二章〜過去〜
「ばいばい…。」
走りだす車。それを追い掛ける僕。
いくら速く走っても、人間の僕では車に追いつけない。
そして、車が…華奈ちゃんの乗った車が、見えなくなってしまった。いくらその名を呼んでも、返事は返ってこない…。
「華奈ちゃん。華奈ちゃん……。」
とうとう僕は、泣いてしまった。僕があんなこと言わなきゃよかったんだ。僕があんなこと……。
「うわぁぁぁ!!行かないで!!……ってアレ?」
朝の清々しい空気の中、俺の目が覚めた。いやな汗を体中かいている。
ガラッ
「アンタ、五月蝿いわね。いい年こいて悪夢なんかで起きるの?全く…」
朝の空気をぶち壊す奴の…阿神の声…。まぁ既に悪夢でぶち壊しだが……。
「なんでもない…。なんでもないんだ…。」
俺はとりあえずごまかそうとした。が…、
「ふーん。」
なんとかごまかせたか。よかった。
「華奈ちゃん!華奈ちゃん!」
「ッッッ!!!!!!」
「何がなんでもない、よ。おもいっきり唸ってたじゃない?」
こいつ、泣かしてやろうか?
「あたしを泣かそうとは思わないことね。昔みたいに、あたしが泣かすわよ?」
お前は超能力者か!?っと本気で思ってしまった。心を読むなんて反則だろう……。
「そんなことよりアンタ…」
突然声のトーンが下がった。どうしたんだろ?
「もう8時半よ?学校、ここから15分掛かるんでしょ?」
……えっ?何だって。8時半だって。
…………ヤバイ!!遅刻してしまう!飯食う時間がない!朝の補給である朝食が食えないとは、俺には致命的だ!!
「さっさと着替えたら?」
しれっとした顔で言ってくる。畜生!
「なんで起こしてくれなかったんだ!?」
当然の台詞を投げかけたが……
「アンタ、起こさなくていいって言ったじゃない。」
あっさりかわされた。じゃなくて…!
「俺がいつそんなこと言ったよ!?」
今はもう頭がいっぱいだった。主に朝飯のことで……。
「昨日。もう忘れたの?」
ヤレヤレという顔で、阿神は言ってきた。更に続けて、
「全く、アンタはホントに世話かかるわね!いい!?アンタは昨日…」
混乱する頭で阿神の話を聞いた。どうやら俺は、
『朝ぐらい自分で起きる!』
と言ったらしい。しかもややキレ気味で…。そしてそのツケがこれだ。
「とにかく、早く着替えたら?」
切り替えの速い奴だ。その性格を少し分けてもらいたいね。そこでふと気付いた。
「………なぁ」
「なによ?」
「着替えたいんだが…。」
「着替えればいいじゃない。」
こいつホンキで言ってるのか?
「下着も替えたいんだが…。」
実際俺の着ているものは汗でビショビショだ。
「………あっ!?」
バタン!!
やっと気付いたか…。さてと奴は出ていったし、さっさと着替えて、飯食って、って時間ないんだったな。
ハァと溜息をついた。今日は朝から散々だな……。
学校につくと、俺は机に突っ伏した。なんでって?それは…
「腹減ったぁ……。」
そう!俺は結局朝飯を食えなかったのだ。あぁ、あのあったかいほかほかご飯。そして納豆、味噌汁。オプションで海苔、漬け物。
そんな『和』の食事が俺を待っていたのに…。だが飯を犠牲にしたおかげで遅刻はしなかった。それはよかった。が…。
グゥゥゥゥゥゥゥ!
理性はよかったと思っても、生理的には納得してくれなかった。いや人間はややこしいね、全く。
「おぉい、すごい音だな。腹。」
「……大城か。なんだ?」
ったく、またからかいにきたのか。テキトーにやり過ごして、空返事を…。
「…なぁ!聞いてるか?佐神!」
うるさいな。
「なんだよ?」
「だからさ、変なんだよ、最近。」
「安心しろ。お前はいつでも変だ。」
「ひでぇ!…って俺じゃねぇ!後輩なんだよ、おかしいのは……。」
「お前のがうつったんじゃないのか?」
「人を病原体みたいに言うな!」
「冗談だよ。で、俺に相談するってことは……妖魔つながりなのか?」
腹減りのことも完璧に忘れて…、いや忘れてないけど、俺は大城の話を聞いた。
「そうじゃないかな、と思っている。俺がテニス部なのは知ってるな?」
「……あぁ。」
忘れてた。大城は体格がよく、身長も175cmの俺に対し189cmもある、大柄な奴だ。
てっきりバスケ部かと思い込んでいた。そっかぁ、テニス部か。
「……忘れてたな。まぁいい、とりあえず放課後テニスコートに来てくれ。そこで説明する。」
コクンと頷き答える。じゃ放課後、とその場を立ち去る大城を、呼び止めた。
「なんだ?」
「なぁ。なにか食うもんない?」
「…ない。」
大城はそう言って、自分の席へ戻っていった。
「腹減ったぁ…。」
そんな事を呟いていると俺の隣に影ができた。
「あ、あの…。佐神君…。」
「ん?」
見るとそこには、小さい女子生徒が。たしか…
「田神さんだっけ。どうかした?」
隣には小さくて可愛らしい、田神さんがいる。
大城の話では、誰もが参る可憐な妖精。らしい。成績も優秀って言ってたな…。そんな田神さんがなんの用だろう?
