第二十二話 目のあたりにする。
何故か分からないが俺は今、カッサンドラ・トロイに拉致されて寮を抜け出し、肌寒い夜の道を歩いている。
――今更過ぎる気もするが、深夜徘徊は立派な校則違反である。
いつも誤魔化してくれる師匠も居ない今、夜に見回りを行う先生方や警備兵に見つかってしまえば罰則は免れないことは確かだ。
「な、なぁトロイ?どこまで行くんだよ?」
「ちっ、うるせぇな。黙ってついてこいや」
俺に行き先を告げず、ずんずん進んでいくカッサンドラ・トロイ。寮を抜け出して向かっているのは、隣にある学校だろうか?
「っと、静かに付いてこいよ」
そう言うとトロイは慣れた様子で門を護る兵士たちの交代時間を見計らい、校庭内に忍び込む。そして、そのまま俺がまだ一度も入ったことのない校内にある森の中へと足を進めた。
どうやらここは実地訓練などに使われるような、広い森林地帯になっているようだ。
外から伺う学校の敷地では決して収まりきらないと思うが、それも魔術だろうと勝手に予想して納得した。
そんなことを考えながら、帰り道が分からなくなる程木々が鬱蒼と生い茂った森の中を進んでいく。すると、
「よし、ここらでいいだろ。悪ぃなアンブローズ、こうでもしなきゃお前はトンズラすると思って、な!」
は??
なんと、トロイが間髪入れずに殴りかかってきた。瞬間的に躱せるわけもなく、そのまま吹っ飛ばされる俺。
「……痛っ、なんだよお前!」
「こっちのセリフじゃボケェ!校長の息子か知らねぇがふざけやがって!魔術も使えねぇクセに何しにきやがった!!あぁ!?」
「…………」
どこでバレた?トロイの言い方や仕草から言って俺を揺さぶりに来ている訳ではなく、本気で言っている。
「な、何言ってんだよお前、そんなわ…」
「とぼけるんじゃねぇ!!てめぇからは全然魔力の臭いが感じられねぇんだよ!」
トロイは本当に確信して話しているのが分かる。が、ただその肝心な根拠があるはずだ。それはなんだ?
「あー分かった、教えるつもりもなかったが、見せてやるよ。目ん玉かっぽじってよく見てろや!」
カッサンドラ・トロイはそう言って目を閉じ、集中するように呼吸をしている。
「『狼化』」
その言葉をトロイが放った瞬間、彼の身体は泡立つように不安定な形状になり、次第に骨格から再形成されていく。
人の耳は無くなり、かわりに長く毛が生えた耳が形成される。もとから長い鼻は狼のように更に長く尖った鼻に、骨格全体がより大きく、そしてそれに見合った筋肉量に。
――そして、最後にその月のような色の瞳が見開き、俺を捉えた。
「ま、まさかお前……!?」
「お前の予想は当たりだ。俺様は人間に滅ぼされた獣人の末裔。血は薄まっちゃーいるが、鼻が敏感なのも、変身が出来るのも先祖返りってやつだ」
昔長く続いた人間同士の戦いの果てに巻き込まれ、その血族のほとんどが絶えた亜人種、獣人。
本でも創作物にしか登場しない獣人がまさかこんな間近にいるとは、まぁ出逢い方はもう少し平和なものがよかったけど。
「それで、俺のことをどうするつもりなんだ?」
ただこいつの言っていることは正しい。俺はおそらく肉弾戦を意識しすぎて無意識で魔法を使っていたのだ。
いや、使っていたというのも怪しい。言うなれば自然エネルギーを身体に纏わせ、無意識にピンキー先生の攻撃を防いでいたのだ。
先程トロイの言った「魔力のにおい」というのも、おそらく俺が魔術に宿る自然エネルギーの色や形を視るように、それ自体を鼻で察知しているのだろう。
「ほぉ。この姿を見てビビらないのは珍しいな。まぁ最初は貴族のボンボンが金と権力で何とか滑り込んできたのをぶっ潰してやろーと思ってたが……気分が変わった」
トロイはそう言うと、すっかり暗い森の中で鋭い眼光をギラつかせ、拳を鳴らしている。まさに戦闘準備満タンという感じだ。
「分かったトロイ。うん、ちょっと待ってくれ」
「あ?」
「えーーーーっと。『光よ!弾けろ!』」
俺は不意に魔札を取り出して言葉を紡ぎ、いつも通りの目眩しを放った。
「っっっ!?クソが!ちゃんと魔術の臭いがしてるじゃねえか!!」
獣の姿になっても目眩しがちゃんと効いてくれてよかった。というか……
「――いやいやいやいや、無理だから!!」
俺はトロイの動きが止まっている間に、なりふり構わず元の道に走り出す。
第一俺がトロイと戦っても何一つ良いことはないし、それこそ警備に見つかったら罰則を食らう羽目になるっての!
「…………ガアァアア!!魔術使ったり使わなかったりマどろっこしい!オレサマは狙った獲物はニガサネェ!」
背後から微妙に口調のおかしな言葉が聞こえてくる。これはもしかしなくても――。
「あぁ、もう、ホントに、最悪だー!」




