その先にワンチャンあるかもしれないのだ。決して、こういうのが趣味なわけじゃない。それに知ってる女の子がこんなことしてるのを見て喜んでる訳でもない。わかるな?
『えへへ。大好き♡』
それはともかく、本人にコレを見たことは絶対に言わないであげようとそう硬く決意したのだった。
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俺はその日、軽く寝坊をした。
結局、夜更かしに見合う成果はなく、ヤケになって彼女の放送を見ていたら時計の針が、下を向き始めていたのだ。
慌てて、スマホを切って目を瞑ったが、なかなかすぐに寝付けるものではない。
結局スズメの鳴き声が聞こえ始めた時に、眠りに落ちてしまい、それが運の尽きだった。
「やばい……。これはまじでやばい……」
僕は、牛乳をのどに流しこんで、誰もいない家を後にした。
「おぉー、宏海くん、おっはよー!」
俺が猛ダッシュしている時に声をかけてきたのは、少し前に近所に引っ越してきた庄山莉子さんだ。
僕が駅に走っていくのを、横からバイクで悠々自適に通り過ぎて行った。
「ちくしょう。バイクは校則違反だろ……」
俺は、部活にも入っていない弛んだ体に鞭を打ち、ギリギリで電車に乗り込んだ。
独特の電車の匂いに、顔をしかめる。駆け込み乗車をすると、いつもかかるアナウンスに、周りの奇異なものを見るような視線が追い打ちをかける。
だが、気にするまでもない。どうにか電車に間に合ったのだ。あとは、学校までダッシュすれば何とかなる。
「あら?」
俺は確かに聞いたことのある声を聞いた。
「宏海くんじゃない。随分慌てて大変ね」
そこには、目元に隈を作った学校一の美少女がいた。
「寝坊したんだよ。それに、君もこの電車に乗ってるんだから、どうせ寝坊したんだろ」
「私は、寝坊なんてしてないわ。だって昨日寝てないもの」
……。なるほど、配信でオールしたのか。
それにしても、酷い隈だ。何が彼女をそうさせるのか。
「どうして寝てないか、聞いても?」
「ど、どうしてあなたに答えなければいけないのかしら」
これは、完全にビンゴというやつだ。彼女は僕から目をそらすと、そのまま宙へと視線を泳がせた。
「まぁ、別に知られたくないならいいんだけど。そもそも、知られたくないようなこと夜中にしてたって俺に思われるけどいいのか?」
「なによ、うるさいわね。そうよ、恥ずかしいことしてましたー。コレでご満足かしら?思春期の男の子はこれだから……」
ほほーん、そう来たか。別に俺は下村さんでエロい妄想なんてしてないし、そんなこと言われる覚えはないのだが……。
「……」
うん。だけど、ちょっと昨日のことを思い出してなぜか、顔がすごく熱い。
「ちょっと……、まさかあなた……」
「ち、違う!?」
俺はどうやら墓穴を掘ったようだ。まぁ、いい。気まずくなったら、離れる。これはインキャの世渡り術だ。
「何、逃げようとしてるの?」
彼女は、冷たい笑顔を貼り付けて僕の肩を掴んだ。
「いや、ほんと違いますんで、頼むから離してください。いや、ほんと、これ以上キラキラした人間に絡まれるとガチで友達できないんで」
俺は、遠くなってしまった無難な日々を懐かしみつつ、退避を続ける。
「ちょっと、何言ってるかはわからないけど、私はあなたを逃がすつもりなんてないわ。ちゃんと私とお話ししなさい」
昨日チャットでお話ししただろうとかいう言葉が喉元を這い出そうになるのを必死に押しとどめながら、押しの強い美少女に俺は心底迷惑そうな顔をした。
「……」
「なによ、その目は……」
「だって、話すことないし。美人とちょっとでも関わるとカースト違いでクラスみんなに嫌われるし。それに、君とは関わるとやばそうだし」
「そこまで言われたら流石の私でも傷つくわ」
「俺は、現在進行形で安全で快適な高校生活を傷つけられてるんだぞ?ずっとぼっちなんだ。頼むから関わらないでくれ」
「……。そこまで言うなら……。今日のところは引いてあげるわ……」
彼女は青菜に塩を振ったような表情で、俺の方から離れていった。
やばい。すごい罪悪感だ。
電車は、金属質に均質な音を靡かせつつ、俺を学校へ運んでいく。
ものすごく清々しいゴールデンウィーク明けの青空なのに、灰色に見えるのはどうしてだろう。
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「今日は遅刻だったじゃーん!どうしたんだよー、宏海くんー?」
「……なんでもないよ」
俺は、死ぬほど走って出席簿に遅刻の丸を追加せずに済んだのはいいのだが、一時間目の授業にはまるで集中できなかった。
それに加えて、皮肉にも時間割に刻まれた体育の文字は俺を絶望の崖下へと突き落とした。
「まったまたー、ノリ悪いなー!昨日夜更かししてたんじゃないのー?目の下真っ黒だよー?」
うるせぇ……。
僕の昼休みの休息を全力を以って邪魔するこの人は、数週間前に僕の家の近くに引っ越して来た庄山莉子さんだ。
バイクに乗って悠々と登校して来た例の彼女である。髪は案の定金色に染まっており、スカートもすごく短い。お化粧もたいそうお上手なようで、男子たちの目線も釘付けである。
「……ねぇ。俺疲れてるんだよ。頼むからゆっくりさせてくれよ」
「嫌だねー!私学級委員長として、ボッチの空くんを社会復帰させるよー!」
余計なお世話すぎる……。そもそも、誰のせいで俺が社会復帰できないと思ってるんだ?
無駄に、クラスで人気のお前がやたら話してくるから、あいつインキャのくせに調子乗ってるって、男どもから排斥されてこうなってんだよ、頼むよ、放っておいてくれ……。
「……わかった。僕が悪かった。クラスのことに関わるから。なんでも手伝うから今はそっとしておいて」
「おぉー!やる気だなー?なら、放課後、教室でやることがあるんだー!ちょっと手伝ってよー!それじゃー、バイバーイ!」
う、うるせぇ……。
俺は嵐のように過ぎ去った災害にホッと胸をなでおろす。周りの様子は確認しない。周囲の男子は俺を射殺さんばかりに俺を睨んでいるし、彼女の取り巻きの女の子たちも、クソ迷惑そうな目線をこっちに向けてくるのだ。
二、三ヶ月前に近くに引っ越して来たくらいの付き合いだぞ、なんであそこまで馴れ馴れしく居られるのだ。
まぁ、いちいち拘っていたらキリがない。
そう思いながら、俺は眠りにつく直前で、どさくさに紛れてクソめんどくさいことを押し付けられそうな予感に苛まれながら、意識を手放した。