「あ…あの、……これ、よ…よかったら…。」
差し出された手の中には、包装されたおにぎりが……。
「く、くれるの?」
彼女の首が上下に動いた。俺は泣きながら、
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
と一生懸命お礼を言い、手に取ったおにぎりを口に含んだ。
「〜ッ!!!」
うまい!おにぎりってこんなにうまかったか?うう、こんなにうまいおにぎりは初めてだ!感動した!!
「ごちそうさまでした!」
あっという間に食べ終わった俺はそう言い、彼女の手を取り、こんなに優しい人がいるなんて!と号泣した。
なんだなんだとクラスの奴らがこっちを見ている。はっ!と気が付いた。
田神さんが、耳まで真っ赤にして俯いている。恥ずかしくもなるだろう。こんな変な奴に号泣されているのだから…。
「ゴ、ゴメン!!」
そう言い手を離した瞬間、田神さんは教室を飛び出していった。後で謝っておこうと思った。
……その後、俺はクラスの奴らから長い尋問を受け続けたのは言うまでもない……。
未だに胸がドキドキしている…。心臓の鼓動が激しくなるのが解る…。手に温もりを感じる…。
「…手、握られちゃった……。」
ぽつりと呟いてみた。改めて思うけど、結構大胆な事しちゃったな…。
今私はトイレの個室に閉じこもっている。まさか、手を握ってくるなんて思ってもなかった。
だから、握られた時…うれしさより驚いてしまった。…それで、教室から逃げ出して……。
「悪いことしちゃったな…。教室に戻ったら謝ろう。」
私は深呼吸をして、彼がいる教室へ戻った…。
「一限目、HRだったっけ…。」
廊下を歩いている田神は、そう呟いた。そして、彼女が教室の扉を開けるとそこには……!
「…!!さ、佐神君!?」
彼女がみたものとは…、壁に張り付けにされている佐神勇刀だった。
「!先生…田神さんが戻ってきました。」
「は〜い♪じゃ、役者も揃ったところで、始めま〜す♪」
新山千晴がそう言うと、田神は真ん中の机に誘われた。
「あ、あの…、先生?何を始めるんですか?」
恐る恐る田神は聞いた。そして返って来た答えは……
「今から学級裁判を行うのです♪!」
「??学級……裁判?だ、誰を裁くんですか?」
田神は訳が解らなかったが、新山はもちろん、と言い……
「そこにいる罪人、佐神君です♪!」
ビシィ!と新山は張り付けにされている佐神を指差した。
「我らの田神ちゃんを泣かした大罪人なのだ♪!!」
「えぇぇ!?いつ私が佐神君に泣かされたんですか!?」
田神は必死に佐神を弁護した。あれは誤解です!と、可愛い声ながらも、力強い声で弁護し、被告人佐神勇刀は晴れて無罪となったのだった……。
放課後…俺は傷む身体で大城が待っているであろう、テニスコートに向かっていた。
全くなんで俺は張り付けにされてたんだ?って田神さんを泣かしたからか…。結局謝りそびれたし…。よし!明日こそ謝ろう!
そんなことを考えていると、テニスコートが目の前に広がっていた。もうついたか、と思い大城を探した。大城はすぐに見つかった。
「…練習中か……。終わるまで持つかな…。」
その後20分程待っていると、大城がこちらに気付き近付いて来た。
「もうきてたのか。」
「まぁ妖魔かもしれないって聞いてるからな。」
大城はじゃ説明しようか、といい俺をテニス部の部室前へ連れていった。
「ここならコートから離れているし、大丈夫だな。」
実際そうだった。テニスコートから部室までだいたい、100M程離れている。
しかも角を曲がらないと、コートからは部室が見えない位置にあるから尚更だ。
「じゃ早速説明しよう。俺は高校初めての後輩をもって嬉しかった。まぁそんな俺は、一人で熱心に筋トレをしている一年に声を掛けたんだ。ほら、一年先輩である俺が先輩らしいとこを見せれば、株があがるだろ?んで、声を掛けたのは良いんだが、どうもその一年は…………」
長い……。なんかどうでもいいことまで言ってるし。帰ろうかな?
