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三章〜記憶〜

 

 世の中ってもんはなかなかに不条理で、理不尽なものだ。思っているとおりになんかはなりはしない。

 ……全くつまらん話だ。



「…俺がなにしたっていうんだ…?」

 力無くつぶやく俺がいる。俺は十年前のアレで極端に人を傷つける言動はなるべくさけてきた。

 はずなのになぁ……。

「なんでこの子は泣いてるんだ……。」

 俺の腕の中には昨日会ったばかりの一年がいる。

 なんでって?なんでだろう?なにがあったんだろう。



 俺は朝早く家をでた。早朝のひんやりとした空気を肌で感じながら、学校へ向かった。

 学校へついてからテニスコートに向かった。そこには昨日の一年生が待っていた。

「おはようございます。佐神先輩。」

「あぁ、おはよう。」

 簡単な挨拶を交わし、俺達は向かい合った。

「昨日はありがと。おかげで、悪魔から開放された気分だったよ。」

「別に、わたしは少しお手伝いしただけですから。」

 俺は昨日彼女に過去のトラウマに関する話を聞いた。

 それは俺の、トラウマを和らいでくれる結果になった。

 どうやら彼女は神社の神主だそうで、十年前俺が行った当時の神社の神主さんの娘だったらしい。それを聞いたとき、俺は頭を下げていた。なぜかは解らないが、気付くと下げていたのだ。

「頭を上げてください。佐神先輩。」

 そっと手を差し延べてくれた。

「あの事についてはもういいんです。それに悪いのは、わたしたちです。」

 彼女は言った。

「あぁ。ありがとう。」

 立ち上がりテニスコートの土をはらい、再び彼女と向かい合った。

「じゃあそろそろ、君と孤狼の正体を教えてくれ。」

 そういうと彼女は、はいと言い、話を始めた。

「まずわたしは昨日言ったとおり、あの神社の神主です。そしてあの孤狼は、我が神社に住み着いている精霊の一種です。」

「精霊!?あの孤狼は妖魔じゃないのか?」

 俺は戸惑った。俺が孤狼と対峙した時は、てっきり妖魔だとばかり思っていた。

「あの子は『氷狼魔』(フェンリル)という精霊です。他人には全く心を開かない氷の心を持っていて、信頼した人でないと近づくこともできません。」

 氷狼魔か…、覚えておこう。…ん?

「なぁ、その氷狼魔は君に憑いてるのか?」

「いえ、わたしの親みたいなものです。」

 そういや精霊は何千年も生きると言われているな。なるほど、氷狼魔は彼女の家に憑いていたのか。

「それでもうひとつ、伝えることが…。」

 彼女がそういうと、俺達の周りに50mぐらいの広さの『結界』が張られた。

「おい!どういうことだ!?」

 混乱する頭ではそう聞くのが精一杯だった。

「あなたを殺すんです。佐神先輩。いや、佐神勇刀。」

 どこまでも抑揚のない声で語りかけてきた。

「わたしの名前、まだ言ってませんでしたね。わたしの姓は、『夜神』」

「ッ!!?」

 『夜神』?『夜神』だと!?

「驚いていますね。」

 『夜神』はいう。やはり抑揚のない声で…。

「どうして夜神家が佐神を狙う!?」

「…おしゃべりしている暇はありませんよ。召喚!封魔爪、氷連爪!!」

 ジャキンと音をたて、夜神の腕から手にかけて蒼く鋭い爪が装着された。そして…

「うわぁぁぁ!!」

 素早い動きでこちらを攻撃しにきた。や、殺る気だ!本当に…!!

「な、なんで俺を殺そうとするんだ!?理由を教えてくれ!!」

「…………。」

  ズシャア!!

「チィ!聞く耳なしかよ!しかたない…!召喚!封魔刀、霊魔刀!!」

 刀を喚びだし、構える。が…

「くっ!?」

 夜神の攻撃をくらってしまったようだ。俺の左腕から血が流れる。どうやら少し肉をえぐられたようで、かなりの血が流れている。

「どうしました?ボサッとしていると、死にますよ?」

 でたらめなスピードで、俺に襲い掛かる。

「くそ!早過ぎる!」


  ガッ!ガッ!ガッ!

  ぷつ!ぶしゅ!!



