ネットの海の黒歴史
更新は不定期です。
「は?」
わしにしね と言うのか……。はっ、一瞬頭がショートしかけた。
待ってくれ。俺は一体彼女に何をしたと言うのだ?もしかして俺の知らないところでひどい恨みを買ったことがあるとか?
ダメだ。接点がなさすぎるから何も思い当たる節がない。
「もちろんお礼はきっちりするわ。私、これでも誠意ある対応をする方なのよ?」
死ねと言うお願いをしておいて誠意ある対応ってなんだよ!死んだら元も子もないわ!
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺なんか君に悪いことしたか?恨みを買うようなことでも?」
「何よ、取り乱しちゃって。別にあなたと関わるのはこれが初めてなんだから、恨みを持つ理由なんてないわ、当たり前でしょ?」
この場で一番のイレギュラーに常識語られたんだが……?普通にへこむぞこれ。
「じゃ、じゃあ、なんで俺に死んでくれなんて言うんだよ。そんなのよっぽどだぞ!」
「事情は話せないの。ごめんなさい。でも、死んで」
美少女にこんなに死ねと言われた男など未だ嘗ていただろうか……。
「真っ向から、頼みに来たな……。いや、でも流石にそれは出来ないよ」
「まぁ、待ってよ。あなたが死んでくれるなら、あなたが死ぬまでの間、私があなたの彼女になってあげてもいいわ」
「えぇ……」
「いや、あなたは私の彼女になりなさい。そしてあなたは自ら命を絶つの。分かる?」
なんだろう、この同じ言語を使っているのに、何一つ会話が飲み込めない違和感は……。
「いや、全く分からないんだけど……。ってか、そんなに俺に死んで欲しければ……、俺が言うのもなんだけど、殺しに来ればいいんじゃないのか?」
「それをしてはダメなの。なんで分からないかな……」
なんで俺に分かるとか思うのかなぁ……。
「じゃあ、僕がお断りするって言ったら?」
「私が死ぬことになるわ。残念ながらその運命を受け入れざるを得ないわね」
「は……?」
これ以上話をややこしくしないでくれ……。
「だから、あなたが死ななければ、私は死んじゃうの。そして、あなたを殺すことも出来ないの。だから、私はあなたに命乞いしてるのよ」
「命乞いって……。じゃあ、どうしてそんなに落ち着いてるんだよ」
「まぁ、あなたに殺されるまで私には時間があるのよ」
「俺が君を殺す?そんなまさか……」
「まぁ、あなたはそれに絶対に気がつけないんでしょうけれど……」
彼女はそこで初めて憂鬱そうな顔を見せた。いや、まぁ、綺麗な顔にその物憂げな表情はとても似合うんだけど、俺は状況についていけず、微妙に引きつった笑顔を向けるしかない。
訳がわからないが、俺に死んで欲しいということだけははっきり分かった。だけど、そう簡単に死ぬわけにはいかない。
俺はこんな美少女を殺そうなんて気はさらさらないし、そんな勿体のないことなどしようはずがない。
だが、これ以上考えても時間の無駄になりそうだ。
「よし、この話は保留にさせてくれないか」
こうして、俺は伝家の宝刀「先延ばし」を繰り出したのであった。
「いいわ。そのかわり、私があなたに付きまとわせて貰うわね」
「どうして?」
俺は疑問に、日向へと進み出した足を止めてそう聞いた。
「あなたを籠絡すれば、自殺させられるかもしれないじゃない?」
とんでもないサイコパスに絡まれてしまったのではないか?そう思い俺は戦慄した。
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とんでも無く重い事例を抱えてしまった。こんな時に、役に立つのが、お悩み相談アプリというやつである。
羊のマスコットキャラクターが、くるくるとアプリの開始画面で暴れているのを無視して速攻スタートさせる。
「急募。美少女に自殺を迫られた時の対処法っと」
俺はそう書き込んで、少しの間待つ。すると、暇人どもがわらわらと集まってきて、相談内容に対してあることないことを書き連ねるのである。
『妄想乙』
ちげぇんだよなぁ……。
『なにこれ、大喜利?』
まじめに答えてね?
