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第五話 邂逅する。

※文の改行、添削を行いました。

※改稿しました。(内容に大きな変化はありません。)10/19



 俺は勉強する本を借りてくるためにここを訪れていたはずなのに、どういうわけかネデラおじさんのせいで地下の古本の整理をすることになってしまった。


 正直言って、面倒くさい。


「この状況で整理って言われてもどこからやればいいんだよ……」


 まだ昼間なのに地下の部屋は薄暗くじめじめしている。

 そして、おそらくネデラおじさんによって机やらに無造作に捨て置かれた本の数々は、表紙も見えないほどに分厚い埃を被っている。


 とりあえす眺めているだけというのも時間の無駄なので、一番近くにある黒っぽい背表紙の本を手に取ってみた。


「んー、『創世の魔法使い』か。確か、父さんに五歳くらいの頃に読んでもらったこともあったな」


 『創世の魔法使い』というのは、大体の子は絶対に読んでもらう子供を対象とした絵本のことだ。

 物語は思ったより真実味があって、挿絵も綺麗なものだったから中々面白かった気がする。


 まぁ、あくまで御伽噺の範疇だが。


「ふむ。少年が父君ともっと小さい時に最初にここを訪れたことから考えるとだいぶ経っているのか、変な感じだね。あとその本だけどデタラメが多いから影響されちゃダメだよ?」


 俺は思わずその場で固まる。


 何故なら地下の部屋に入った時には当然誰もおらず、上にも今のところはネデラおじさんしかいなかったはずだからだ。


「そう変な顔をしないで、少年。この可哀想な本達の方を目を凝らして見てごらん?」


 見るか見まいか迷ったが、遂に好奇心に負けてしまう。

 ゆっくりと、古本の山を覗いてみる。どうか幻覚であってほしい。


「は?なんにも……うわ!!」


 そこには周りの埃だらけの本とは違って新品同様に保たれた綺麗な本があったのだが、なんとその本が独りでに立ち上がっていたのだ。

 そしてその本の表紙には、人間の目ん玉が一つついていた。こんなもん見たら誰だって驚くに違いない。


「なんだい君は?レディに対してその驚き方は失礼じゃないか?」


 なんかこの本怒ってるんだけど。


 いや夢って可能性も……ていうかレディ?

 性別以前に、俺にはどう考えても目の付いた本にしか見えないんだけど?


「すみません。じゃなくて!まずは、何者なのかっていう質問に答えてもらおうかな?」


 現実だろうが意識のある夢だろうが、驚くものは驚くんだよ。

 ちなみに、そのせいで心臓のバクバクがやばいことになってる。


「ん?僕は僕だよ。それ以上でもそれ以下でもないし、この姿の僕と話が出来たのは少年を除いて他には誰もいないから今まで答えたこともないしね、なんとも言えないよ。あ!強いて言うなら本?じゃあ駄目かな?」


 結局お前はなんなのか分からないじゃないか!そもそも、声帯無いくせにどこから声が出てんだ!それと疑問を疑問で返すな!余計訳が分からなくなる!


 と、ツッコミ倒す一歩手前で気持ちをなんとか抑え込むことに成功した。


 なんか頭がクラクラしてきたぞ。


「この姿ってことは、前は人だったってこと、なの?」


「そりゃーそうだよ。僕は、こう見えて生前は超のつく美女だったんだからね?でも今は『魔法』でこの姿に辛うじて留まってるだけだから、証拠は見せてあげられないけどね」


「は?魔法?冗談もそれくらいにしてくれよ?」


 この世界では、『魔術』が現実に存在する原理で、『魔法』というのは、それこそ先の絵本だのに出てくるお伽話に都合よく作られた想像に過ぎないものというのが、揺るがぬ常識としてある。


 なのにこの本は、さも当然のように魔法という言葉を口に出した。ほんと怖い奴だ。


「え!?そりゃあ魔法を創ったのは相当昔だけど、まさか無くなっちゃったの?なんか寂しいなぁ」


 本当にこの本は何も知らなさそうなので、魔術のこと辺りを一通り教えてみることにする。


 夢にしてはやけに現実味があって、なんだかおかしな気分だ。



━━━━━━━━━━━━━━



「へぇー、魔札っていう術具を使って各属性の現象を誰でも起こせるように、ねぇ。使える人だったら魔法の方がよっぽど良いけど、みんなが平等に使えるっていうのはいいかもね」


 感心しているところで悪いが、ちょっと俺の説明が不十分で伝わってないところがあったので修正を入れておく。


「それがみんなが平等にってわけでもないんだよ。魔札で集めた魔力を実際に現象にする時の効率が人によって差が出るから、最近は起きてないけど、戦争とかになると魔術士としての才能がなくて、士官学校にも通ってない平民なんかは戦う手段はないんだよ。まぁ俺もその一員なんだけど」


 一応これから商人になるわけだから、商品を売る上でそういう話にも敏感にならないといけないんだよな、嫌な話だ。


 というか、もしこれが夢じゃないとしたら実際はこんな所で喋る変な本相手に油を売ってるわけで。ほんと何やってんだろ俺。


 何だか急に馬鹿馬鹿しくなって冷めた俺は、やる気をすっかりなくして地下の古本の山を後にしようとする。

 ネデラおじさんには、適当に言い訳をして屋敷にさっさと帰ればいいだけの話だ。


「じゃあ俺はそろそろ……」


 それに被せるように喋る本は、当然のようにおかしなことを口走る。


「でも君は見ただけで相当魔法使いとしての適性があるようだから魔術なんかに頼らなくても大丈夫だよねー。ラッキーだね!」


「は?」


 ちょっ、何言ってんだ?