まだ大城は話を続けているし。………ん?大城の口が止まった?なんでだ?
大城の顔を見ると俺の後ろに視線をうつしていた。
「大城?どうした?」
大城につられて後ろを向く。そこには………。
「…………」
俺より背が5cm程小さい、一年生が…。
「あの娘が例の子だ…。ちょっとキツメな感じだろ?」
ぼそぼそと耳打ちしてくる。
…確かに、少しツリ目でどこか冷たい感じがする。でもそれより……
「あれ一年か?なんつーか…、デカイな…。」
もちろん身長のことではない。そう胸だ。
「お前には阿神ちゃんがいるだろう?あの娘は俺のモンだ。」
ピリッ
「……ん?」
なんだ?この感じ…?嫌な感じがする。
「……?どうした?佐神?」
「おい。部活が終わるのは何時だ?」
「え?まぁだいたい7時ごろかな。」
それを聞いて俺は、
「わかった。」
とだけ答えた。
「なんだよ、一体?」
大城は不満そうに言ってきた。
「なんでもない。あと妖魔はいねぇ。お前の勘違いだ。」
「えっ!?そうなのか?………ん〜。お前がそう言うんなら。じゃあ俺、部活いってくるわ。」
そういい大城はテニスコートに向かった。スマン大城!!嘘ついて!!
辺りはもう暗くなっていた。今は六月だ、外も少しづつ暑くなってくる。
でもその原因の太陽は沈んでいるが。
「もう8時か…。」
腕時計を見て言った。そして次はテニスコートに目をやる。
「いつまで練習するつもりなんだ?あの娘…。」
テニスコートには大城が言っていた一年が、まだ練習をしている。
「おかしい。あの嫌な感じはあの娘からだと思ったのに…。……もう帰ろうかな。」
俺はその場を立ち去ろうとした。が、それは叶わなかった。なぜなら……。
「!!よ、妖魔!?いたのか!」
チッ、と舌打ちをし構える俺。
「相手は『孤狼』か!」
孤狼…群れることを嫌う天然の妖魔。人に取り憑くタイプで、身体能力を向上させるが、その代わりに狼の如く人を嫌い、さらには傷つけるまでに精神が侵されるらしい。
その状態が一月も続けば、肉体を奪われ周りのもの全てを破壊する、狂狼になってしまうのだ〜
正直、不安が走った。通常憑畏している妖魔に傷をつけると、憑かれた者も傷をおってしまう。この場合、やはり……、
「あの娘が憑かれているのか。クッ!!」
憑畏型の妖魔。あの時と同じ事になるんじゃ…。ダメだ!俺には出来ない!!
十年前 俺がまだ七歳のころだ。俺は阿神をつれて神社に行った。
その神社はいわくつきで、妖魔がよくでると噂されていた。
その頃の俺は好奇心旺盛で、神社の妖魔を確かめに行ったのだ。
そして……、そこで妖魔がでてきて、阿神が憑かれてしまったのだ。それで俺はやむを得ず阿神を攻撃した…。阿神を助けるために…。
……事はすぐに解決した。取り憑かれた直後だったので、すぐに妖魔を倒すことができた。…そのとき俺は謝りたかった。でも俺の口から出た言葉は…、
『あんなのに憑かれんなよ!ノロマ!』
と言ってしまったのだ。そしてその三日後阿神は引越してしまったのだ。
そんな苦い思い出が、いつの間にか俺のトラウマになってしまっていたのだ。
「アオオォォーーン!!」
孤狼が襲い掛かる。
「チッ!一か八か!召喚!封魔刀、魔封光!!」
俺は光の刃を出した。そして、振った。
「うまく行け!!頼む!!」
この魔封光は相手との強さで、効果の効きが違う。さらにいえば妖魔にしか効果がない。
もし俺の力の方が強ければ、孤狼を封魔(封印)をすることが出来る。
「アオぉぉん………」
孤狼はぺたんと倒れた。
「…!や、やった…!」
うまくいった。そう思った……。だが、
「な、なんでだ!?なんで封魔が起こらない!?」
孤狼の姿は消えず、そこにあった。こんなことは今までなかったのに…。
「その子は、妖魔であって妖魔でないですから。佐神先輩。」
テニスコートに抑揚のない声が響いた。
俺は自宅の玄関をくぐった。
「………」
「あら、遅かったわね。…?どうしたの?」
「阿神…。」
「なに?」
「十年のあの時はゴメンな…」
「ど、どうしたの?突然?」
「いや、思い出しただけだ。俺もう寝るな……。」
「えっ?う、うん。……おやすみ。」
俺は布団の中で考え事をしていた。でもすぐにやめた。明日になれば解るはずだ。と思ったからだ。
俺に過去の戒めを解く方法を教えてくれた、あのおかしな一年生によって……な。




