第十七話 苛つく陽炎。
「――案内人、さん?は俺の探してる『純粋無垢な水』が何か知ってるんですか?」
「はぁぁぁあ!?知ってるに決まってるじゃない!バッカじゃないの?なんせ……っ、危ない。アンタの口車に危うく乗せられるとこだったわ。それと、その気持ち悪い敬語はやめなさい」
俺と同じ速度、歩幅でこの暑い砂漠の中を歩いている案内人役の彼女はぷいっと顔を背ける。
いや今言いかけたのは明らかに自爆でしょ?とは言いづらいから言わないことにする。
「そういえば、そろそろ名前を教えてくれま、教えてくれない?案内人ってなんか言いづらいんだけど」
「は?アンタ畏まってるとき心の中でこんなこと思ってたの?図々しい奴ねぇー。というか教えるも何も、アタイには元々名前が無いの!」
いや自分の変わりようを見てからその発言をしようね?むしろ彼女の印象については「何もやっていなければ麗しの美少女」で固定されてるけど……
「え?名前ないの?それじゃあ呼びようがないな。そしたら……そうだよあの手がある!」
俺は先ほどまで歩き続けて棒になっていた脚をようやく止める。それに合わせて彼女も歩みを止めた。
「ど、どういうことよ……さっさと歩きなさいよ!!」
「うーーーん」
俺と歳が近そうだと判断した材料の一つ、俺より少し低い身長。
その割に手脚はすらっと伸びているような印象、そして判断材料その二!発展途中の胸部!こればかりは隠しようがない……
「…………」
なんか今、一瞬睨みが強くなったような。さっ、早く他の特徴を探さないと。
彼女の最も特徴的なのは髪の毛だ。うねるように交差する銀と濃い赤の長い髪の毛が目立つ。
それにワインのような瞳の色も人形みたいな顔と似合ってるな……
「ちょっとアンタ早く歩きなさいよ!いい加減燃やすわよ!」
長年ベラと暮らしているおかげで分かる、これ十秒後くらいに無言の攻撃が来るやつだ。
「ていうか今、燃やすって言ったけど魔術か何か使えるの?」
「本っ当にアンタ失礼ね!?このアタイはこの砂漠の案内人であり……ゴニョゴニョ……なんだからね!」
――――よし、いける。やっぱりその特徴的な髪と瞳、わけは話してくれないが火系の魔術が得意と……
俺も伊達に本屋を庭にしていたわけじゃない。火に関連付けた名前ならいくらでもあるが……ここで出てくるのが「案内人」という単語だ。
「よし決めたっ!今から案内人さんのあだ名は『カガリ』だ!」
「……………………は」
俺は怒られないように止めた足を動かすが、彼女は着いてきていない。どういうことだろうか?
とりあえずフェニックスとかいうやつに言われた通り「女の子に優しく」してみたけど、こんな感じだろうか……
いや違ったかも、だいたい友達でもないのに「あだ名」なんて馴れ馴れしかったのかもしれない。あぁー、どうしようやらかした。
「……おい待てアンブローズ・リオン。由来を聞かせなさい」
げっ、なんか重々しい気配が隣から漂ってくる。まぁ由来はあるから言ってもいいけどさ。
「えーっと。カガリってのは「篝火」から取ってきたんだけど、髪の毛とか夜でも綺麗に光りそうだし色も炎っぽいしって、そんな感じ……」
カガリは一瞬元々大きい目を尚更開けると、そのままこちらに背を向けた。
……そして待つこと二十秒弱。
「ふ、ふーん。まぁ仕方がないわね、そのかわりアタイもリオンって呼ぶからっ!さぁ行くわよ」
もう前からリオンって呼んでたような気がするけど、まぁいいか。
「うん、行こうか――」
そのきつい言い方とは裏腹の、気分の良さそうな声色が俺の疲れを少し取っ払ってくれた気がした。
「…………」
そこからは何故だか少し気まずくて無言で歩いた。
確かに今までと同じくらい暑いし、身体もヘトヘトだ。だけど何故か足は動く。
それは俺にちっぽけな矜恃があるからだろうか?とにかく二人で歩くようになってから、気合いが出てきたことに間違いはない。
ただ、ゆっくりと日は傾いて――――。
「……そろそろ喉が乾き切った頃でしょう?そこにある水を飲むといいわ」
不意にカガリが右側を指さす。
確かにその指差す方向の先には、透き通った綺麗そうな水が見えた。もしかしてあれが「純粋無垢な水」かもと考えたが、直感的に違う感じがする。
「お、ありがとうカガリ。すごく喉乾いてたんだよな」
「…………ふん。まだまだ試練はここからなのよ、気合い入れなさいよね」
何だよつれない奴だな、と思いながら飲み水が湧いている場所に向かって歩き出す。
――砂の上を歩くのにも少し慣れてきた。できるだけ足が砂に沈まないよう、意識して。
――進むだけ。直進するだけ。目的地は歩数が楽に数えられる程度。なのに、
「着かない……なんで!」
咄嗟に振り向くが、そこにカガリは立っていない。あの短時間、かつこの見晴らしの良さから考えて見失うはずがない。
「おーーーい!カガリーー!」
予想はついていたが返事はない。
この状況はさすがに不味い、なんせ元々探しているものさえ分からなかったのに、今に至っては「その場所へ導いてくれる人」すら姿を消してしまったのだ。
額についていた汗が垂れて下に落ちる。そういえば先程よりも太陽の位置がこちらに近づいてきたせいか、さらに暑くなった気がする。
「――――なぁ、今のお前はいつだって人を頼ってばっかりだよな?」
「…………?」
次々と起こる状況の悪い変化に混乱していた俺は、その声をただの空耳だと処理しようとした。しかし、
「残念だけど空耳じゃない。いい加減今と向き合ってみたらどうだ?」
先程まで確かに存在していたはずの「辿り着けないオアシス」は掻き消え、その代わりとして俺の目の前に立っていたのは――
「俺はお前の幻影、脳内でお前が暑さにやられて勝手に創った陽炎だ。『本当は存在しない自分自身』だと思ってくれていい」
伸びた身長、違う髪型、俺が身につけたくて仕方のなかった魔術師協会の刺繍が施された立派なローブ。
今の俺とは全くかけ離れているけど、何となく俺の理想に近い未来像を見せつけられている感覚になった。
「なに、そんな怖い顔をするなよ俺。今から決闘する相手に対して失礼だとは思わない?なぁ、自称魔法使いのリオン君?」
コイツと「決闘する」のが試練のひとつってことか?まぁまそれはいいとして……
――やっとさっきからモヤモヤしていた気持ちが何なのか分かった。
どこの「アンブローズ・リオン」か知らないけど、最高にイラつく奴だなっ!!