『自殺するのが正解です。あなたの命なんかより、美少女の方が価値があります。彼女が目障りだと思うならあなたは死ぬべきです』
おぉ……、冷静に俺を殺しにくるのやめろ。
『そもそも、相手にしなかったらいいじゃん。やばいよ、そいつ。いくら可愛くても関わらない方がいいって』
正論だよなぁ。電波系女には関わらない方がどう考えても安全だしなぁ……。
『ってか、これをきっかけにそのおにゃのことお近づきになれば?』
ギャルゲーじゃねぇんだから……。まぁ、あのレベルの女の子となら多少性格に難があってもお近づきになりたい。それが男ってもんだろう。
『君のためなら死んでもいいってプレイできるじゃん、やったな。命と引き換えに』
対価がデカすぎませんかねぇ!?
とまぁ、こんな感じか……。ってか、暇人多すぎだろ。まぁ、これは相談というよりもこれを通じて会話をするのが楽しくてやって来るやつの方が多いのだ。
はっきり言って友達いない奴らの巣窟なのである。
私こと、宏海空もその一人だ。ハンドルネームはスカイくんである。そのままだ。
別にコミュ力がなかったわけじゃないんだが、まぁ、それは別の機会においおい話すとしよう。
「まぁ、スルー安定だよな。よし、それで明日は乗り切るかな」
俺はそういうと、モードを相談者から指導者に変えて、他の人のお悩みを解決するために、ネットの砂漠を彷徨い始めた。
そして、俺はフォローしているメンヘラちゃんのところへとたどり着いた。名前は✴︎みみか✴︎ちゃんである。
「急募 : ひとりぼっちで寂しいよ」
うわぁ。メンヘラだぁと思うなかれ。指導者たちにとってこういうメンヘラは狙い目なのだ。
しっかりと相談に真摯に向き合い、チャットで一対一で、話せるようになれば必然的に好感度はマックスなので、ネット恋愛とやらを楽しめるのである。そうすれば、通話機能も解放されて、声が可愛い女の子にしゅきしゅき言ってもらえるのである。
自分で言ってて、正直気持ち悪いが世の男どもは単純なのだ。リアルメンヘラより、ネットメンヘラは倫理を捨てれば簡単に捨てられるというお手軽さも相まってこういう子にはわらわらと人が集まるのである。最低だ。
だが、俺はそんな下心は出さない!そう!逆にそれが希少性となるに違いないっ!
「どうしたの?っと」
俺はまずは傾聴の姿勢を示す。これ、基本な???
『一人で、引っ越してきて友達が全然できないの……』
「大変だねー」
『そうなんだ……。私女の子によく嫌われちゃうから』
『それは、あなたがぶりっ子からでは?』
「いやいや、他にも事情あるかもしれないじゃん」
『私は別にぶりっ子とかではないんだけど、なんでなんだろ……』
これ以上は正直、痛いので割愛する。
具体的には、このメンヘラちゃん、「〜くん、そうなのー。大好き。chu」とか、「やぁーだぁー」とか「もえもえ」とかシラフでは書けないようなことを平然と書いてくるから、男どもとの会話は地獄絵図なのである……。
まぁ、実はこの子とは、チャットをしたこともある。つまり好感度はかなり稼げていると自負しているのだ。ぐへへ。
そして、こういう相談の後には俺のところにチャットにくるのである。あぁ、素晴らしき優越感。
まぁ、相手の顔も知らないし、正直ネット越しとかあまり期待はできないが、それでも顔が見えていなければなんとでも妄想できる。何言ってんだ、俺。
その日も、相談が終わると彼女は俺のところにチャットに来た。
『今日の男どもめっちゃウザかったー』
君も大概だよ……とか言いたいけど我慢して俺は「そっかー、辛かったね」とか無難に言葉を打つ。
『そういえば今日学校でね、私の言うこと全然聞いてくれない奴がいてー』
「うんうん」
『ほんと、最悪だったんだよ!ほんときもいし!私これでも見た目は良い方なんだよ!自分で言うのもなんだけど!』
あ、そうなの?それは捗ります。
『なのに、私のお願いが聞けないからって保留にするなんて、さいってー!』
ん???ん???俺は違和感を感じたが、ひたすら相槌を打った。
『ほんと、まじありえない!宏海空って奴もし見かけることあったらボコっといて!』
んーーー?????
『それに比べて、スカイくんってほんといい人!おんなじ空とは思えない!』
恐らくだ。
恐らくだが。僕は学校一の美少女の黒歴史を知ってしまったようだ。