 ………どのくらい経ったか。

 俺の体からは大量の血がながれ、左腕に関しては筋肉の一部が見え隠れしている。

「………。」

 助けはこない。当然だ。ここは結界の中。結界の中は外からでは見えない。

 いや、正確には見なくなる、と表現したほうがいいか…。結界がある場所には誰も近付こうとしなくなる。すなわち、人々からその場所の興味を無くすのだ。

「このままじゃ、本当に死んでしまう。」

 残念だが俺は彼女に、夜神に刃を向けることが出来なかった。

 俺を殺そうとしているとはいえ、俺が過去を断ち切るきっかけをつくってくれた。それに、相手は女の子だ。

「…殺せるわけないだろ。くそ!」

 自分に愚痴をこぼす。夜神は殺したくない。でも俺も死にたくない。

 死にたくない死にたくない死にたくない殺したくない殺したくない死にたくない……。

 頭の中で二つの言葉がこだまする。とその時だ。


  ドクン!!!


「…さぁ、そろそろとどめです。佐神勇刀。」

 夜神は佐神に向かって、蒼い爪をたてる。が、それは叶わなかった。なぜなら、佐神勇刀が……、

「き、消えた……?」

 夜神は戸惑った。そこにいた佐神が消えたのだ。

「ッ!どこに!?」

「ここだよ。」

 夜神は振り返る。そこには、神々しいオーラを放つ佐神がいた。手には二本の剣をもっている。

「佐神勇刀…!なぜ?」

 夜神は理解出来なかった。さっきまで傷だらけで動くこともままならない様子だったのに、見えない速さで夜神の後ろに移動しているのだ。

 しかし、更に驚くことを夜神はきいた。

「違うよ。僕の名は、『沙神悠刀』(さがみゆうと)。」

「っ!?」

 夜神は理解出来なかった。だが彼は続ける。

「悠刀の悠は『悠久』の悠。遠い過去から変わらない信条。その信条とは…。」

 夜神は息をのんだ。佐神、いや沙神からでる不思議なオーラが強くなっていると感じたからだ。

 ビリビリと夜神はそれを感じる。そして沙神からでた言葉にまた更に驚いた。

不殺ころさずの精神。誰も不殺に敵を狩る。」

 そうして、沙神悠刀の攻撃が始まった。



 


「!?馬鹿にしてるのですか!?わたしはあなたを殺そうとしているのですよ!そんな相手を不殺ころさずに戦うなんて…正気ですか!?」

 夜神は戸惑った。彼の言動もそうだが、なによりもあのオーラに戸惑っている。今まで戦ってきたどの妖魔もあんな神々しいオーラをまとったものなどいなかった…。

「悪いけど、我慢してね…!」

 走る閃光。彼が動くたびに光の緒が残る。姿は確認できている……、そう思って攻撃をする。

 が、全て空振りに終わる…。

「ッ!!は、疾い!追いつけない!」

「君がいくら夜神家の人でも、僕の動きにはついてこれないよ。」




 わたしの身体は彼からの攻撃でボロボロになっていた。だけど彼は言葉通り、致命傷を与えない。あくまでも戦う意欲、戦意だけを削っていく。

「はぁはぁはぁ……!」

「もうやめよう。君の勝ちはもうないよ。降参してよ。…お願いだよ。」

 彼は、沙神は語りかけてきた。どこまでも優しい口調で…。

「やめっ…。やめて!これ以上わたしをおかしくしないで!!殺りたいなら殺ってください!!……もう……。」

 わたしはもう限界だった。相手はわたしを殺せる力を充分にもっている。なのに…、

「……ダメだよ。僕は誰も殺せない。殺せば僕は僕でなくなる…。だから…。」

「……ッ!!!あなたがわたしを殺さないのなら、わたしが自分で殺す!」

 わたしは腕の刃を心臓のある位置に導いた。

「……ハァァァア!」

「っ!!そんなことやらせない!やらせてたまるもんか!!自ら命を絶つなんて!!」

 その気迫に驚いたわたしは彼の方を見た。わたしがみた彼の顔は…。

「な、泣いている?なんで……」

 彼の顔はとても哀しそうに泣いていた。

「お願いだ!自分で自分を殺そうなんてしないでくれ!!」

 気付いたときには、わたしは沙神悠刀に抱きしめられていた。

「え…………?」

 わたしは彼に腕をとられていた。わたしに刃が向かないようにするためだろう。

 ……でも、その刃は彼の身体を深々と突き刺していた。

「離してください!死にますよ、あなた!!」

「離したら、君が死んじゃうだろ?」

 そんなことのために?わたしを殺さないために?それとも自分の信条のために?