「だって僕を喋る本として知覚できるのは、相当魔法使いとしての「底」が深い人だけだからね。あっ、でも今は魔法を教える人なんていないからそんなこと言われても分かんないのか!すっかり忘れてたよ」


 一人でこの本は何を言ってるんだろうか?まず喋るのがおかしいんだが。大体魔法なんてものあるわけないだろ?

 だんだん、存在もしない阿呆みたいな夢に、無駄に期待させられているみたいで、イライラが溜まり始めてきた。


「……はぁ、そこまで言うんだったら実際に魔法を使ってみてくれって感じだよな」


 ボソッと呟いた俺の言葉を聞いていたのか、待ってましたとばかりに喋る本の目(一つしかない)が、キラリと怪しく輝いた。


「ほぅ、そういうことならお安い御用さ、少年。本当は無詠唱のが高等テクだけど、こういうのはインパクトが大切だと思うから今回は詠唱ありでいいかい?それから、うーんと。もし魔法が使えたら僕を君の師匠として魔法を教えることを認めてくれるかい?」


 俺に魔法を教える?何言ってんの?でも、もう言ってしまった手前引っ込めたくはない。

 まぁどうせ魔法なんか使えやしないさ、大丈夫だろう。


「あー、了解了解」


「じゃあ、一応契約もしておこうか。本来の作法は契約者同士が手を繋ぐのが条件なんだけど、僕には手なんか無いから少年がボクを手に持ってね?」


 俺はぶすっとした顔をしながらも、喋る本を手に取った。

 本なのに、何故か人間らしき暖かみがあって気味が悪い。


「レディを抱き上げてるのにその渋い顔はなんだい?まったくー。そういえば契約の言葉、又は約束の言葉とも言うけど、君は分かるかい?」


「あぁー……分かるけど」


 運が良いのが悪いのか、それは今朝の夢に出てきたからな。


「「神に誓いを」」


 すると驚くことに、喋る本と俺の身体が同時に青白く光ったのだ。

 それによって、特別に変わったことはないが、なにかに守られているような感じがしないでもない。


「驚いたかい?本物の魔法使い同士がこれをするとちゃんと契約として機能される様になるんだよ。それでは魅惑の魔法をご覧あれ!『洗浄クリーン』」


 喋る本が今まで聞いたことが無いような詠唱をし終える。


 そうすると、今まで汚かった地下の部屋の埃は光となって消滅し、駄々草に積まれている本や、床に落ちている本なんかは綺麗になった長い机の上に勝手に運ばれて整頓されていく。


「……」


 詠唱がとかそういう以前にまず現象を起こすのに魔札を使っていないなんて。本当にどうなってんだ?


 そんな思考の中で、俺は目の前で起きた摩訶不思議に釘付けになり、言葉すら発することは出来なかった。


「ふふーん!今から僕が師匠なんだから、当然、少年は弟子になったわけだ。あっ、だからって畏まって敬語とか使わなくていいからね」


 顔が無くても分かるドヤ顔は腹が立つからやめて欲しいところだ。

 そこから、祈るように二、三回頬を思いっきりつねってみたが、馬鹿みたいに痛かったので夢でもない……



 ──これはもう、認めるしかないようだ。



 なぜか自分が勝負に負けたような気分になり、嫌々ながらも言葉を返す。


「分かったよ。師匠、でいいんだろ?」


「あーその響きイイね!ということで早速魔法について教えてい……」


「いや、今から家で勉強するから無理なんで。明日また来るからその時に頼むよ」


「釣れないなぁ少年は。じゃあまた明日ここに来てね。一から魔法を教えてあげるから」


 こうして俺は一応だが、魔法を操ることが可能なしゃべる本(自称美女)の弟子となったらしい。


 そして、この奇妙な邂逅が俺の人生を大きく変えるものであることは、まず間違いないのだろう。




━━━━━━━━━━━━━━




 リオンがルックウット書店から立ち去った後、地下の薄暗い部屋の中は綺麗になったことで、先程までとはまた少し違う、寂しさと辛気臭い雰囲気に覆われていた。


 「ふむ。彼には魔法使いにおける天賦の才も確かにある。しかし、それを「記憶の束縛と深い自責の念」がこれでもかというほど妨げている、と。これはまずいねぇ」


 喋る本の話し方には先程までとはあまり変わりはないが、それでいてどこか決定的に異なる。まるですべてを見通しているような落ち着いた雰囲気を纏っていた。


「少年には騙すようで悪いけど、色々と乗り越えてもらわないと困るからね。世界は変わってもどうせアイツらは居るだろうし……」


 喋る本はそう面倒くさそうに呟くと、その一つしかない眼をそっと閉じるのだった。






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