「ねぇ、話合おう?勇刀もそれを望んでいるよ。」

 彼の身体は真っ赤に染まっていた。呼吸も荒くなっている。

「……わかりました。わかりましたから早く離れてください!あなた死にますよ!?」

「大丈夫だよ…。僕が、沙神悠刀が死んでも…、佐神勇刀は死なない。死ぬのは…僕だけでいいんだ。」

「何を言ってるのですか?あなた言ってることが、支離滅裂じゃ…ない……で、す……か?」

 いつの間にかわたしは泣いていた。さっきまで殺そうとしていた相手なのに、わたしは泣いていた。

「ははは…。君は何を思い詰めていたんだい?」

「な、なに……を…い…な……り?」

「言わなくても解るよ。夜神『桜』さん?」

「っ!??」

 なぜわたしの名前を…?いやそれよりも…。

「思い詰めてること……なんて、あ…ぐす…ませ…。」

 なんで彼はわたしの心がわかるのだろうか…?

「ふふふ…。嘘をつ……ても……、わ……る…ょ。」

 彼から血の気が引いていくのがわかる。沙神悠刀が、死んでしまう…?

「い……や。ぅぅ…し、死なないで…。」

 なぜかそんなことを言っていた。

「……きず…つ…て…ゴメンね…。さ…くちゃん。」

「ッ!!!?」

 さくちゃん!?どうして、沙神悠刀がその呼び名を知っているのだろうか…?

 その呼び名はわたしが小さい頃、近所のお兄さんがわたしを呼ぶときに使っていたあだ名。そのお兄さんは死んでしまったけど……。




「ゆーにーちゃん!」

「あっ!さくちゃん。また遊びに来たのかい?」

「うん!!そうだよ!!」

 ゆーにーちゃんは近所に住む大学生だった。いつも優しく、一緒に遊んでくれるお兄ちゃんだった。

 そしてなにより、決して命を無駄にしなかった。

「命は大切なものなんだよ。とっても大切だから、むやみになんでも殺しちゃダメなんだよ。」

 それがゆーにーちゃんの口癖だった。

 わたしはそんなゆーにーちゃんが大好きだった。

 ……でもゆーにーちゃんはわたしを助ける為に死んでしまった。

 わたしが川で足を滑らせて落ちてしまった時だ。

 雨上がりで、増水していて流れが速いのと、まだ泳ぐことを知らなかったために、わたしは溺れてしまった。とても苦しくて、息が出来なくて、恐かった…。死んじゃうって思った。

「さくちゃん!!」

  ザブンッ!!


 その後どこからか噂を聞き付けたのか町の人達が集まっていた。わたしは町の人達に介抱されて一命を取り留めた。

 でもゆーにーちゃんは流れに呑まれて、そのまま死んでしまった。



 そんなゆーにーちゃんが使っていたあだ名を、なんで沙神悠刀が知っているのだろう……。

「……もしかして、ゆーにーちゃん…?」

 わずかだが悠刀の首が上下に動いた。

「い…のち……は…………ぃせつ…よ。…だから……忘…な……で…ね。」

 かすれかすれだが、わたしには悠刀の言ったことがわかった。

『命は大切なものなんだよ。だからそれを忘れないでね。』

 確かにそう聞こえた。そしてあの時と同じように、ゆーにーちゃんはわたしを助けて死んでしまった……。わたしのせいで、二度も死んでしまった。わたしが替わりに死ねばよかったのに……。

 最期に聞こえたのは、『また会えて嬉しかった。』という台詞だった。




「ど、どうして泣いてるんだよ?」

「うわぁぁぁぁ!!」

 困ったな……。俺が目を覚ますと既にこうだった。

 なんとか泣き止んでもらわないと…、そうだ!死んでしまったアニキが使っていたあやし言葉をつかえば……。

「あー、その……」

「うっ……うう…。」

「なにがあったが知らないけど、顔をあげて?な。」

 確かこんな台詞だっけ?

「生きてる間には辛いことだってある。だけど自分の命が本当に大切だと思っていれば…、少しだけ楽になれるよ。命を感じることは力になるから…。」

 そう言うと腕の中の彼女は更に泣き出した……。ゆーにーちゃん。ありがとう。と言いながら……。




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